第15話 catastrophe(1)
その日、羅刹寺大修練場には、本部構成員2647名が集まっていた。
幹部師範3名、教導師範11名、警邏門弟900名、他の組織への派遣を予定されていた傭役門弟1020名、次期候補生604名、訓練を終えていない少年少女109名である。
「ええ、皆さん、お集まりいただきまして…」
「大師範、挨拶はいいので」
「あっ、失礼。
ええっと、あの、招待状を送ったんです。それで、」
「大師範、主語が抜けてます」
そして『もういい』とばかりに言葉を遮り、
「我らが『霊拳会』に、無謀にも戦いを挑んできた者がいる!
大師範は、そいつに招待状をお送りになった。早々に決着をつけるためだ。
敵はたった1人の愚か者だが、決して侮れん!協力者もいるとのことだ!
各々、研いだ牙で存分に蹂躙せよ!」
応える、地鳴りのような雄たけび。
それは実力を発揮できる機会への感謝であり、忠誠の証明を得られる歓喜であり、混乱と破滅を求める獣の唸りでもあった。
「……」
ちなみに、寂しそうな顔で演説を見つめていたツォンは、すごすごと奥の部屋に引っ込んでいった。
「…機嫌を損ねてしまったか」
演説した幹部が呟く。
「どうでもいいがよ、オラァちょっと外に出てくんぜ」
隣の、逆立った髪の幹部が部屋を出た。
「…だ、そうだ。ほら、キミたちも好きにしたまえ。
次の朝、またここで会うことになるだろう」
3人目の、手甲をつけた幹部が掛けたその声で、集まった者たちも退出していった。
「我々も、所定の位置につくとしよう」
「ああ、そうだな」
残る2人の幹部もその場を去り、完全な静寂が訪れる。
そして次の朝、この大修練場には誰1人として戻ってくることは無かった。
羅刹寺を出た逆立った髪の幹部、瞠慶は、仲のいい訓練所や支部の構成員に声を掛け、10名ほどで街中を歩いていた。
これは本来、命令違反である。
幹部師範に与えられた命令は、寺内の所定の位置で待機することのみだからだ。
「あの、瞠慶さん…」
「ア?何?」
「いいんですか、こんなことして…」
鼻で笑う。
「知らねーよ。
適当なボスには、適当な対応で充分だろうが?」
「は、はぁ…」
彼らは、組織を抜けるつもりでいた。
バカなシリアルキラー女は殺されるに違いないが、そのバカにここまでやられる組織に用はない…それが瞠慶の考えであった。
「それにしても、六道拳ってのも大したことねえよな?
伝説の魔拳だなんだと言っても、暁青の野郎、殺されちまいやがんの!」
「暁青が、死んだのか?」
突然の声。
「何だテメェ?」
「そうか、これも業だな…」
突如話しかけてきたその男は、カンフー着を着ている。
以前、たまたまアニマと同じ店にいた所を撮られ、それ以来組んでいると思われている六道拳の使い手、狼青である。
「ああ!?テメェは…」
「拳士とはそういう宿命にある。貴様も…私もな」
奇妙にすれ違う会話。
「なるほど、噂をすりゃあなんとやらだ。
こんな所で六道拳の使い手にお会いできるとはなァ!
あのバカ女と手を組んで、オレを始末しに来たってわけかァ!?」
「…何の話だ?いや、貴様を始末しに来たのはそうだが…」
何度も言うが、別にアニマとの関係はない。
同じ食堂に居合わせ、世間話をしたに過ぎない。
「テメェら!お相手してやんなァ!」
「は、はい!」
不穏な雰囲気に人々は散り、遠巻きに見つめる。
「ふ、問答無用か…!」
取り巻きと言っても師範代級、それも10人!
それらが一斉に狼青を取り囲み、構えた!
「正直言ってよく分からんが、瞠慶さんの命令だ、死んでもらう!」
「前置きはいい。…来い!」
掛け声とともにまず2人が飛びかかる!よく似た顔の2人である!
「ハイーッ!双頭蛇拳!」
お察しの通り2人は双子!
双頭蛇拳は息の合った双子にのみ修得できる拳法なのだ!
4本の腕が、左右から狼青に絡みつくように舞う!
だが、見るがいい。
「禽爪王翼翔!」
狼青はまさしく鳥のように軽やかに跳躍!
