第24話 match(2)
「アンタは…!」
謎の鎧を着た剣士に襲撃され、追い詰めた所で逃げられたアニマ。
そこに新手の声が響き、咄嗟に振り向くが…
「なッ!?」
アニマ以上に驚いたのは相手の方だ。
「なぜお前…失礼、あなたがここに?」
そして彼女も驚きの表情で返す。
「そりゃこっちのセリフだぜ、忍者の大将!」
相手は黒い能面の男。
封魔忍軍頭領、
「…おっと、それどころではないのです!
それよりあの、妙な鎧を着た男を見ませんでしたか」
「どうだろうな?分からん」
心当たりはあったが、素直に言ってやるのは癪だったので勿体ぶる。
対する怨勒はアニマに心当たりがある事を見抜き、近づく。
「どこか近未来的なデザインの…顔まで隠した真っ赤な鎧です。
むしろ強化装甲とでも言えばいいのか…」
「分かった分かった、説明はいい。
確かに見たぜ。ていうか襲われたし」
「やはりそうでしたか!
奴が近くにいればこの端末が教えてくれますのでね」
「ほう?そりゃ便利だな」
その言葉には、『なぜそんな便利なものがあるのか?』というニュアンスが混じっていた。
「奴はその…いわゆる改造人間でして。
その製造元こそ…あなたが警告していらした『封魔忍軍実験部隊』なのです」
「そんなんあったっけか。
しかし改造人間ってのはまた…そそる響きだね」
「…でしょう!?さっすが分かっていらっしゃる!
破壊と殺戮を為すべく生み出され、存在意義に悩みつつも己の信じる正義のために戦う孤高のヒーロー、それこそが…」
我に返る。
食いつき方が尋常じゃないので、アニマは引いていた。
「…失礼。ともかく、あなたの警告を受けてから調べました。
そしておっしゃる通り、連中は他の組織とも繋がっている事が分かったのです。
なのでこの手で全員処刑した、のですが…」
「ですが?」
「奴らの最高傑作である改造人間は、その別組織に回収されていたのです。
その組織というのが、『ナハツェラ研究所』。
私と同じく『同盟』の一員であるヨトゥンの組織です」
ヨトゥン。その名を聞いたアニマは、思わずピクリと反応してしまう。
なぜならヨトゥンこそ昔に滅ぼされた竜族の生き残りであり、アニマにとって最後のターゲットだからだ。
「…ひょっとしてあの改造人間は、ヨトゥンからの刺客としてあなたを襲ったのでは?」
「あれ?オレとあのドラゴン女が揉めてんの知ってる感じ?」
「ええまあ。…本気で事を構えるつもりなんですね」
アニマは頷き、疑いの溜め息を吐き掛けた。
「で、裏社会を牛耳る組織のボス様が?
わざわざこの国まで来て?
わざわざ後始末を?」
「それは…」
突然、怨勒からピピピと電子音が鳴った。
「…街に放った配下が1人死にました。おそらくヤツです。
今から行けば間に合うでしょう、ヤツも私を待っているハズだ」
アニマに背を向け、軽く会釈。
「ではこれにて」
その瞬間、忍びは一条の黒い風となり、近くの建物の屋根まで上がって移動を開始した。
いや、それだけではない。
白い風もまた、忍びの後を追って疾駆している!
