第13話 Death(3)
ガラス張りの高層ビルに、影が閃いて映る。
その瞬間、影を中心として波紋が広がった。
「こんなのはどうだ?
彼女に見せたら喜んでくれたんだぜ!」
ビルの向こう側まで、見えざる衝撃が駆け抜けた。
「おやっ…」
紅いコートの男がそう言って飛びのくと、一瞬遅れて近くのコンビニを粉砕した。
「ああっ、貴重なチェーン店じゃないコンビニが潰れた!」
コートの男が嘆く。
「これだから魔神は嫌いなんです、物の価値が分からない!」
「失礼な!こんなおしゃれなのに!」
燕尾服と山高帽の怪人が反駁しつつ、男に向かって指を差す。
指先がにゅるりと伸びて巨竜に変わり、建物を食い破って襲い来る。
「中身が伴ってないんですよ!あなたは!」
男はその場で回転して竜の突進をいなしつつ、そのまま銃を抜いて2発!
1発は竜の頭を撃ち抜き、1発は本体の頭を撃ち抜いて帽子を飛ばす!
「クソッ、酷い奴!」
特に何事もなかったかのように帽子を拾う。
「頭を撃たれたなら死んでおきなさい!
生き物でしょう、一応!」
「違うね!頭は撃たれてないから!」
帽子を持った方の掌に、顔が形成される。
五指は縮んでいき、最終的には新たな頭部となる。
風穴が開いた元々の頭部はポロっと落ちて、新しい頭部が上に移動すると同時に、また腕が生えてきて元の状態に戻った。
なんと生命体として型破りな不死性か!
「ううう…治りが遅せえよ…おおっと!」
手をかざし、3発目の弾丸を防ぐ。
が、そちらに気を取られていたために、足元の爆弾には気づくのが遅れた。
「おおおおおわああああああ!?」
更に爆風に紛れ、近接距離からナイフを突き刺す!
「ってえ!クソ、邪魔くせえ…うぐっ!」
様々な角度から放たれるナイフに、サムディの眼が追い付かぬ。
「ああっ、もう、ホントォ!邪魔なんだってば!」
全身が発光し、小爆発が連続して起きる!
「く!」
クラウリングは受け身を取り、爆発の衝撃を地面に受け流す。
地面は派手な音を立てて割れるが、ダメージは皆無である。
「いいからアンタは俺の失恋ストレスのはけ口になってりゃいいんだ!
俺はまだ能力も使ってないんだぜ!」
「あなたこそ、不注意が過ぎるようですがね?
私ごときの攻撃に遅れを取るなど、魔神の王らしからぬミスです」
不気味な白い眼が、睨む。
「ああ?」
「天候をも操る魔神にしては、間が抜けていらっしゃる」
もっとも、今までの超常現象は、あくまで魔神の保有する基礎魔術の片鱗に過ぎぬ。
(エーテルの薄いこの地で、そう何度も力は行使できないはずですが…)
まるでその事を考慮していないかの如く暴れる魔神、サムディ男爵。
世界最強の何でも屋クラウリングは、一つの『作戦』を思い立った。
「そちらが全力で来てくださらないと、こちらも手を抜かざるを得ませんね」
「はあああああああああ!?????
…上等なんですけどおおおお!!!!!」
青白い顔が、一瞬にして朱に染まる。
(まんまと怒ってくれるな…)
皆さんもお察しの通り、彼の作戦とは、『怒らせて冷静さを奪い、バテさせる』というシンプルなもの。
もちろん『いや、こんな単純なことで倒せるなら軍とかが出動しろよ』とお思いになる方もおられるだろう。
しかし、魔神を怒らせるということがどういう事なのか、皆さんはこれから知ることになる。
「月が落ちるまでやめとこうと思ってたけど…。
そんなに言うんだったら、ちょっと早めに滅ぼしちゃおっかなぁ!?」
右手が歪み、無数の触手に分かれて近くのビルを一棟掴んだ。
一気に地面から引き抜かれ、礫砂混じりの突風が吹く。
「思ったより重い!!」
40階建て、790フィートの高層ビルを…上空高く放り上げた!
「そーれぃッ!!」
そしてバレーのような動作で、地面めがけて打ち込む!
横になったまま落下するビルは、周囲の建物に引っかかり、倒壊させていく!
