第6話 前進以外に道はない

 夜が明ければ、朝はくる。

 今日は月曜日。即ち、彼女と再び顔を合わせる日だ。

 絶対に布団から出てやるものか。

 その決心は母親の怒鳴り声で粉砕された。

 俺は止む無く準備を整えて、ローファーを履く。地面とローファーの先端で音を奏でるが、気を重くさせるだけだった。

 家を出て、学校に着く。

 しかし、校門より先に足を踏み入れることが何故か出来ない。

 いや、今はもう、何故かじゃないな。理由は知っている。

 俺は恐怖していたんだ。それは彼女にだけでない。俺の周囲に集まる連中にも、だ。


『お前、別れたんだってな』


 こんなことを言われても、今までなら秒速で首肯していただろう。

 けれど、あの気持ちを――『別れ』を知ってしまった今の俺には、同じことが可能かどうか定かじゃなかった。


「でも――」


 いつまでも逃げ続けることなんて出来ないのだから。いくら逃げようとも、問題の解決にはならないのだから。

 だから――俺は一歩踏み出していた。

 今日と言う日に宣戦布告していたんだ。


「負けるな、俺」


 小さく。されど芯のある声で呟いて、俺は教室へと足を運ばせた。




 はああああ……。

 自らの意志と正反対に、口から何やら不吉な息が流れ出る。

 夕暮れ時の下校時。俺は寄り道をしていた。

 これは何から話すべきか分からないのだが、結論から言うと、死にたい。

 大事な事なので二度言うが、死にたい。

 何があったかって? 地獄だよ、地獄。

 そりゃ、優しさを期待してなかったと言えば嘘になる。だが、それでも、結果は無残としか言いようがなかった。

 俺が上手く答えられないと、「女々しい」やら「嫉妬深い」やら、あーだこーだと言ってきやがって……。

 控えめに言って、ぶっ殺したい。

 俺の友人を名乗るんなら、本人に優しくしろって話よ。

 まあ、詰まるところ、今日は一日お疲れ様ということで俺は今、例のアイス屋に向かっていた。

 先日のように鉢合わせになる可能性もあるが、そんな面倒な事を考えられるほど、俺の体力は残っちゃいない。

 それにあの日、結局アイス買いそびれてるし。

 最悪、なんとかなるだろ。

 そう呑気に考えていた直後、気になるものが視界に入った。


「何だ、あれ」


 少し前方に、女子高生が倒れていたんだ。

 それも、ガラの悪い男と顔を向き合わせて。

 見るからに近づきがたい雰囲気。当の女子高生は顔を青ざめ、手も震えている。

 誰か助けてやれよ、と周囲を見回すが、皆が皆、見て見ぬふりをしていた。

 俺は周囲の人間を咎めるように、目を眇めようとしたが、


「って、俺も同じ考えしてたじゃないか」


 胸の内で自分を叱責する。

 が、しかしだ。俺はまだ、見ぬふりだけはしていない。

 なら、どうすべきか。彼女に対して、俺はどう行動すべきなのか。

 考え初めてから答えが出るまでに、そう時間は要さなかった。

 朝、一歩前進したからなのか。それとも、疲れのせいなのか。

 どうであれ既に、俺の足は動いていた。

 駆けながら、大きく叫ぶ――


「ちょっと待ったあああ‼」

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