第13話 Death(5)

『えー…驚くべき事件が、紅蛇で発生しました。


まずは本日、紅蛇帝国雷川省、桃宮で撮影された、防犯カメラの映像をご覧ください』


粗い映像に切り替わる。


白髪の女が老婆を蹴り、サラリーマンが倒れ、逃げた者が事故を引き起こし、破滅が広がっていく。


この白髪の女、狂人としか思えぬ奇妙な動きで、逃げ惑う人々を虐殺していく、ように見える。


『女が撮影されたのは、なんと朝のホテル前。


目に映る通行人を無差別に襲っているように見える』


ナレーションが入る。


『あまりに残虐かつ無軌道なこの行為は、女がカメラから消えるまで続いた』


女はありえないほど跳躍し、そのままカメラから消えた。


『この異常な身体能力から、当局は魔法使いの疑いがあるとして捜査している。


…と、いうことで…防犯カメラの映像を見ていただいたんですが…』


あまりの凄惨さに、キャスターも言葉を失っている。


『しかもあの、月墜落未遂事件の翌日ということで…。


何らかの関連があるのではないかという憶測も飛び交っております』


そのニュースを、茫然と見つめる少女がいた。


「た、大変だ…」


走る。どたどた走る。


どたどた走って辿り着いたのは、華美な装飾の屋敷。


「大変だー!大変だ大変だ大変だーッ!」


「…貴族の子女ともあろう者が、全く慎ましさのカケラもないな」


その屋敷の主たる青年は、ベランダで優雅に紅茶を飲んでいた。


「で、でもですよ。こ、これを見たら、絶対あなたも慎ましさとか言ってられなくなりますよ!」


「ではまずそれを話せ!お前は常に回りくどい!」


少女は、ニュースの内容について話した。


「…なるほどな?」


「ね、ね!すごいでしょう?」


「確かに、ヤツなんだろうな?」


「え、ええ!そりゃあ、多少映像は粗かったですけど、間違いなくアニマさんでしたよ!」


アビゲイルは、確信的な口調で言った。


「だとすれば、報道は今日の内に終息するだろうな」


レルムもまた、断言する。


「そ、そうなりますか」


「なる。貴様、あの女が『霊拳会』とやり合っていると言っていたな。


裏の人間がなりふり構わず『やる』と決めたのなら、警察や他の組織の介入を許すわけがない」


レルムもまた、社会の裏を知る者。


事の大きさは、よく理解できていた。


「だが、我々には我々の…裏のニュースがある。


あの下等な女がどこまであがくか、楽しみに待とうではないか、ん?」


「また、そういう言い方を…まぁ、確かに楽しみですけど。


これ、ひょっとしたら、す、す、すっごい事になるかもですよ!」


興奮で唾を飛ばすアビゲイルを手であしらいつつ、


「もし『霊拳会』が壊滅したら、『同盟』の連中はどうするつもりなのだろうな」


と呟いて紅茶を飲んだ。


「え?何です?」


「いや、そうか…知らんのだったな、貴様は…」










「若、お耳に入れたい事が…」


障子戸の向こうから、声がかかる。


「どうした綴。お前も食べたいのか?」


今『若』と呼ばれた男の前には、ケーキ1ホールがある。


故郷から送られて来た資金を生活費に充て、ギリギリまで切り詰めたなけなしの余り金で購入したものなのだ。


「それは後で食べたいので取っておけよでござる。


いえ、それより!例の、『霊拳会』のことでご報告が」


諫早甚兵衛は頷く。


「ああ、某の命を狙う刺客の中にも、出身者がいたという…」


「まさしく。その『霊拳会』と、アニマ殿が全面戦争に突入した、と」


かっと目を見開く。


「何と豪気な…いかなる敵にも等しく挑むその様、まさに死神よ」


「まあ、吠え掛かる相手を選ばぬという点ではむしろバカ犬に近いような気も…」


「これ!言い方は選ばぬか!」


「いや、でもね!調べれば調べるほど、そうとしか思えないというか…」


そうして、調べたおおよそのところを主に教えた。


「全く無差別に、いかなる大物であろうと襲い掛かるのでござる」


「だから、それが武芸者の鑑ではないかと…」


「でも、チンピラに絡まれてもムキになって暴れるらしいでござるよ?」


「むう…」


甚兵衛は、じっと考え込んだ。










「ちょっとちょっと…冗談でしょ!?」


テレビの電源を乱暴に切り、手足をばたつかせる。


その様子を陰から見ていた幹部は、そーっとその場を離れた。


「マジでバカなのアイツ!?


