第13話 Death(4)

「…ふああ、あああ…」


ホテルの一室で目覚めた女は、窓の外を見つめて嘆息した。


(広いな…)


窓枠の中に見える範囲だけでも、随分広く見える。


単に猥雑な街並みがそう見せているのか、心が折れかけているのか。


(行き当たりばったり過ぎたな…今考えると)


いつだって、失敗してから悔いて、そして改めないのが彼女だ。


(この中から新たな手掛かりを探すのか…。


でももう、尻尾掴ませてくれねぇよな…)


これまで巧妙に隠されていた組織の手掛かりを手に入れられたのは、半ば偶発的なものがあった。


(2度目は無い、だろうな)


実はしょっちゅうヒントを貰っていた、ということには気づかず勝手に窮地に陥っているのは滑稽だが、恐ろしくもある。


それは取りも直さず、その程度のいい加減な情報収集に命を預けてしまえるという破綻を示しているからだ。


自身の命も他人の命も、適当な成り行き任せで打ち捨ててしまえるその精神性は、『何か』に似ている。


(ま、とりあえず出るか)


のそのそとベッドから這い出し、散らかしたままの部屋を出て、受付に鍵を渡す。


「チェックアウト」


「はい、確かに」


無愛想なほど淡々とした係員に背を向け、ホテルを後にしようとした、その時。


「お客様!」


「ああ?」


呼び止められ、振り向いたアニマの顔面に、無数の鉛玉が浴びせられた。


「は?」


虫にするように弾丸を手で払い、わざわざ穴だらけの方の手で銃撃者を掴む。


「これがこのホテルの流儀かァ?随分手荒い餞別じゃねーの」


サブマシンガンを手にした受付係員は、先ほどまでより顔色がいい。


「く、この、化け物…」


「さっきよか愛想は良いな。次泊まる時は最初からその感じで頼むわ」


そして首を掴み上げた。


「もっとも!次があるかどうかは、その愛想にかかってるわけだが」


身体の一部を吊り上げる拷問は、『ハングドマン・インタビュー』と呼ばれる伝統的手法であり、某国の秘密警察が発祥であるという、由緒正しき暴力なのだ。


「ぐ、ぐが…」


謎の刺客も、これにはお手上げかと思われたが…。


またしても銃声!


「なッ!?」


掴んだ手首ごと、刺客を吹き飛ばす口止めショット!


「……」


見れば、悲鳴に包まれたロビーの中、一人ショットガンを構える客あり。


「テメーもか!」


次はお前だ、と挑みかかるアニマだが、更なる横やり!


銃撃、銃撃、銃撃の嵐!


「みんなでもってお見送りたァ恐縮だ!」


もはや手掛かりを探すどころではなく、一直線で入口ドアを突破、脱出する。


「舐めやがってクソ共…」


このまま通りの人混みに紛れて逃げようとするも、乳母車を押す老婆にぶつかり、転倒させてしまう。


「邪魔だぞクソッ!」


「ああ、すみませんねぇ…」


もたもたと立ち上がり、乳母車を立て直そうとする老婆。


アニマはその顔面を、何の躊躇もなく蹴り飛ばした。


「ほげッ…」


乳母車の中に突っ込まれた右手が露わになり、握られていた銃が暴れる。


「うぎゃあげッ!?」


通りすがりのサラリーマンの顔面を撃ち抜く。


ホテルのロビーと同じく、通りは悲鳴に満ちた。


「クソ、どうなってやがる…」


通行人の一部は横断歩道を渡って逃げようとして、車の玉突きを起こす。


アニマの近くの縁石に、車が乗り上げた。


「危ねえな!」


するとその車のドアが開き、3人ほど男たちが出てくる。


それぞれの手には銃。


「こりゃあこりゃあ…手掛かりの方からぞろぞろと…」


言葉の割に、口調から喜ばしさは感じられない。


流石に引いているのだ。


「化け物退治だがやァーッ!!」


3人、一斉の銃撃!


アニマはこれを高く跳んで回避、急降下からの蹴りで1人殺害!


衝撃でよろめいた2人を、掴んでぶつける。


両者の頭は砕けて散り、脳漿をタイルの目に沁み込ませた。


「あっ、殺しちまった…」


ハッとする間もなく、何かが飛んできて爆ぜる。


「ほおあああー!?ほあ、ああ」


テンパりながらも前転で逃げ跳び、射手を捕捉する。


対戦車バズーカを背負った学生が、震え竦んでいるのが見えた。


「テメェか今のはァ!そこ動くなやオラァ!」


威勢よく睨みつけて言うが、内心驚きを隠せぬ。


(バズーカまで、こんな市街地で使うのか?


全員刺客…なんだよな?)