「…あの、ついていらっしゃるんですか、貴女も」
「ウン。面白そーだし」
「それは構いませんが…ヤツとの戦いは任せて頂きたい」
「因縁有りか?詳しく教えてくれるなら、譲ってやってもいいけど」
「…事情をお知りになりたいというのであれば…来れば分かると思います、多分」
2人はしばし屋根の上を飛び回りながら語らう。
「ねぇ、なんでオレがここ来たのか知りたい?」
「教えていただけるのですか?」
「じゃあちょっと当ててみて、ほら」
面倒くさいとは思うが、怨勒は口に出さない。それに予想はついていた。
「ええと…当てていいですか」
「おっ、いきなり言うじゃん!いいよ、正解出しちゃって」
「ヨトゥン関係でしょう。
この国といえば竜退治の逸話ですからね」
アニマはかすれた口笛を吹いた。
「やるう、正解だよ!」
「そうですか。しかしヨトゥンの組織は資金力がありますよ。
本気でやり合うのですか?」
「お前らの時は暇つぶしだったけど、こっちは仕事だからな。
サボる訳にもいかねえんだわ」
「仕事…ですか」
怨勒は詳しく話を聞くべきか迷った。
(この女が何者なのか知ることができる、大きなチャンスだが…)
そして謎めいたアニマについて知る事ができるというメリットと、アニマの機嫌を損ねる可能性があるというリスクを天秤に掛けた。
(やめておくか…)
そして奥ゆかしく口をつぐんだ。
恐らく黙っていた方が向こうから教えてくれるだろう、という判断だ。
「ヨトゥンだけは殺さなきゃならねえ。
お前と違って、生かしておくって訳にはいかねえのよ」
案の定、語り始めた。
「確実に殺さねばならない、と」
「うん。殺し合いは好きだが、強制となるとどうもやる気がな…。
まあドラゴンと殺し合えるのはかなり楽しみだが」
「この国へ来たのは、竜殺しの物品があると確信を持たれての事ですか?」
返事がない。
踏み込み過ぎたか、と悔いながらアニマの機嫌を伺うべく後方を確認する。
「何ッ…」
アニマがいない。
「足を踏み外したか!」
その推測を裏付けるように、足元で衝撃音がした。
上から覗き込むと、屋根の下で倒れているアニマが見えた。
「アニマ殿、ご無事ですか!?」
「痛ってェ!」
アニマは上半身と下半身が完全に分断されており、地面に臓物がばら撒かれている。
明らかに落下の傷ではない。
「いったい何が……ッ!?」
その時高速の飛翔体が怨勒を襲う!
…が、既にそこに怨勒の姿は無い。
「クソッ、狙撃か!」
屋根の下に飛び降り、飛翔体を回避していた。
その頃ちょうど再生したアニマも立ち上がる。
「ウワアアアアーッ!?」
通行人は血まみれの女と仮面の不審者を見て恐慌!
「うるっせえよ!家帰って寝ろ!そんで忘れろ!」
アニマは怒鳴り、そして自分の胴体を両断せしめた恐るべき飛翔体を発見する。
「これだ…これが飛んで来やがったんだ」
それは、血塗られた紙飛行機。両翼には五芒星が刻まれている。
「こ、これは…!」
「なんだよ、知ってんのか?」
怨勒は頷いて五芒星を指で示す。
「セーマン・ペンタグラムと呼ばれる呪印です。
アマツガルドの呪術師、
「じゃ、そいつが敵か?」
「いえ、鎚御門の血は随分昔に途絶えましてね。
今この呪印を使っているのは、敵対していた
それに紙飛行機で人間を切断するなんて、特徴的すぎる手口ですから」
アニマは顔をしかめた。
「最初っからそう言えや。何たら一族がどうのって前置きはいらねぇよ」
「し、失礼しました。
これを使うのは悪屋家の現当主、
奴は優れたヒットマンであり、符術師です」
「なんかよく分からんけど、要するに殺し屋か?
紙飛行機で狙撃とかシャレオツな真似しやがって…」
「とはいえ、本気で殺すつもりはないのではないかと」
その言葉は妙に確信的だった。
「なんでさ」
「奴は貴女が不死身だと知っている可能性が高い。
何しろ、『同盟』御用達の殺し屋ですので」
「あ、さすがにもうオレの体質の事は広まってるんだ」
「…申し訳ありません」
内心焦りながら謝罪する怨勒だったが、彼女は大して気にも留めていないようだった。
「それは別にいい。むしろどんどんやってくれ。
攻略法を知られてた方が楽しく戦える」
「…あなたは、死を厭わないのですね」
「死にたがってるだけだ。
つーか今はそんな話どうでもいいだろ」
「ですね。
まあそういう訳で、狙うなら私の方でしょうな。
少なくとも1発目でいきなり貴女を撃ったりはしない」
そして紙飛行機が飛んできた方向を見上げる。
「ほら、じっとしてるのに追撃を撃ってこないでしょう?
恐らく別の刺客との合同作戦で、他の刺客に手柄を譲るつもりなのかも」
「なんでわざわざそんな事を?
「悪屋一族はお金持ちなので殺し屋は道楽みたいなものです。
そういう人間は美学を大切にする傾向があります」
「ほうほうそれで?」
「気の乗らない仕事は断るタイプですが、無理に受けさせられたので拗ねているんでしょう。
とはいえ、隙を晒し過ぎればさすがに殺されます、くれぐれもお気を付けください」
「あ?誰に口利いてんだ、ザコごときにやられる訳…ぐぎゃっ」
突然悲鳴を上げてアニマが倒れる。
「!?」
その左目に、アイスピックが出現した。
深々と突き刺さっている。
(アイスピックが突然出現したように見えた…おそらく透明化か…!)
