第14話 Massacre
白い髪をなびかせる風は、血の匂いがする。
女は死者の群れの中に、自らの身を投じた。
原題:Massacre
カンフーゾンビvsアンデッド天使~不死身の大血戦~
「オラ!クソが!どうだ!」
「っがががァ!」
「ぶげ!」
「ぎょあああ」
生ける屍たちの脳を砕き、臓物をぶちまけ、四肢をもいだ。
しかしそれでも、死者の軍団は湧いて出る。
「あああ!回りくどい、これで死ね!」
落ちていたヘリのローターを拾い上げ、思い切り投げつける!
「ぎょえ!」
「うごおおお」
「ばべらっ!」
「うげえええ」
「げおおうう」
ローターは手裏剣のように回転しながらゾンビたちの首を刎ね、建物に突き刺さって瓦礫を落下させる。
「ったく、どうなってやがんだ…?」
思い返す、1時間前の事。
「ここからは霊拳会幹部師範、六道餓王拳の暁青がお相手する」
身構える。
「六道餓王拳奥義、『師屍徒弟』」
赤影拳の男を掴む力が、強くなる。
「うげッ!うぎゃああっがががが」
赤影拳の男はもがくが、一向に脱出できず、そのうち動かなくなった。
つまらなさそうに捨てる。
「…行け」
暁青と名乗った男が指示すると、赤影拳の男はフラフラと立ち上がり、異様な顔色で襲い掛かってきた。
「寄るな、キモい!」
無慈悲に首を蹴り折る。
「行け、じゃねえのよ。お前が相手しろや」
「だから、お相手すると言っている。
この、六道餓王拳がな」
指差す先を見ると、赤影拳の男が立ち上がった。
「うがあああ」
「あ?…人間、首が折れてても、案外平気なんだな?」
言いつつ叩き伏せる。
「ぎゃうッ!」
「そんなわけないだろう。
奥義『師屍徒弟』は脳に気を送り込み、程よく破壊して生ける屍にする技。
しかもこの気は体内に残り、他者に噛みつくことで伝染していく!」
暁青の背後に、無数の目が光る。
「既に下準備は済んでいる。後はお楽しみいただくだけだ。
…さらば!」
暁青は壁を蹴って跳び去り、そこには屍の軍団のみが残る。
「う、嘘だろ…?」
「まさか拳法にあんな力があったなんて…」
ローター手裏剣で開いた活路を進み、屍を避けていく。
戦うのは問題ないが、時間がかかって仕方がない。
暁青の逃げた廃工場方面に向かうのが最善手だろう。
「うおおおお」
「あああああ」
しかし、それでも出会ってしまうほど、多い!
「がう、うう、ごおおーッ!」
「クソ、小癪なんだよボケ!」
回し蹴りを仕掛けてくるゾンビをねじ伏せる。
このゾンビ、ただのゾンビではないのだ!
気によって、脳を破壊すると同時に拳法をインプットされており、技を使ってくる。
まさに、カンフーゾンビなのだ!
「ガウーッアターァ!」
「邪魔だ!」
「ホホーッウガガー!」
「しつこい!」
連撃を受け止めて腕を折り、飛び蹴りしてきたゾンビにぶつける。
このままではいくら時間があっても足りない。
狭い路地に逃げ込む。
「畜生、ここもか…!」
鉄の爪やヌンチャクで武装したゾンビが立ちはだかる!
「うううおおおお」
「ぐぐるるる…」
ヌンチャクの連続打撃をあえて受ける!
そして掴み、奪い取ってから蹴り殺す!
奪ったヌンチャクでトンファーゾンビに足払いをかけ、踏み殺す!
だが棒術を使うゾンビに背後を取られ、転倒!
「でっ…」
鎖付き鉄球の追い打ち!
2発目を掴んで、投げ返して殺し、立ち上がる!
繰り出される棒の先端を弾き、間合いに入る!
「そんな棒切れがァ!オレに通用するかァ!!」
だが、棒術ゾンビの肉体を突き破り、鉄の爪が飛び出す!