怯えて逃げ惑う学生を追い、道路を横断する。


と、そこにトラックが突っ込んできた。


「げぇーッ!」


蹴りで右前輪を破壊して動きを止めるも、運転手がフロントガラスを蹴破って飛び出してくる!


「おーまーえーもーかー!」


「その首、貰った!」


運転手が独特の構えをしながら言う。その手に武器はない。


「ハイーッ!」


連続突きから、回し蹴り、掌打のコンボ!


全て命中!


「…銃使えよ」


効いた様子もなく、首を片手で締める。


「うごおッ!?」


「まあいいさ。で、テメェはどこの使いっ走りだ?」


手と首が一体化しているかのように、もがいても逃げられぬと観念する。


「へ、へへへ…。『どこの』だと?呑気なこったな…!


だが『霊拳会』が本気を出したからには、陽が沈む頃にゃ肉片だぞテメェ!」


「やっぱりそうなのか…。


しかし、慎重に合言葉なんぞ決めてた組織とは思えねえな」


用が済んだので首を折って捨てる。


(まずは…この街を出るか)


ヘリのローター音が、彼方に聞こえた。


(アレ貰っちゃうか)


決断後わずか3秒で高高度跳躍から屋上への着地まで完了している。


「待てよ、乗らせろ!」


「待つのはテメェだコラァ!」


屋上で待機していたらしい男たちが、背後から襲い来る!


「青龍刀にサイに三節棍…嬉しくなっちゃうね、どうも」


刀身を手で挟んで受け止め、回し蹴りで仕留める。


背後の三節棍の男に、奪った青龍刀を投げつけて殺す。


両手首を抑えてサイによる攻撃を防ぎ、そのまま地面に落とす。


そして次に飛び移るべき屋根を見定めていると…


「!!」


四方の屋根を飛び移ってくる刺客たち。


アニマは飛び蹴りで1人を迎え撃ち、そのまま別の屋根に着地する。


「何なんだ、クソッ…あんな生き物がいるのか!?」


「ぼ、ボーっとしてる場合か、早く追え!」


アニマは元々の運動神経の悪さを、肉体の圧倒的能力で補っている。


最初よりは洗練されているものの、その動きの奇妙さはむしろ恐怖を搔き立てた。


「よっと、オラァ、よいしょ!」


すいすいと屋根を移動し、時に四足歩行になりながら、ヘリを追い続ける。


「この、クソッ!へろへろ飛びやがって!


…よし、貰ったッ!」


ヘリの足、スキッドに掴まった。


引きずられ、つま先が屋根瓦を弾き飛ばしていく。


「へばりついてやがる!迎撃しろ!」


「分かってる!」


ヘリの乗員が身を乗り出し、ライフルで銃撃してくる。


「おお、ちょうどいい」


弾丸をものともせず銃身を掴み取り、乗員を引きずり出して落とした。


「あああああああ!」


「畜生、やられた…」


もう一人の乗員は慌てふためいて銃を取るが、その時既にアニマは目の前。


「ひぃッ!?」


銃口を向ける。


「ほんで?そっからどうする?」


「く…」


手が震える。狙いがつけられない。


赤い眼の中に渦巻く引力は、乗員の心胆を引き込み、冷え切らせるには充分であった。


「は、はは…」


絶望の喘ぎとともに、銃口を自らのこめかみに突き付ける。


「そう、それが正解だ」


銃声の方を一瞥もせず、操縦士を睨む。


その瞬間、練習していたかのように、


「私がいないとヘリを操作できないぞアジトに連れて行くから助けてくれ!!」


とまくし立てた。


一方、アニマは操縦のことを考えていなかったようで、


「ああ、そうか!忘れてた。じゃ、頼むわ」


とあっさり許した。


ヘリはそのまま街の上空を通過してしばらく飛び続けた後、突如露骨に失速した。


「…どうした、もう到着か?」


「へっ!?あ、いや、その…もうすぐ!」


その後も、うろうろと妙に定まらない飛行が続いた。


「…まだかよ」


「いや、いやいや!もうすぐだ!もうすぐだから…」


汗を拭いながら操縦桿を握る男に、アニマは詰め寄る。


「…知らねえな、お前?」


「ええッ!?いや、そんなはずが…」


「お前命乞いは練習してたらしいが、その先については考えてなかったのか。


随分行き当たりばったりだな、おい?」


アニマが言えたことではない。


「テメェ、オレに嘘をついたなコラ」


「ま、ま待て!違う、俺は…」


思わず操縦桿から手を離して弁解する。


たちまち機体がひどく揺れた。


「あっぶね!テメェちゃんと握ってろや!」


「す、すまん…」


その時、ヘリの真上を炎が通り過ぎた。


機体が揺れたので、当たらずに済んだらしい。


「…ハメたな?」


「ち、違っ…」


「だったら死ぬ気で操縦しろや!」


「は、はいッ!」


炎が次々とヘリを狙って飛んでくる。


「ひいいいい!?」


窮地において感覚が研ぎ澄まされたものか、炎を華麗に躱す!