2人の攻撃を躱すと、落下しつつまず右の男の顔面を一蹴り。
「ぐえッ!」
更に着地後、身を深く沈めてから左の男の胴体に打撃。
「うぐうゥ!」
両者、たった一撃の決着であった。
(鳥の動き…獣形拳とはよく言ったもんだ。
あらゆる動物の動きを模倣し、取り込んでいやがる…)
瞠慶は唸る。
「クソッ、こいつ…!」
「豺牙流歩拳」
殺気立って先行する3人の間をすり抜けるように移動する。
3人は倒れた。
ギャラリーはおおっと驚くも、悲鳴を上げる者は1人もいない。
血を一滴も出さずに、殺したからだ。
「いつまでやるつもりだ。
俺の目的は、その男のみ。逃げるというなら、追いはしない」
しかし残る5名は構えを取り直し、間合いを詰め始めた。
「…やはり拳士か。ままならん生き物だ!」
狼青は自在に構えを変えつつ、5人それぞれに目を配った。
「死ねッ…」
「鶴翼鏢!」
鶴の羽根を模した手裏剣が、1人の胸に突き立った。
観衆には見えぬほどの小ささ。
「ぐげえッ」
(武器術も有りか…こりゃ、こいつら死んだな)
自分たちのリーダーがそう考えているとは露知らず、果敢に飛びかかる4人。
「馬豪脚ッ!」
しかし、先ほど急に武器を使われたので、武器攻撃を過剰に警戒し過ぎて、蹴りへの防御が遅れた。
「ぎゃあああッ!」
1人脱落。
「猩腕旋ッ!」
しなりを効かせて両腕を振ると、ガードをすり抜け直撃した喉元が、真っ青に内出血していた。
「う…げ…」
また1人脱落。
更に、残る2人を攻める隙も与えず地面に叩きつけた。
「ぎょえ」
「あへ」
「これは特に…名前はない」
これにて10名、全員沈黙。
「さて…次は貴様だな」
「いやいや、大したもんだ!…もう充分見せ場は作ったろ?
じゃ、死ねや」
不意の飛び蹴り!
だが『不意』だったのは観衆にとってのみ!
達人2人にとっては、軽い挨拶代わりに過ぎぬ!
狼青はあえて避けずに防御で受け、反撃に繋げる。
「象烈拳!」
象のパワーを持つ両手掌打!
空中にいる瞠慶はとっさに防御、勢いで更に跳躍!
「喰らえや、撃鎚弾!」
全体重を乗せた強烈な踏み付け!
「ふ…」
だがわずかに位置をずらして回避。
瞠慶は落下の勢いでしゃがみ、反動をつけて再び跳躍した。
(運がいいぜ、こんな所で思わぬ箔がつくことになるとはな!
俺の飛炎拳は空中技が主体、更に速度は獣なんぞの比じゃねえ!)
速度は威力、威力とはつまり強さ!
鋼のような丈夫さと重さを誇る肉体を、軽やかに跳ばす飛炎拳をもってすれば、六道拳何するものぞ!
意気揚々と、空中で次なる技を構える、そこに!
「犀角昇打ッ!」
合わせた拳で敵をかちあげる、迎撃の技だ!
「けッ、バカかテメェ?
俺の空中技を受けるには、そういう上向きの攻撃しかできねえ!
だが上向きってことは、俺をもう一回空中に押し上げてくれるってことだぜ!」
敵の攻撃を利用して、延々空中に留まり続けることこそ、飛炎拳の極意!
「ありがとよ坊やァ!」
2つの技の、衝突の勢いを利用して再び上昇!
「ほら行くぜェ、お次は爆散弾だァ!」
「嘴撃槍!」
また上向きの技で迎え撃つ。
「はッはァー!本物の間抜けだなァ!もっとも、対策なんぞねえがよォーッ!」
またまた上昇!悪夢的永久機関だ!
「羊登蹄撃!」
上昇。
「鯉瀑龍鱗!」
上昇!
「鰐牙空涙!」
上昇ッ!
(な、なんだコイツ…マジでおかしいのか?
避ければとりあえず俺を地に落とすことはできるのに…
なぜこうも頑なに…?)
空中で蹴りを構えようとして、ある事に気づく。
(あれ、痛えな。
何かおかしいな、こんなはずじゃねえんだが?)
足から出血している。
体重の乗った蹴りと拳がぶつかるわけだから、多少のダメージは当然のものとはいえ、想定を超えていた。
「クソ、さっさとカタをつけた方がよさそうだ!