仮にも暗殺者なんだから、もっとこう、秘密裡に…」


頭を掻きむしって、ぽつりと漏らす。


「…無理か。アイツだし」


これまで緻密かつ巧妙に組織を築き上げ、数十年に渡って最高水準の暗殺者を育て上げてきたツォンだが、その性格は安定とは程遠かった。


同盟の中で最も長い付き合いのあるガルーダは知っていた。


(アイツの本質は子供。


興味を持ったら異常なまでに貪欲な好奇心で追求するけど、一度飽きたらどんな犠牲を払って手に入れたものでも捨ててしまう。


アイツにとってはもう、組織も『計画』も飽きたものでしかないのでしょうね。


そして今その好奇心で追い詰めている『アルビノの女』も、すぐに飽きる。


だってアイツが興味をもったもので、飽きなかったものは1つも無いもの!)


嘆いてよいやら怒ってよいやら、困惑の極みにあるガルーダだが…ふと、気付く。


(…いや、あったわね。1つだけ、今も飽きてないものが)


それは、武術。


その異常な好奇心をもってなお、極められぬ武の世界。


果てなき果てを、本気で追うことができる愚か者。


故に彼の称号は、『大師範』なのだ。










「ほーほー、ジジイがその気になっちゃったか」


彼が誰か、お分かりだろうか。


「ま、俺様の邪魔にはならなそうで、何より何よりだ!」


魔神アーリマンだ。


ということは、ここは?


そう、魔神の住処、北方大陸である。


魔神の世界が如何なるものか、知りたいのではないか?


だが、あまり仔細に描写すれば読者の皆さんが発狂することは間違いなく、故に大雑把な印象程度に留めることとする。


まず色彩がどぎつい。視覚の暴力どころではなく、視覚の最終戦争だ。


あらゆる色が認識する度に変化し、物体の輪郭すら捉えがたい。


それから建造物と呼べるかどうか、奇妙な多面体構造物。


にも関わらず、扉や窓は普通のものと変わらないのが、むしろ腹立たしい。


そして何より、天に鎮座する黒い太陽。


アーリマンはそれを見上げ、


「しかし、月の件があった直後だからな…あっそうだ!」


ポンと手を叩く。その時持っていた骸骨は空中に浮いている。


「この白い髪のアマに、全部押し付けちまうか!」


サムディ男爵に幻術を掛け、月落としの術式を仕込んだのは彼だ。


イタズラついでに『計画』の予行練習をしてみたまでだが、彼の予想通りに阻まれることとなった。


(予想と違う所もいくつかあったが…まあいい。


悪いな『アルビノの女』とやら。俺様のイタズラ、代わりに怒られてくれや!)










「頭領かしら。今日の朝のニュース、見ました?」


「ああ、ついにやったな、あのバカ…」


黒い能面の男と、巨漢が会話している。


「頭領のお仲間ですよね。こりゃ『封魔忍軍』としては…」


「たわけ、金にもならん話に介入してどうする!


奴が勝つにせよ、大穴でその女が勝つにせよ、『霊拳会』は、組織としてはもうおしまいだな」


吐き捨てる。


「しっかし、どうしてそんな移り気なお人を同盟に加えたんですかねぇ?