「うおっ…!」
とっさに棒を奪い、こちら側からもゾンビの身体を貫いて攻撃を行う!
しかし手ごたえがない。既にこと切れた棒術ゾンビをどかすも、そこに鉄爪ゾンビの姿はなかった。
「ああ?どこに…」
「うがあああッ!」
「…上ッ!?」
どうやって登ったのか、横の壁を駆け下りて襲い来る鉄爪ゾンビ!
咄嗟のハイキックは躱され、キックを繰り出した足から血が噴き出た!
「うぐッ!
…舐めやがって!ふざけるんじゃねえド腐れ共がァ!!」
怒りにより、華奢な手足に秘められていた筋肉が、わずかに隆起した。
飛びかかる鉄爪ゾンビの顔面を、瞬時に踏み砕く!
「次はァ!!」
振り返り叫ぶと、残るゾンビたちがわずかに退いた。
「ほう、知能の端くれ程度は残ってるみてぇだな。
だったらとっとと消えろ雑魚風情が!」
ゾンビたち、更に退く。
だがその時、路地の奥から、先に珠のついた棒を掲げた奇体なゾンビが現れた。
そしてそのゾンビに追随するように、布でできた巨大な龍を操る複数人のゾンビ。
龍舞である!
「あァ?お祭り気分かこの野郎!?
…どいてろってんだよ!!」
先行してくる、珠のついた棒を掲げるゾンビを殴り殺す。
その瞬間、龍の口が開いた。
「へ?」
路地を焼き尽くす、壮絶な火炎放射!!
「あちゃちゃちゃちゃッ!?」
「うげええええ!」
「うがっががが!」
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ」
「ひぎいいいい」
他のゾンビを巻き込み、ひたすらに燃やす!
「…て、めぇら…」
しかし炎を掻き分け、焼けただれた両手をかざす者がいる。
「いい加減にしやがれェェェッ!!」
激怒の拳が、操演ゾンビを1人殺し、2人殺し、3人殺し…とにかく全て殺した!
そのまま路地を飛び出すと、宙に跳びあがり、壁を蹴り屋根を蹴り、目的の廃工場まっしぐら!
その時路地では、制御を失った龍が、自身をも焼き尽くし、バラバラに散った。
そして龍の残骸から、一匹のゾンビが飛び出し、アニマの後を追った!
(何だ、誰かが後ろから…?)
気配に気づき、チラリと背後を確認する。
「…マジでしつっこいなァ!」
赤影拳の男が、折れた首もそのままに追いすがってくる!
「うがあおおお!」
炎を纏った突き!
空中で辛うじてこれを躱し、屋根に着地!また走り出す!
「テメェの相手してる暇なんぞ…」
「がオオおおおァ!セキ、エイ、ケン!」
燃える両手による抱きしめ攻撃!これぞ『熾擁縛』!
「ねえんだよ!!」
後ろ向きに蹴り飛ばされ、自らを抱きしめる。
「オオおおお!!」
屋根に叩きつけられ、自分の身体に火をつけることになった。
そして火だるまのまま立ち上がり、再び追跡し始めた。
「クッソ、良い根性してんなぁ!
生きてた頃よりかっけえぜ、アンタ!」
くるりと振り向き、足を止めた。
「来いよ、5秒だけ相手してやる!」
「カああアアあア!セキ、エイ、ケンンンンン!!」
高く跳躍!その構え、燃える全身も相まって、まるで不死鳥の如し!
そして跳躍の限界点で身を捻り、回転しながら急降下!
これぞ、本来死ぬ覚悟で放たれるという奥義、『廻鳳拳』なり!
「ぐううおおおおおおッ!」
直撃し、屋根を破壊して家屋の中に落下する!
衝撃で炎が散り、男のどす黒く焦げた全身が露わになった。
食いしばった歯の隙間から、灼熱の吐息が漏れる。
「…確かに受けたぜ、アンタの技」
アニマは腹に穴を開けたまま立ち上がって、そう呟いた。
男は最期にとびきり長い息を吐くと、文字通り膝から崩れ落ち、絶命した。
「さて、他のが来る前に工場を探さないと…お」
男が唖然とした表情で、レンゲとチャーハンを持って座っている。
家屋の主である。
「あっ、すいませんどうも、ご迷惑おかけしまして。
迷惑ついでに、この辺に廃工場ってありますよね?