透明化の魔術は、服や武器のような所持物も透明にする場合『術者の手を離れた瞬間に見えるようになる』という仕様が多い。
アニマの目にアイスピックを突き立てた後そのまま放置したので、突然出現したように見えたのだろう…と怨勒は予想している。
「しかしこれでも幻術使い、同系統の術には詳しくてな!」
怨勒が懐から煙玉を取り出して地面に叩きつける。
辺り一帯が一気に煙で包まれた。
このまま逃走しようというのではない。
空気の流れを可視化する事で、敵の動きを把握しようとしているのだ。
(あの辺りの煙が一瞬だけ動いたが、もう見えないな。
煙が広がった瞬間に距離を取るとはなかなか優れた暗殺者らしいが…)
怨勒には、一瞬のヒントで充分だった。
「そこだな」
手裏剣を虚空に向けて投擲!
何にも当たらずそのまま飛んでいき、石造りの壁に突き刺さる。
「うまく避けたな、だが動けばそれだけ見つけやすくなるぞ!
それ、それ、それぃ!」
絶えず投げ放たれる手裏剣。
「……ッ!」
その投擲は恐ろしく正確であり、刺客は激しい動きを強いられた。
激しい動きは透明化に乱れを生じさせ、ついに空間が大きく歪んだ。
「さっさと死ね」
手裏剣を3枚同時に投擲、その全てが命中!
「グッ…あああッ!」
空中から血が滲み出る…もはや術の維持は不可能!
「あ~ッ…クソ!もう限界かよッ」
コートの男が出現し、右足を引きずりながら距離を取るが…
姿を現した時点で、勝負は決まっていた。
「クソッ、何やってんだ狙撃手は!援護射撃くらい……あ?」
怨勒の姿はどこにも見えない。
「い、いねえ!?」
「ここだ」
怨勒は背中から刀を抜き放ち、心臓を背後から貫通破壊せしめた。
「あがッ…」
刀を引き抜き、うつ伏せに倒れた刺客の身体を蹴って仰向けにさせ、喉を貫く。
「ゴボッ…!」
「良し」
そしてアニマの方に駆け寄る。
「アニマ殿、ご無事ですか!…ムゥ」
アイスピックは目にしっかりと食い込んでおり、これでは脳まで達しているだろう。
(しかしこれは
いや待てよ、そもそもこの程度でコイツは死ぬのか?)
俯いて思索にふける怨勒の脳裏に、ゾクリとする反応があった。
(……背後に気配ッ!?)
完全に予想外。だが対処可能。
振り向きざまに刀を振るい、一刀両断である!
「グガッ!ちく…しょう…」
気配の正体は、たった今殺したハズの男だった。
男は呪いの言葉を吐いて倒れ、今度こそ動かなくなった。
(なんというタフさだ。確実に殺したと思ったのだが…)
怨勒は念のため死体の首を切断してから、通信デバイスを取り出す。
(ヤツとの戦いの前にちょうどいい準備運動であったわ。
さて、遠くまで逃げてはおるまいな…ヤツとて俺との決着を望んでいるハズだが…)
そして決戦の地へ向かうべく気を取り直して…
「……なにッ!」
鋭く風を切る音に反応し、とっさにそちらを見る。
それは紙飛行機。ゆっくりと飛んできている。
「この速度で当たるハズがないだろう!」
怨勒は回避しようとするが、自分の身体もゆっくり動く。
(…そうか、これがいわゆるゾーン状態。
突然の死に身体が抗おうとしているのか…。
だめだ、意識だけが加速しても、身体が付いていかない…!)
紙飛行機弾は、狙撃地点からゆったりとしたスピードで長距離飛行し、標的の100m圏内に入った瞬間に超加速する。
加速してからの回避は実質不可能であり、怨勒の本能もそれを察知しているのだろう。
(おのれ…死とは、こうもあっさりしたものか!これが俺の末路か!)
