第7話 出会い【カエデ】
その姿はまるで救世主のようで。
私なんかと比べるのもおこがましいほどに――カッコよかった。
あの後すぐに、二人で頭を下げた。
何を言われるのか、されるのか。終始、緊張で冷汗が止まらなかった。
しかし、予想外。すんなり許しを貰えたのだ。
やっぱり、人は見た目じゃない。
……いや、それでも……。
彼があの場に来ていなかったら、今の私はなかったに違いない。
だからこそ、彼には感謝してもしきれなかった。
「あ、あの! 先ほどは、ありがとうございました!」
言いながら、私は頭を下げる。
ここは、あの一件後に寄った喫茶店内。
私がお礼をしたいと無理を言って、付いてきてもらったのだ。
だというのに、緊張で真向かいにいる彼の顔を直視できない。それどころか、声が響き、周囲の注目を集めていることにも気づいていなかった。
ただ今は、彼に感謝を伝えたい一心で。
「あ、頭を上げてください」
焦りと申し訳なさが混じった声だった。
多分、慌てたような表情をしてるんだろう。
私は恐る恐る顔を上げる。
そうして彼から伺えたのは、この上ない安堵だった。
僅かな静寂の後、彼は口を開き、
「俺は、その……周りの人ほど協調性がなかっただけですから」
首を掻きながら、曖昧な笑みを浮かべた。
それが照れなのか、自嘲なのかは分からない。
けれど、一つだけ明確なことがあった。
それは――
「いえ! そんなことはないです! ダイチさんが来てなかったら、少なくとも私、あのままでしたから‼」
背筋を伸ばし、一ミリも彼から視線をぶらさない。
でも、少し経つと、恥ずかしさの波が一気に私を襲った。
(私が施された側なのに、何を自慢げに話してるの~~っ!)
はあああ……、穴があったら入りたい。
顔は妙に熱かった。
「「…………」」
気まずさと沈黙だけが辺りを漂う。
時間が経過する度、言葉も発しずらくなってゆく。
正しく、悪循環だった。
この空気、一体どうすれば……。
万事休すかと思えたその時、私達に一筋の公明が差した。
「お待たせいたしました。ご注文の品です」
――店員さんだった。
言いながら、コーヒーカップを乗せた受け皿を二つ、テーブルに置く。
「ごゆっくりどうぞ」
その後、満面の笑みだけを残し、カウンターの向こうへ戻って行った。
私は密かに、それも心の中で謝意を呟く。
そうして互いに一口。
緊張のせいで味なんて分からず、コーヒーはただの熱い液体と化していた。
今度来たときは、ちゃんと味を楽しもう……。
すると不意に、彼が切り出す。
「その……どうして、あんな状況に?」
もっともな質問だった。
私だって彼と同じ立場なら、同じことを真っ先に聞いているはず。
まあ、理由を聞かれれば、私の不注意としか答えられないけど……。
でも、不注意の原因を尋ねているのなら――
「実は……ついこの間、彼氏に振られてしまって。そのショックと言いますか……。本当にその、私みたいなのがいてすみません‼」
言ってしまった~~っ! 顔なんて上げれない。
あの一件は確かに、大事にならずに済んだ。けれど、それはあくまで結果論。
そもそも、私がボーっとしていなければ、彼を巻き込まずに済んだはずなんだ。
……やっぱり、幻滅されちゃったよね。
されど、彼が目を留めたのは全く別の箇所だった。
「えーっと、『私みたいなの』っていうのは、その……どういうこと、なんですか? あ、もちろん無理にというわけではないのでっ!」
両手を前に出し、慌てたように補足した。
この質問、恐らく普段の私なら言う気になんてならない。自分で自分の恥を晒すような真似は、基本的にしたくないから。
でも、今は何故か違った。
理由は自分でも分からない。彼が相手だからか。それとも、気分的なものか。
気づけば自然に湧いた言葉を、私は躊躇なく吐き出していた。
「私、弱くて、意志もろくになくて……。大多数の一部でしかない、ありふれた人間なんです。だから――私は、私が嫌い。大っ嫌いなんです」
奥歯を噛み、制服の裾をギュッと握りしめる。
彼は一瞬、僅かに目を見開くと、真剣な眼でこちらを見続けていた。
一体、何を返されるんだろう。
肯定か。侮蔑か。それとも無視か。あるいは――
「そう、……ですか。でも、……欠点を持つことって悪いことですか?」
最初、頭には疑問符が浮かんだ。
だって、彼の質問に対する答えは考えずともあったから。知っていたから。
分かりきったことをあえて聞く意味が、私には見当もつかなかった。
「悪い……と、思います」
何故か降って湧いた緊張が、私の声量を押さえる。
やっぱり人に意見するのは苦手だ。
とにかく気を紛らわすため、私はコーヒーを一口。
けれどその間、彼が視線を外すことは一度もなかった。
「俺は、そう思いません。人の欠点というのは、ないものねだりの裏返しですから。探し始めたらきりがないです」
「違います! それは自分の欠点から目を逸らしているだけです!」
「なら、どうして欠点を持つことが悪いことなんですか?」
「そっ、それは……ダイチさんも体験してみれば分かります。いつだって災いを呼ぶのは、自分の欠点なんですから!」
彼に振られたときの事。ガラの悪い男の人にぶつかったときの事。
思い返せばやはり、欠点のせいで不幸な目に合うことを痛感する。
私は間違ってない。間違ってなんかないんだ――
しかし、次に彼が口にした言葉は、思いもよらないものだった。
「実は……俺も、なんですよ。ついこの間、恋人に振られたのは」
「……え?」
驚きのあまり、考えるより先に言葉が出てしまう。
この流れで、その発言。
流石に嘘だろうと疑ったが、彼の目に淀みは無い。至って真剣だった。
「俺の話――聞いてもらえますか?」
私が首肯するのに、そう時間はかからなった。
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