どっちでしたっけ?」
男が震える指先で指し示す。
「あ、そっち。どうも、失礼しました」
「……」
アニマの背を見つめながら、男は唖然の表情のままチャーハンを口に運んだ。
目の前にそびえる錆びついた門。
地面に散った錆から、つい先ほど1度開けられたことが分かる。
「やっぱりここに逃げたか」
閉ざされた門を蹴破り、入り込む。
警戒を怠らず、四方に目を配る。
(多分、工場の中に…)
入口を見つけ、恐る恐る首だけ突っ込む。
「く…どこだ…?
うおおおおおおお!?」
するといきなり背後から、大量の鉄パイプが倒れかかってくる!
「この程度!」
軽くはねのけるが、中から現れた影によって、殴り飛ばされた!
「うげッ!」
「油断したな!」
その影の正体こそ、暁青!
怯んだアニマに、次々浴びせる、肩、腹、顎への連撃!
「…ってえな。ビビッて不意打ちに徹することにしたのか?」
「ほざくな。だが、貴様の打たれ強さは確かに大したものらしいな」
奇怪な構えからの手招き。
「ゾンビ使って時間稼ぎしてた奴が、イキってんじゃねえよ!」
思い切り振りかぶった、シンプルなパンチ。
この特別な工夫もない、ただ強いだけの拳に、いったい何人の達人が殺されてきたことか!
だが。
「ホアアアーッタァ!!」
その凄まじいパンチは、軽く受け流された。
勢いあまって転倒する。
「く、この野郎…」
「あの技は所詮、小手先の応用に過ぎん。
脳の操作は本来、自らに対して使うものだからな」
追撃の踏み付けを回転で躱し、ネックスプリングで立ち上がる。
「…なぜ笑っている?」
「え?…笑ってたか、オレ?
いや、そうか…そうかもな」
「笑えるならまだ余裕はありそうだな…せいッ!」
話を打ち切るように正拳突き、回し蹴り、裏拳を繋ぐ!
余りの速度と視覚の虚を衝く動きに、成す術なく直撃を受けた!
「ぐ!ぐおッ、効かねえよ!」
しかしそこはアニマ、素手の攻撃などものともしない!
反撃の蹴りをぶち当てた!
「かァーッ!」
だが暁青もさる者、宙に飛んで衝撃を逃がし、無傷で着地。
「…埒が明かんな」
「だったら死ぬ気で来いよ…」
互いに間合いを測り合う。
「…当然だッ!」
暁青の連続突き!
上の防御に気を取られた所に、足払い!
すっ転ぶアニマに、高速の蹴り!
その全てが、骨を折り肉を裂く威力があるのだ!
(畜生、さっきより痛え…!)
気によって自らの脳の機能を解放し、出力は段違いに上昇している。
対するアニマには再生能力があるが、問題はそこではない。
(いつだ、いつ来る…?)
一たび頭に触れられてしまえば、気を送り込まれ、唯一の弱点である脳を破壊されてしまうのだ!
常に頭への攻撃を警戒しながらの戦いは厳しく、反撃しても達人たる暁青には受け流されてしまう!
「どうした!?反撃せんのか!?
貴様はこれまで、その異常なまでの腕力で勝利を得てきたのだろうな!
だがもはやその段階は過ぎた!腕力ごときでねじ伏せられる段階はな!」
それはまさに、アニマ自身も考えていた事だ。
そして、望んでいたことでもある。
(追い詰められてる!このオレが!?
…そうそう、これだよこれ!才能だけの一芸頼りが、全てを満遍なく鍛えた達人に破られる!
世の中はこうあるべきだ!)
故に上機嫌で、踏み付けられ続けた。
(しかし、そろそろ反撃せにゃな…。
どうする?動けるか?…ダメだ、立とうとした瞬間、生まれた隙を見逃すコイツじゃないだろう!)