逃れ得ぬ運命を前に、彼の心がそれを受け入れようとした、その時。
の全てを超えたスピードで怨勒の前に立ちはだかる者がいた。
「ア…アニッ…」
全ての時間が本来の形を取り戻し、肉が爆ぜる鈍い音が響く。
「…マ殿!?」
「うるァ!!」
アニマは転倒し周囲に鮮血が飛び散るが、拳で軌道を逸らされた紙飛行機はグシャグシャになって地面に衝突した。
「痛ってぇなァマジで!」
吹き飛んだ右腕を再生させながら、アニマが愚痴る。
「アニマ殿、ご無事で!?」
「ああ?見たら分かんだろ、元気いっぱいだよ」
左目からアイスピックを引き抜いて、いつも通りのオラつき方で答えた。
「しかし…あの…明らかに脳にまで達して…」
「これが?脳まで?…ふぅん」
アニマは何やら意味深長な目つきでアイスピックを見つめていたが、やがて鼻で笑って答えた。
「ま、偶然だろう。運が良かったな」
「う、運って…」
実際偶然であった。
アイスピックは確かに脳まで達したが、致命的な部分を全て避けるという奇跡によって、ほとんど後遺症すら残らずに済んだのだ。
…だが、奇跡?奇跡というにはあまりにも…
「いいからホラ、早く行こうぜ」
「あ、は、はい…」
かくして2人は鎧の男が待つ場所へと向かった。
そしてその様子を2km離れた鉄塔から覗く男が1人。
「ほ~…さすが不死身の女だな。
ま、これで言い訳ついたし帰るか」
男はそう言うなり、躊躇なく鉄塔から飛び降りた!自殺志願か!?
…しかし彼の肉体は血のシミにはならず、落下して数秒の所で浮遊し、ゆっくり降りて行った。
「ったく…そもそも街中でも構わず暴れさせるのが気に食わん!
そういうマナーのなってない依頼人には、この程度の働きで充分だ」
アビゲイルはパラシュート降下後、レルムたちと合流もできず刺客と戦いを強いられていた。
しかも1度は確かに殺したハズの男が蘇り、奇襲を仕掛けてきたのだ。
殺したハズの男が蘇り、奇襲する…先ほど皆さんの見た怨勒の死闘と、奇妙に似通った状況である。
これには確かに理由があった。
「へへへ…悪いね嬢ちゃん。
俺はリザレクション・エリクサーを飲まされてんのよ」
リザレクション・エリクサー!
名高き伝説の秘薬『エリクサー』シリーズの1つである。
しかし今や製法は失われ、材料も入手不可のハズだが…
「試作品の実験台ってところだがな、仕事の役に立つからまあ良しとするさ。
死体からゾンビを作る研究所が、死体を蘇らせる薬まで作ってるとは意外だったよ」
「…や、雇い主の話、していいんですか」
疑ってはいなかったが、刺客は全てナハツェラ研究所のヨトゥンが送り込んだものだという情報の裏付けが取れた形だ。
「ん、まあいいんじゃないの」
この試作エリクサーを事前に服用しておくと、致命傷を負った際に回復力を爆発的に高めてくれる。
が、効果は1回限りである。
「相手が強いなら、勝つまでやればいいんだよ」
「なっ…まさか何度でも復活できるって言うんじゃ…」
もう1度言う。効果は1回限りである。
「それに…お前のお仲間2人を俺の幻術で足止めしておいたんだが…俺が一度死んだせいで、術が解けちまった。
しばらくしたら、ここまで来るかもな」
「そ、そ、そんな事教えてあなたに何のメリットがあるんですかっ」
「メリット…ってほどでもないが、何しろ俺は弱いんでね。
自分を追い詰めて限界以上のパフォーマンスを引き出したいだけさ」
男が迫る。
アビゲイルがナイフで応戦する。だが、キレがない。
男はナイフを躱してアビゲイルを蹴り飛ばす。
もちろん防御が間に合ったので、大したダメージはない。
「全く、よく訓練されてるよ…俺と違って」
右の拳、左の拳、下段蹴りからの掴み。
「あわわっ…あぶない!おっとっと」
回避の声が間抜けなので気づきにくいが、アビゲイルは全ての攻撃を最小限の動きで躱している。
(才能の差に嫌気が差すねぇ…。
でもその体力でいつまでも避けてはいられないでしょ)
(どうしよう…何度も復活されたらさすがに勝てない!
でも無条件の復活なんてありえないし、何か弱点や副作用がある?
…ダメだ、それを探してる時間はない!)
ここで男のブラフが生きてくる。
『何回でも復活できるかもしれない』という情報は、疲弊したアビゲイルの戦意を挫くのに充分であった。
「せいッ!!」
そこへ畳みかけるような攻撃。
「おごッ…げほっ!」
正中線への攻撃だけは避けたが、肩に重い一撃を喰らった。
痛みは動きも判断も鈍らせる。
(これ以上長引かせる訳には…!)
焦るアビゲイルの胸中を、一抹の感情が過ぎ去った。
(…やばい。今楽しいかも)
そもそもアビゲイルは、ただの暗殺一族の娘ではない。
被虐と加虐に悦びを覚える快楽殺人者である。
「あっは…あ…♡」
恍惚とした表情でナイフにへばりついた血の照りを見つめる。
今回は敬愛するアニマの手伝いという事で、真面目に戦うように己に枷を課していたアビゲイルだが、いよいよ抑えが効かなくなってきた。
(ああ…ダメだ、落ち着け私。
興奮して強くなるならいくらでも興奮したい所だけど、別にそういう訳じゃないんだから…!)
