第15話 catastrophe(2)
「ごきげんよう、私はアニムス。
…知らないのね、私のこと」
「知らねえから聞いてんの。あと、オレはアニマ。
…名前だけじゃねえよ!その他も教えな!」
暁青を倒した後、初めての遭遇を果たした二者。
前々からもう1人の存在を知っていたアニムスと違い、アニマは一切の前情報無しの出会いだったから、内心ビビり上がっていた。
(何だコイツ?ひょっとしてオレのドッペルゲンガーか?
…にしちゃあチビだが…マジで何者なんだ?)
眼や髪の色はともかく、顔まで瓜二つとなれば、無関係とはとても言えぬ。
「…少し、時間をもらってもいいかしら?」
「へ?あ、ああ、どうぞ」
少女はくるりと背を向け、何やら電話をかけた。
「…私よ。ええ、彼女と会ったわ。
あなた、言ってないの、私の事?
あ、そう。もういいわ、それじゃ」
「ちょい待ちちょい待ち!アンタ、誰とお話してんの?」
軽い言葉、重い口調。
アニマにとって、その質問は極めて大きな、大きすぎる問題であったからだ。
「…誰だと、思う?」
「焦らすなって」
思わず拳を握る。
「…神、と呼ぶべきかしらね、あの全能存在は」
「お前も、『遣い』だってのか?
そんな重要なことを!あいつは、オレに教えなかったと!?」
顔面を食らわんばかりの勢い。
「ありえないと言いたいのかしら」
「そりゃ、その…」
あの全知全能なる神は、全知すぎて相手が何を知らないのか判断できないフシがある。
「じゃあ、そうなのか。お前、本当に、もう1人の…」
「そう、神の遣い。多分あなたより、先輩のね」
アニマは沈黙した。
途中からもしやと予想はしていたが、それでも衝撃からは逃れられなかった。
(いた…オレが正気であると証明できる人間…。
オレ自身が神の遣いであると確信できる証拠…)
彼女が狂気の中で闘争に傾倒していった理由の1つ。
それは絶対的孤独であった。
別の世界から来たとか、神の遣いであるとか、世界を救う使命など。
いずれの事実もバカバカしく、しかもそれを本当の事だと知っているのは自分だけだと思っていた。
(浮かれてるのか、オレ?
…別に何かが変わるってことも無かろうに)
浮かれもするだろう。
正直な所、神からの電話など存在せず、全て自分の妄想であり幻聴ではないのか、と思い始めていたのだから。
「それで、聞きたいのだけれど、これは一体どういうことなの?」
「どういうことって?」
「神さまに聞いたの、一応。
仕事ですらないのに、随分派手にやらかしたものねぇ?」
「そうか。むしろアンタはよくバレずに暴れられたな」
アニムスは落ち着いた様子で、
「もちろん、私とあなたでは『運用思想』が違うのだから、仕方のない面はあると思うけれど。
あなたの噂のおかげで、大分やりにくくなっちゃった。
今度からは慎重にやらなくちゃね?」
「そうか、そりゃ無理だ。オレこれから『霊拳会』の本部に行ってボス殺さなきゃ。
だから慎重は無理ね」
同じ色でも光り方が違う眼で、アニマはじっとりと見つめられた。
「随分な大ごとになってるわね」
「いや、ホントはそんな予定じゃなかったんだけど」
実際、本部を見つけ出してからどうするかは考えていなかったアニマである。
「どうして戦うの?喧嘩を売られたから?」
「それもそうだけど…何にもしてないと、狂いそうになるんだ」
故に彼女は、退屈を恐れる。
「…じゃあ、私が付いて行ってあげる。
色々、聞きたいこともあるし?」
「はあ。そりゃ別に…いいけどさ」
アニムスは、のれんのように手応えのないアニマの返答に、呆れつつも感心する。
(さっきまであれだけ暴れていた人間とは思えないわね。
心を病んでるのかしら)
だとすれば御しやすい、と内心で勘定をしてみる。
「なぁ」
「なにかしら?」
「オレら、家族みたいなもんになるのかな」
「え?」
予想外の言及であった。
「肉体的には、そう、かなり、近い存在だと思うけれど…」
「そうか。じゃ、兄弟ってことになるか」
「…それをいうなら姉妹でしょう」
思いもよらぬ角度の思考に、しばし放心する。
(そう、確かに、遺伝子の観点から言えば、それくらいの近しさはある。
でも、姉妹…家族…私に?)
もはや家族どころか前世については何も思い出せないほど摩耗しきった魂だが、それでもなお、『家族』という言葉には、奇妙な引力を感じざるを得なかった。
「…どうでもいいでしょう?今更、そんな概念」
「まーな。確かにオレたち、生き物としちゃそういう領域超えちゃってるもんな」
だが言葉とは裏腹に、両者の間には、微妙ながら執着が芽生え始めていた。
(私の、この世界でただ1人の、家族。
…という言い方もできるわね?)