余裕はない。余裕はないがしかし、気分は悪くなかった。
久々に、敗北の苦痛を思い出せたからだ。
(思い切って立つか…。
その隙に頭を狙われたら防げないけど、そうなりゃ死ぬだけだしな)
決めた。立ち上がろう。
防御を解き、腕に力を込めた。
その瞬間、やはり暁青の構えが変わり、頭を狙った攻撃を…
しかけ損なって、飛び退く!
「?」
「…貴様、何者だ…!」
状況がうまく把握できないが、床にはナイフが突き刺さっていた。
どうやら何者かが投げつけたらしい。
「私?見て分からないかしら?」
工場の屋根の上から声。
暁青も驚いたが、アニマが何より驚いた。
同じ眼、同じ髪を持つ、小柄な少女がそこにいたからだ。
「『力』ではどうにもならないみたいね。
じゃあ、『技』がお相手するわ」
飛び降りざま、抜刀!落下切りを敢行する!
飛び退いて躱す暁青に、横薙ぎの斬撃!同時に手中のナイフを投げつける!
「ハイーッ!ハイハイハイ!」
ナイフを弾き、跳びあがって空中で顔面を3度蹴る!
少女の顔面に3発もの蹴りが入る様子は、見ていてかなり痛ましい。
「ふううっ」
だが少女は不敵に笑い、鼻血を拭った。
そして相手の足元を数回斬り付ける。
暁青はこれを後退しつつ躱し、刃を踏みつけて折った。
「あら」
「弾けろ脳髄ッ!『殺身死界拳』ッ!」
折れた刀身を見ているその隙に、頭を狙った打撃…しかし!
少女は相手の方も見ずに、拳を弾いた。
「あ、もう見切ったから、いいわよ」
「く、何だとッ…?」
出血する拳を抑えながら、唸る。
「では貴様に見せていない技を使うとしよう!」
後方に宙返りして、屋根に着地する。
「かァッ!『鬼歩空槍脚』ッ!!」
そして再びジャンプすると、落下しながら蹴りかかる!
空中を滑るような、異様な滞空時間の蹴りだ!
「私が見切ったと言ったら見切ったのよ…はッ!」
この少女、なんと飛び蹴りで迎撃する!
空中ですれ違い、同時に着地。
「……」
「……」
そして暁青は振り返り、
「毒、か…貴様ッ…!」
その首筋には、針のようなものが刺さっていた。
「そう。すぐ効くから安心して逝って」
「ぐぐ…く…!」
暁青は自らのこめかみに人差し指を突き立てる!
「かあ…ああ…おおおおオオ…」
すると毒の効果もなんのその、青黒い顔になって飛びかかってきた。
どうせ死ぬならばと覚悟を決めた暁青の、自らの命さえ弄ぶ最終手段であった!
「ふふ。ゾンビには…」
懐から拳銃を取り出し、向ける。
脳幹に1発。それで事足りた。
「やっぱりガンよね♪」
そして茫然と見つめるアニマの方を向く。
赤い眼と赤い眼が、今初めて見つめ合った。
「初めまして、神の遣いさん」
「…アンタ、誰?」
因果はついに、2人の神の遣いを引き合わせた。
最悪の2人を。
〈終劇〉
(♪エンディングテーマ)
主演:アンデッド天使/アニマ、アニムス
ゾンビマスター/暁青
カンフーゾンビ/桃宮の皆さん
「…という訳で、暁青様がやられました」
リモコンで映写機を止め、報告を終える。
ツォンは大きく息を吐き、ただ一言言った。
「これ編集する必要ありました?」
〈おわり〉
どうしようもない名鑑No.56【赤影拳の男】
高出力かつ精密な炎魔法、魔法に『気』を乗せる高度な技術、
相手の動きに合わせて即座に技を切り替える対応力が要求され
るという『赤影拳』を編み出した、武術界の異才。
だが難しいからと言って圧倒的に強い拳法でもなく、廃れた。
自身を認めなかった武術界に復讐するべく霊拳会に入ったが、
暁青という本物の天才を目の当たりにして、折れた。
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