ナイフを両手で強く握りしめ、手の震えを止める。
しかしその隙に、髪を掴まれ地面に引き倒されてしまった!
「よっしゃ捉えたッ!
…悪いが、もう武器が無くてね。借りるよ」
ナイフを持つ手を押さえつけ奪い取ろうとする刺客に対し、アビゲイルは必死で抵抗する。
「そうかい、武器は手放したくないと!
余計苦しめることになるが…まあいい」
「ぐぎゅっ…!」
そのまま喉を絞められた。
「あがッ…おおァ」
泡と共に死の呼吸を吐き出すアビゲイルだが、その表情は明らかに昂っていた。
「あへァ♡うひひっ♡」
そして抑えられていない方の手で、男の側頭部を思い切り叩いた。
「うッ…!?」
掌底が綺麗な角度で入り、意識が一瞬飛ぶ。
その隙に、出血と酸欠で自由にならない手足をばたつかせて脱出を試みる。
男は必死で抑えようとするが、ナイフを持つ手の拘束が外れた。
「あっひひひひッひひい♡」
ここぞとばかり、ナイフで切りかかる。
が、これは男の布石!
ナイフの手を解放してやる事で、ナイフ攻撃を誘発させたのだ。
「こんな腕ならいくらでもくれてやるよ!!」
腕を犠牲にナイフを防ぎ、アビゲイルの顔面を思い切り殴る!
少女は顔中血塗れになりながら噴き出した。
「…ぶっひゃひゃひゃっ♡げへっへへへへ♡」
しかしアビゲイルもナイフに力を込め、腕を貫き心臓を突き刺さんとす!
もはやどちらが先に力尽きるか、デスマッチである!
「おらッ!おらァ!死んでくれ!死ねよ!」
刺客か!
「げひゅ、げぼ、ごっほほほっ♡」
アビゲイルか!
両者拮抗、いや刺客の男が一歩勝るか!?
「もらったッ…あ?」
そのまま刺客の声が途切れ、力が緩んだ。
「ほへぇ…?」
突然の事に驚いたアビゲイルは、とりあえず刺客の腕に深々と突き刺さったナイフを引き抜いて、首筋に突き立てる。
「うりゃ!うら!うえあ!」
その後一心不乱に刺しまくり、相手が動かなくなった事を確認してから、起き上がった。
「こ、これは…」
その死体を見て、狂気が一気に醒めた。
刺客の男は息絶えていたが、明らかに死因はナイフではない。
「だ、誰です!誰が助けてくれたんですか!?」
辺りを見回すと、遠くで人影が木陰に隠れるのを目撃した。
「な、なんで逃げるんですか!?待って…」
追いかけようとしたが、もう立つ体力も無い。
(…一旦、整理しよう)
興奮が一気に引き、冷静な頭になる。
急激に痛み始めた身体を押して、死体を見分する。
(復活はしない、か…。エリクサーの効果は1回限りだったんだ。
ブラフにまんまと引っ掛かるなんて、情けない…ん?)
明らかに誰の物でもない包丁が、血だまりに落ちていた。
(死因はこれか…通りでナイフと傷口が合わないと思った。
でもおかしいなぁ…)
凶器に疑問を抱いたのは、たった今見た人影の正体に心当たりがあるからだ。
(顔も体格もはっきりとは見えなかったけど…一瞬見えたあの白い髪と赤い目はどう見ても…)
アニマ・アニムス姉妹、そのどちらかである。
(アニマさんなら素手で殺せるし、お姉さんの方かな…?
でもわざわざ逃げる必要ないしなぁ…)
思考と共に、意識が深く沈んでいく。
(あ、ヤバい。これ限界だ)
曖昧になる感覚が最後に捉えたのは、
「坊ちゃま、あちらにアビゲイル様が!」
「おう、いたいた!術者を倒したのか、でかした!」
という上品な老人と高圧的に叫ぶ男の、聴き慣れた声だった。
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.117【透明化の男】
ヨトゥンが呼び寄せた有象無象の暗殺者の1人。
彼自身はあまり期待されておらず、道鵠の狙撃を支援するため
知らず知らず捨て石にされていた。
また、特に期待できない暗殺者たちにはエリクサーが配られ、
暗殺の成功確率を上げつつモルモットにされている。
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