(あっちが先輩ってことは、オレがおとう…いや、妹か)
突如完成したこの異形の姉妹は、世界をいかなる方向へ導くのか。
『霊拳会』との決戦が、その試金石となるだろう。
大修練場での演説直後、訓練中の少年少女たちは、とりあえず待機ということで別室に集められていた。
彼らは世間でいえば中学から高校といった年頃だが、自ら強さを求めて霊拳会の門を叩き、幼き日から人の命を絶つための技を磨いているのだから、並大抵の獰猛さではない。
若さと獰猛さが組み合わさった時の常として、彼らは我慢ができなくなった。
「なぜ師範たちは我々を戦わせようとしないのか?」
「保護されることを望んでこの組織に入ったわけではないぞ」
「我々だけでの単独行動もやむなしではないか?」
とまあ、このように話は運び、彼らは寺の外に出た。
その結果真っ先に全滅させられることになったのは、滑稽な悲劇と言うほかない。
いや、もし相対する者があの姉妹でなければ、彼らも少しは長生きできたのやもしれぬ。
だが2人は、奪った命についていちいち考えるほど、殊勝な殺人者ではなかった。
「今の連中、若かったな」
「ええ、若手の育成にも余念がなくて、結構なことじゃない」
かくして2人は入口に大量の屍を残し、血の滴る両手と刃をぶら下げたまま、寺内に侵入したのだった。
ところで、実は彼らよりも若い訓練生もいる。
小学生以下の訓練生たちは、さすがに荷が重かろうというので、部屋に残されていた。
彼らは自分たちがエリートであると自覚しており、また我の強い年頃でもあるから、『納得いかないぜ』という感じで先輩たちの帰りを待っていたのだが、そこでその先輩を片付けて侵入してきた、2人の姿を目撃してしまった。
「……」
「どうしたの?先輩かえってきた?」
「……」
「ね~え、かえってきた、かえってきた、かえってきたぁ?」
格子窓に飛びついて外の様子を見ていた少年は、仲間に揺さぶられ、窓からずり落ちてしまった。
「いて!」
「あ、ごめん。ね~え、なんでこたえないの?」
その問いかけに、少年は首を振った。
「むり」
「は?なにが?」
「あれは、だめだ」
「え?」
率先して窓から外を見ていたくらいだから、この少年は勇敢さと行動力に長けていた。
その少年の、今まで見たことのない怯え様に、他の者は驚く。
「よく分かんない、私が直接見るよ」
「だめだ、目が合う。
ここで、じっとしていよう」
有無を言わせぬその口調に、鬼気迫るものを感じた少女は、沈黙した。
(あかい…め…めが…)
少年はうずくまり、震える。ただ1人その姿を見た者として。
「……」
他の者も少年に倣い、小さくなって押し黙る。
こつ。こつ。こつ。こつ。
「…いった?」
「たぶん」
恐らく通り過ぎたが、それでも扉を開けて確認する気にはなれなかった。
2人は、会話しているようだった。
「なー、今通り過ぎた部屋さぁ。いたよね」
「…ま、いいでしょ、放っておいても」
通り過ぎた部屋、その格子窓をチラリと見て向き直り、また歩き始める。
「…!」
「み、みみみ、みた?」
「う、うんっ…」
うまく声が出ず、呼吸が乱れる。
むせ返りそうな血の香り、殺気すら無い無造作な目線。
立ち上がろうとすると、今の光景がフラッシュバックして、腰が抜ける。
「ああっ…」
そして再び、どたどたと足音がした。
「きゃあっ…」
悲鳴を上げそうになった少女の口を、皆で抑える。
「お、師範たちの足音だよ!
もう大丈夫だ…」
「そ、そうか、寺の中にいるはずだもんね」
安堵の声を漏らしつつも、その場から動こうとは、誰もしない。
結局その日の夜まで、少年たちはその部屋を出ることはなかった。
「…『これからは慎重に』って話じゃなかったのかよ。
生き残りがいるとマズいんじゃないか」
「ああ、そういえばそうね。じゃあ殺しに戻りましょうか?」
「いや、もういいよめんどくさい…」
「まあ慎重って言ったって、私たちの力があれば、本来よほどの事をしない限り目立たないものよ?」
力。アニマにとっては再生と怪力だ。
「そういや、アンタの力ってのは、何なんだ?」
「そうね…」
血塗られた刀を軽く振った。
「うげえッ!」
天井から、何か落ちてきた。
「うわッ!何だコイツ、なんで天井に…?」
「奇襲でしょう?無意味だけれど」
そして切っ先を前に向けて、
「廊下の奥、来るわ」
「めんどくせー、迂回しようぜ」
「入口を塞がれた。後ろからも来るわ」
「更にめんどくせえ!」
狭く長い廊下に、ぞろぞろと詰めかける男たち。
「捕えるつもりではダメだ、確実に殺せ」
「分かっている」
アニムスが、生温かい笑いを浮かべた。
「仕方ないわね、前は私が引き受けてあげる」
「恩着せがましいな!それ結局、オレが後ろをやれって事だろ?」
「そういうこと。さ、行きましょう。目指すは皆殺しね」
「皆殺しってのは、慎重なのか…?」
その呑気な会話を挑発と捉えた門弟たちは、それぞれの手に携えた武器を振り上げ、飛びかかった。
「「「行くぞォーッ!!」」」
(バズーカとか使えばいいのに…)
元も子もない事を思いながら、とりあえず目の前の敵に専念した。
腕を掴めばそのまま千切り、喉に当たればそのまま潰す。
いくら武器を持っていても、近接戦で負ける気はしない。
あの奇妙な拳法のように即死の技でもあれば別だが、あれほどの使い手は、そうそうおるまい。
(オレひょっとして、また最大の山場を越えちまったか…?)