「ちょっとちょっと!まだこんな体力が!?
…まあいいでしょう!そう来るのなら!」
迫るビル!普通ならば避けようとする所を、到底避け切れぬと悟り、クラウリングは飛び込む!
「せいせいせいせいせいッ!!」
跳び蹴りで外壁を破壊すると、そのまま連続で蹴り進んでゆく!
「ん?何の音だ?
…どおおおッ!?」
その時サムディはビルで視界を阻まれ、向こうの様子が分からぬ。
故に、ビルを貫通して現れたその蹴りは、奇襲となった!
「危ねッ!」
顔面にまともに受けたが、そこは魔神、揺るぐものではない。
が、クラウリングは蹴った反動で空中に留まり、回し蹴りを放った!
サムディは吹き飛ばされ、街灯に激突する。
この時やっとビルが着地、衝撃で崩壊した。
「痛ってえ…人間って随分強いんだな…?」
「おや、ご存じなんですか、人間について」
魔神は、遥か昔に人の住む大陸を去った。
今の人々を知らぬのも無理はないが、それにしてもクラウリングは例外だ。
普通の人間は、いや魔族でも獣人でも、いくら強かろうと落下してくるビルを蹴破ったりはできない。
「いやいや、話に聞いてただけなんだけどさ。
もうちっと脆いもんかと…それに、獣人っていうんだっけ?聞いたことないし」
獣人は割と最近まで、とある島に籠って独自の文化を築いていたので、知らないのだろう。
まあ最近と言っても100年以上前だが。
(やはり、北方大陸に移住した魔神なのですね。
なら市井に混じって生活できるほど人間寄りの身体ではない、はずですが…)
サムディに、まだ疲れは見えない。
(魔神は人に近いほど、身体能力が弱い。膂力も、魔力も。
その代わりエーテルが薄くても生きられるし、精神的にも人らしくなる)
これは、実は魔神研究の専門家さえ知らぬ真実であるが、なぜクラウリングがこのことを知っているのかについては、今はお話できない。
(だがこの理不尽さは間違いなく本場の魔神。何のためにわざわざ人の世界に?
…いや、むしろ、まさか?)
ある答えが脳裏をよぎる、だが考えている暇もない!
「やっぱ素手でやんなきゃダメか…なっと!」
クレーターを生み出すほどの踏み込み。
息の匂いも分かるほどの距離。躱せるか。
「素手より銃がいいですよ」
しかしクラウリングはこれをあえて躱さず、銃を抜いた!
距離が近いのはお互い様、ゼロ距離ヘッドショットも可能!…ではあるが。
(先ほどのように再生されては元も子もない。
…でも、まあ、やってみましょうか)
おお、狂ったか、クラウリング!この窮地に、自棄を起こしたのか!?
しかし、見よ!
1発の銃声と共に、額に穿たれた穴は、塞がらぬ!
もちろん腕が新たな頭部になったりも、しない!
「あれ、れれれれ?
なんかフラフラする、貧血かな?」
サムディ、事態を把握できずによろめく。
「やはり、勘違いしておられましたね、男爵。
これほどの魔法を行使しておきながら、エーテルの薄さで息切れしなかったのは…
ずばり『気付かなかった』から、ですね!」
「ううん?こっちの大陸、まだエーテル、薄いの?