「やるじゃねーの!


オラ、次は敵のいる方に向かえよ!」


「ひいいっ、ひいいい!」


方向を転換しようとして、空中でぐるぐる回転し始める。


「よし、このまま行けッ!」


「無茶苦茶だぁああああッ!!」


ヘリは回転したまま、ある建物の屋上に激突!


衝撃で操縦士は機体の外に投げ出され、アニマは見事に着地した。


一瞬間が開いて、爆発!


市民の悲鳴が上がる!


「テメェの仕業か、ああ?」


これだけのことが起こりながら、アニマの視線は既に目の前の男に注がれている。


「左様!」


武闘家らしき男、両手は炎に包まれている。


「これぞ魔法と拳法を組み合わせた全く新しい武技…『赤影拳』なり!」


拳の動きを追うように、赤い残像が生まれる。


「ひ、ひいいいっ!本部の『燃えるドラゴン』!既に出動していたのか!」


操縦士が震える。


「強いのか?」


「そ、そりゃあ!『燃えるドラゴン』と言えば、恐ろしい処刑人…!」


納得したように頷き、手招きする。


「なら楽しめそうだ。おら、来な」


「ほざくなァーッ!」


蛇拳に似た構えから突きを繰り出すと、指先から炎の龍が放たれる!


だが、アニマは素手で弾き落とした。


「手品はもういいんだよ!本気で来いってんだよ!」


「流石、大したものだな!ではこれはいかがかな!?」


炎を纏った回し蹴りを、追い立てるように連続で放つ。


アニマはこれを紙一重の間合いで躱す。


「バカめ、かかったな!」


男はニヤリと笑い、回転速度を上げる。炎は回転に合わせ、火勢が強まる。


「赤影拳奥義、『赤影嵐燎脚』ゥッ!!」


なんと壮絶な炎の竜巻!さながら天を支える赤き柱である!


「フハハハハハ!恐怖しろ!そして焼け死ね!」


だが、アニマの暴力はそれを上回っていた!


上半身を思い切り捻った状態から一気に放たれたパンチは、火炎竜巻をこけおどしとばかりに突き破り、男を吹き飛ばした。


男の身体は真横にすっ飛んだが、フェンスにめり込んで落下を免れた。


「す、すげえーッ!?圧倒的過ぎるッ!」


操縦士も、所属を忘れて思わず唸る!


…しかし、その時!


ヘリを襲った炎の槍がアニマを貫いて吹き飛ばした!


「…え?


あ、あんな勢いで殴り飛ばされて、生きてるのか!?」


「…貴様ァ」


操縦士は、たった今の不用意な発言の代償を払うことになった。


「…『赤影託炎拳』」


男がポンと肩に手を置くと、操縦士の身体が爆発的に燃え上がる。


「かっ」


声も上げず、少し悶えて、動かなくなった。


「ハ、ハハハハハハ!舐めるな、虫けらみたいな下級兵士が!」


乾いた笑い声をあげて、背を向けた。


だがその直後、向き直ることになった。


「…仕留め切れんか!」


「気に食わねえ」


女が、言った。


「何だと?」


「何だか知らんが、どうにも腹が立つ。気に食わねえな」


男はまた乾いた笑いを上げる。


「ハハハ!何だ、下っ端のクズに同情か?


思いのほかお優しいのだな!」


が、その不気味な沈黙に、笑いを止めて後ずさる。


「…失礼するッ!」


火球を地面に叩きつけて爆発させ、地上に飛び降りて逃げる!


「クソが…」


忌々しげに呟いて、フェンスを引きちぎった時。


「ぎえええええッ!?」


あの男の悲鳴が聞こえ、何事かと飛び降りる。


路地を曲がった先、見えた光景は。


「…貴様らが不甲斐ないから、大師範はお怒りだ。


おかげで一緒にゲームする約束がパーではないかッ!!」


赤影拳の男が、別の男に顔面を掴まれて悶えていた。


「私ゲーム機持ってないから、大師範と一緒にやる時以外ゲームできないのに!!」


そこまで激昂してから、アニマの顔を見た。


「…そういう訳だ。ここからは霊拳会幹部師範、六道餓王拳の暁青がお相手する」


〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.54【暁青】

歴史の暗黒に隠された6つの魔拳、『六道拳』の継承者の1人。

特にエネルギーの移動において天才的能力があり、気の操作は

もちろん、相手の攻撃さえ自在に受け流す。

ツォンが敵対組織に所属していた彼を引き取って育てたのは、

いずれ自分の寝首を搔きに来るのを望んでの事だった。

でも別にそんな事はなかった。

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