呪わしいほどの運の良さだ。
魔王との戦いでは、そもそも味方が多かった。
今度の戦いでも、援軍が来て倒してくれた。
(つまらねえ…)
斃された前列の人間を肉壁にして、決死の攻撃を繰り出してくるものの、その壁が、彼女の攻撃を防ぐほどの防御力を有しているかと言えば、甚だ疑問である。
「小賢しいなァ!」
盾となる死体ごと、背後の敵を殴り潰す。
背後を見れば、無言で敵を斬り捨てているアニムスの姿がある。
「どうだ、行けそうか?」
「ん…何?流石に敵が多くて…」
アニムスの足取りがフラフラし始めた。
「キツいか?」
「眠くなってきちゃった」
飽き始めただけだ。
アニマ自身もそうだ。後何人殺せばよいのだろう。
(クッソ…ムカついてきた!
もういい、キリがない!)
突如アニマは跳躍、天井を掴んで、チンパンジーめいて移動し始めた!
「あら、どうしたの?」
「こいつら全部お前に任せた!
オレは先にボスんとこに行く!」
指の力だけで移動しつつ、下から飛びかかってくる敵を蹴り落とす!
「待て!」
「クソ、逃げるか卑怯者ッ…!」
仲間の死体に埋もれながら、絶望的な喘ぎを吐く。
廊下は既に血の海と化して、惨憺たる悪夢を形成している。
実はここに来たのは、門弟たちの中でも、己の弱さを受け入れた下級の者たちであった。
どうあっても勝利は得られない、ならば少しでも時間稼ぎと体力を消耗させてやろうと、襲ってきたのだ。
「待て、頼む、まだ死んでない、俺がいるぞ…」
「逃げるなぁ、逃げるなあああ…」
無様に血で転び、床を這いながら、懇願する。
ここに死に場所を求めてきた彼らにとって、相手に逃げられ、一糸も報いることもできずに生き延びるのは、至上の屈辱であった。
「いいわ、私が相手してあげるから…」
母性的口調で、アニムスが言った。
「あなたたち、いくら惨めで死ななきゃ救われないからって、あの子を頼るのは間違っているわ。
私が代わりに…ひぃ、ふぅ…ええと…30人くらい?
まとめて殺してあげるから、静かにお並びなさい」
血と脂でダメになった刀を捨て、懐から拳銃を取り出す。
「何してるの、絶好のチャンスでしょ。ほら、来なさい」
いきり立ち、襲ってきたのを1人撃ち抜く。
「やっぱり、軽い頭を吹き飛ばした時の方が、音がいいのね」
映画のような報告映像を見ながら、男が呟く。
「こいつら勝手に行動し過ぎじゃない…?」
彼は、演説を代行した幹部、
勝手に出撃しようとして全滅した子供たちも、勝手に弱いと自覚して決死隊になった連中も、まだ指令を出さないうちから行動している。
「弱いなら弱いなりの仕事振るのに…」
と言っても、上級の者を『師範』とし下級の者を『門弟』とする、道場的組織構造にも問題がある。
上司・部下の関係より自由が利くので、勝手がしやすいのだ。
(まあ、一番上があんなのだしな…)
彼自身、組織への執着はさほど無かった。
上の人間ほど組織に関心がない、奇妙な構造なのだ。
(楽しくやったし、この組織もそろそろ潮時か…。
もういいや、『好きに暴れろ』って命令出しちゃお)
トランシーバーを手に取った。
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.58【瞠慶】
霊拳会の幹部であり、かつて傭兵として紅蛇に名を轟かせていた。
一度跳躍したら二度と降りてこないと言われている飛炎拳を使う。
その極意である『相手を踏みつけて飛び続ける』という動作を行う
には軽やかさがいるが、彼の体重は80㎏であり、そのバランス感覚
の鋭敏さは脅威だ。
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