早晩、こうなる事は目に見えていたでしょうに」


「俺はヤツより新参だから知らん。


だが予想はできる」


そして指を立て、


「大方、組織がデカくなり過ぎたんだろう。


それで、『霊拳会』を同盟に加えないと裏社会の支配がままならなくなった。


もっとも、今までの同盟ならそれくらい適当でも済んだのかもしれんが…。


今や同盟の目的は変わっているからな」


そこまで解説したが、何か思いついた様子。


「そーだ!大穴で思いついたんだが…どっちが勝つか、賭けないか?」


「おお!いいですねそれ!下の奴呼んできます!」


巨漢が、その体躯からは想像できぬほど素早く疾駆した。










「ええ、この混迷の時代にあってですね、全ての種族が、差別という荒波に流されないようにですね、手と手を取り合って、ええ、いかなければ、ならないと、こう思う次第であります」


客席を埋め尽くす獣人たちが、万雷の拍手を送る。


その拍手を背に、檀上から舞台裏に戻っていく羊頭の男。


「ウホ」


「あ、ありがとうございます!」


そこで待っていたのは、全身金属質の毛で覆われた、奇妙なゴリラであった。


「皆さんにも喜んでいただけたようで、ホッとしております」


「ウホ」


「え?け、今朝のニュースですか?


ええ、あの…凄いことになってましたね、紅蛇」


「ウホ」


頷くゴリラ。


羊頭の男は、縦長の瞳孔を持つ、秘書らしき女に命じた。


「レプティラ君、ゴリアテ様に車の手配を」


「はい、既に」


女は、2つに割れた舌が覗く口で、瀟洒に言葉を発した。


「ウホ、ホホウホ」


「いえ何をおっしゃいますやら!


私がですね、ARM(Animalian Race Movementの略。獣人種族運動と言ったところか)の会長として、獣人種族の権利保護に尽力できたのも、ゴリアテ様がいてくださったからこそ!」


そう、ゴリアテは獣人に対して大きな影響力を持つ団体、ARMの裏の会長であった。


もちろん名目上の会長はこの羊頭の男で、ゴリアテはあくまで出資者としている。


「じゃ、私はもう1度檀上に上がらないといけないから、君がお送りして」


「かしこまりました」


秘書の手配した車まで案内される。


「どうぞ」


「ウホ」


秘書が開けたドアから乗り込んだ。


そうして秘書がドアを閉めると、ゴリアテは窓を開けて、静かに言った。


「ホッホ」


「かしこまりました、会長にお伝えします。


じゃ、出して!」


車が、講演会場から遠ざかってゆく。


まるで政治家か王族の待遇だ。


(ホホホウホウホ)


内心で、そう呟いたのも、無理はなかろう。










荒れ果てた古城。


人などいるはずもないこの城に、しかし主がいた。


「……」


その小さな身体に似合わぬ角と尾。


ガラス玉のように澄んで虚ろな眼が、空の色を映す。


音も無く現れた、黒い靄のような従者が、囁いてまた消えた。


「……」


少女の口の端が、わずかに歪んだ。










朝だ。眼を開ける。赤い眼を。


掛け布団を跳ねのけ、ナイトキャップを脱ぐと、白い髪が垂れる。


マグにコーヒーを注ぎ、トーストを咥え、すたすたと玄関に向かう。


ポストから新聞を抜き取って、リビングに戻る。


席に着き、トーストを一口齧ってコーヒーを啜り、新聞を開く。


『桃宮早朝の悪夢!白髪の女の凶行に、市民恐慌!』


コーヒーを噴き出した。


「…やってくれたものね」


口を拭い、記事を読む。


「ここは龍洞だから…桃宮までは飛行機で2時間。私なら1時間ね」


テレビリモコンの隣にあるリモコンを押す。


すると壁の1面が床下に下がり、隠された壁が露わになる。


メイス、ヌンチャク、刀、拳銃、マシンガン、バズーカ。ありとあらゆる武器が掛けられている。


「今回、会うつもりはなかったのだけど。


まあ、予定が早まったと思えば、楽しみでもあるわね」


『もう1人の』神の遣いアニムスは、トーストを咥え、コーヒー片手に、武器の品定めをし始めた。


〈おわり〉

どうしようもない名鑑No.55【神の遣い】

アニマやアニムスなど、神から任務と肉体を与えられて

異世界へと降り立った生命体。いわゆる天使である。

この世界には過去3度降臨しており、生物種の均衡調整、

人口の調整と民族の整理、自然の再生を遂行した。

外見上の特徴である『赤い眼と白い髪』は第一世代から

受け継がれており、世界各地の神話や伝承にその特徴を

持つ人物が確認されている。

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