おっかしいなあ、問題ないって聞いたから、来たのに」
がくり、と膝をつく。
「聞いた、とは誰に?」
「さあ、覚えてない…。あ、急にしんどくなってきた!」
半笑いでそう呟くと、倒れ込んだ。
「あいてて。いや、同じ魔神であることは、間違いないんだけどさ。
失恋したって言ったら、じゃあいっちょ月でも落としたれ、ってさ」
声は何ら弱った様子がないが、手足の動きは緩慢になってきた。
「あなた、幻術にかけられていたんですよ。
本当はバテていたのに、元気だと思い込まされていたんです。
でなければ、私の爆弾に気づかなかったり、防御が遅れたりするものですか」
兆候はあったというわけだ。
「全く…魔神同士のイタズラみたいですね、人騒がせな…」
「いやあ、そうだったのか。やられたわ~」
異様な会話である。
世界を滅ぼすかどうかという事態をイタズラの言葉で済ませ、そのイタズラによって命を失うことになるサムディ自身は、『一本取られた』とばかりに笑っている。
しかし、魔神とはまさにそういう生き物であった。
暇つぶしのイタズラによって大戦争や未曾有の災害を引き起こし、他者も自身もそのために滅びる事を厭わぬ、異常な精神構造を持つ、破滅的生物。
「だいたい、分かりました。
ではあなたを殺して、月を止めるとしましょう」
拳銃を取り出し、燕尾服の胸元を裂いて銃口を押し付ける。
「…おや?」
胸元に、奇妙な紋様が刻まれていた。
「…これは、なるほど」
依頼を受けた時に、月表面に刻まれた模様は見せられた。その時はいまいちどんな術式か思い出せなかったのだ。
だが、たった今思い出した。
この胸のものと合わせて、2つで1つの術式だったというわけだ。
「ねえ、殺さないの?はやくしてよ、再生しちゃうじゃん」
「…この術、あなたのものではありませんよね?」
サムディはきょとんとして見上げる。
「え?そうだっけ?そういやどうやって術使ったか思い出せねーな」
「…認識阻害も付与されているようですね」
この胸の紋様は、あくまで誘導装置のようなもの。
月がここまで落ちてきた以上、もはや無用なのだ。
「ああ、もう、手の込んだイタズラだこと!」
改めて拳銃を取り出し、口に押し込む。
「術師を見つけ出す仕事が増えたじゃないですか!」
「もご」
そして、今まさに引き金を引かんとしたその瞬間。
「待たんか!殺してはならん!」
老人の声!クラウリングが振り向くと、そこには伝統的装束であるとんがり帽子とローブを着た老爺が走って来ていた。
「ストップ、ストップ!専門家の到着じゃ!」
彼が、連邦捜査局の呼んだ専門家のようだ。
「…なるほど、あなたでしたか」
「おお、なんでも屋の!
ちょうど良かった、そやつを殺してはならん!」
クラウリングをどかせると、馬乗りになってサムディの顔面を殴りつけた。
「ぶげっ!」
そして袖から杖を取り出すと、その柄尻を魔神の心臓に突き立てた。
「おや、何を…」
「何って、こやつの身体を通じて術式を逆回しにするんじゃよ!
そしたら月が戻るじゃろうが」
あっさり言うが、それは奇跡じみた精度の魔力操作と、天才的発想力が要求される偉業である!
全く知らない術式をその場で完全に解明し、なおかつ実際の動作から逆算して必要な動作を割り出し、更にその動作を実現するためには術式をどういじればいいのか分析し、その上で環境への影響も考慮し、最後に自分で術式をハッキングしなくてはならない。
「ええ~と、これ、は…あ、こうか。
だから、こっちは…よし、できたぞい」
その間、10秒である。
「もうできたんですか?」
「うむ、とっとと帰りたいのでな」
空が、『ごう』と鳴る。
「見た目では分かりにくいかもしれんが、戻っとる。
月を引っ張るエネルギー
じゃ、孫が待っとるので失礼する」
言うなり老爺はローブの裾を持ち上げて、どたどたと走り去っていった。
「流石、大賢者アラナン・ゼパル。
勇者の末裔の名は伊達ではありませんね。
良い所を取られてしまいました」
呟いて、白目を剝いた魔神の姿を見下ろす。
「月が元の位置に戻るまでは、彼を殺す訳にはいかず、さりとて放っておく訳にもいかず…ということはもしかして、私はここでずっと待ってなきゃいけないんですか!?」
クラウリングはげんなりして、サムディを蹴りつけた…。
こうして、異様なほどあっけなく、世界の危機は去った。
だが、これはアニマに降りかかる大いなる厄災の、最初の一押しとなる事を、皆様には前もってお伝えしよう。
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.53【クラウリング・ケイオス】
『世界最強の何でも屋』と呼ばれる、謎の怪人。
戦闘に際しては、何か特殊な能力を使う訳ではなく、異様に
強靭な肉体と各種銃火器類をもって、魔神とさえ相対する。
特に多用する拳銃『ブラック・ファラオ』は、クラウリング
自身の血液と体組織から作られた弾丸を装填する事で、あら
ゆる生命体に対しても有効な武器となる。
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