第4話 俺は至極、冷静だった
「私達、別れよっか」
言われて俺は、すぐに言葉が湧いてきた。
「何で?」
単純に理由が知りたかったんだ。がしかし、それと同時に、この不自然なまでの冷静さが不思議に思えてならなかった。
彼女は指を自らの髪にクルクルと絡めて、
「嫌なの、最近のダイチ。キスばっか求めてくるから、私ってそういう目的で使われ
てるんじゃないかーって思えて」
声は冷たく、単調。視線すら合わせたくないようだ。
俺はただ、恋人同士だということを体感したかっただけで。実感を得たかっただけで。
俺は何か、間違えてしまったのだろうか。
「なら止めるよ。カノンが嫌なら止めるから――」
「あー、そういうのいいから。もう決めてたことだし。とっくに冷めてるのよね、ダイチには」
仕草も声のトーンも変えず、無感情にそう言った。言い切ったんだ。
普段の俺なら強く言い返していただろう。
少なくとも俺に伝えていたら、今の状況には陥っていないはずなのだから。
けれども俺は――
「…………」
彼女にその気がないならと、口を閉ざし、押し黙っていた。
俺は――不自然なまでに冷静だった。
「ってことで、サヨナラ」
その一言を置き土産にし、去ってゆく。
彼女の背中は、いつしか見えなくなっていた。
これが『別れ』、なのか……。
今、正しく体感しているのにも関わらず、情報として聞いたような、実感のなさすぎる別れだった。
はああああ……。
こんな溜息、何度ついたか分からない。
俺のベッドを中心として、部屋には自分の溜息が酷く充満していた。
あの日――俺が振られた日から、ちょうど一週間が経過しようとしている。
はっきり言おう。未だに実感がない。
俺にとって彼女との別れは、未だに情報の一つだった。
けれど決して、現実を受け止められていないわけじゃないんだ。
その事実を、彼女が別れを切り出した理由を真摯に受け止めているからこそ、俺は言い返さなかったのだから。
俺はいたって冷静だった。
今思えば、あの状況で泣きつくことこそ男の名が廃る。それに、彼女の幸せを願うのなら、彼女の願いを叶えるのが最善のはずだ。
どこも間違ってなどいない。理に適うとは、正にこのこと。
なのに、どこか違和感を覚える自分がいたんだ。
この冷静さに、だろうか。それとも自分が出した答えにだろうか。
「あーもう! 分からん!」
下半身の反動を使い、華麗に上半身を持ち上げる。そうして数秒間、呆けたように正面の壁を見つめ、俺は小さく呟いた。
「……散歩するか」
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