奥義・爆滅弾ッ!!」
体重を乗せる瞬間をより短く、より正確にすることで、インパクトの破壊力を乗倍する奥義である!
だが、それがむしろマズかった!
「ぐ、ぐおおおおおおおッ!?」
「奥義…虎踊鯨刃拳」
狼青の繰り出した突きが、瞠慶の足の裏を貫いたのだ。
「な、なぜだッ!俺の方が速かった…威力は高かったはずなのにッ!」
「知らん!俺は出来そうだからやってみただけだ!」
代わりに解説しよう。
といっても単純な話で、狼青の方が速く、硬い拳を持っていたからだ。
その差は、純粋に鍛錬の多寡に過ぎない。
それが『強い』と『弱い』を分かつ決定点とするならば、狼青の方が強かったから、という結論になろう。
「ぐ、うう、ううっぐぐぐぐぐ!」
これでは反動で跳ぶなど到底不可能!
観衆もその凄惨な光景に慄き、むしろ目を逸らせない。
「せええええええいッ!!」
指先を瞠慶の足に突き刺したまま、地面に叩きつける!
「ぐ、ぐ、はぁっう」
痛みの余り呼吸が出来ずに倒れ伏す瞠慶に、狼青は近づく。
「ま、ま、待て!貴様、あの女と組んでいないのだろう!」
「あの女というのが誰を指すかは知らんが、そうだ。
これは俺の仕事だ」
「で、ではなぜ俺を殺そうとする!?」
「竹塞に住む呉という名の家族を覚えているか?」
唐突すぎる、質問。
「はぁ?な、何だ?誰…い、いや!分かるぞ、覚えている!待て!」
「それはどうでもいい。覚えていようといまいと、貴様が平和に暮らしていた彼らに借金を負わせ、苦しませた挙句自殺に追い込んだ事実は変わらん」
瞠慶の呼吸が、荒くなる。
「俺はその家族の生き残り、息子たちから依頼を受けた」
「ば、バカなことを!
六道拳の使い手ともあろう者が、暗殺者に身を堕としたというのか!?」
「暗殺集団の幹部に、そんな事を言われるとはな」
「ぐ…」
更に、にじり寄った。
「ま、待て!俺を殺せば、貴様は霊拳会に狙われ…」
「絶鵺白空掌!!」
顔面を掴んでから放たれる発勁は、脳を砕き、耳や鼻から血を噴出させた。
観衆から上がる絶叫を背に、狼青はその場を去った。
「ああ、大変だ大変だ。早く編集してボスに報告しないと」
羅刹寺の一室で、雰囲気にそぐわぬPCで作業をする者がいた。
皆さんの世界で言う、キョンシーに似た服装の女。
顔を隠すように貼られた巨大な札には、『大兄看你』と書かれている。
彼女は、『天眼通』と呼ばれる魔導ハッカーであった。
霊拳会の益のため、ありとあらゆる情報を集め、報告する義務を負っている。
こと電子分野においては、霊拳会は彼女に任せきりであった。
それも無理はない。
脊髄にインプラントされたミスリル製アンテナと脳改造手術によって、千里眼めいた情報収集能力を持っているのだから。
だが手術の代償として人格に異常をきたしており、あらゆる映像・音声データを、映画やPVのように編集してからでないと提出しないのだ。
「ここに、エンドロールを入れて、と…」
「あのう、まだですか?」
そばでそわそわしながら報告を待つのは、彼女のボス、ツォンである。
「あっ、見ちゃダメですよ!
もうすぐ『獣王の拳~VendettaBeast~』が完成しますから!」
「サブタイが小賢しい!」
すると天眼通はぷうっとむくれて、
「じゃあいいですよ、ネタバレしちゃいますから。
瞠慶さまが狼青って人に殺されます」
「最初からネタバレだけで充分です!
…しかし、やはり狼青はあの娘と通じていましたか」
ツォンは少し考える。
「ええと、それの編集を終えてからでいいので、調べてほしい言葉があるんです」
「ええ?言葉を調べるだけならスマホでもできるのに…。
でも、はい、どういう言葉ですか?」
眼を閉じ、こめかみを押しながら言った。
「…『神の遣い』っていうんですけどね」
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.57【天眼通】
キョンシーのような服装の女ハッカー。
電脳空間に砂浜めいた情景を作り出し、無数の情報を波に変えて集積
させる事で、情報収集を行う。
少なくとも紅蛇全土における情報収集では右に出る者はいない。
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