第13話 Death(2)

『こちら現場のコカイトスですー!


ええと、こちら…もう、その…凄いことに…きゃあっ!?』


画面の中のキャスターは、どこかの街中で強風に吹かれながらも懸命にレポートしている。


その後ろで、何か巨大なものが、落下しているように、見える。


『こちらの映像は、紅蛇時間で明朝の9時、イグロアのPNNが報じたニュースです。


現在ニーズヘッグD.H.には第1級非常事態宣言が発令され、全市民の避難が着々と進められている所です』


「…何じゃ、こりゃあ」


街の食堂で、唖然としてテレビを見つめるのはアニマ。


テレビを指差し、隣で食事していたカンフー着の男に話しかけた。


「ちょっとおじさん、見たコレ!?」


「ううむ…驚いたなあ…」


見ず知らずの2人だが、この時だけは心が一つになった。


そりゃあそうだろう、月が落ちてきたなどということになれば。


そしてふ、と思う。


(これ、オレが行かなくていいの?)


仕事の連絡は来ていない。


が、世界の破滅を防ぐ者が、この事態に何もしないというのは不自然だ。


「電話してみっか」


「ああ?お嬢ちゃん、もしかしてあっちに知り合いでもいんのかい?


そりゃあ心配だろうねぇ」


案ずる男の声を笑みで受けつつ、電話をかけた。


「もしもし」


『はいはいはい!珍しいですね、あなたからかけてくるなんて!』


普段は必要な時以外一切かけないから、かなり珍しかろう。


「あのね、今テレビで、月、あの月が落ちてくるってさ。


オレ、行った方がいいんじゃないの?」


その問いに対する神の答えは、何の衒いもない。


『月ぃ?…あー、なんか今大変みたいですね。


でも連絡してないでしょ?』


「ああ、来てない。って事は、いいんだな?」


『ええ、現地の人間がなんとかするんでしょう、たぶん。


私の眼に入らなかったというのなら、そういう事です』


随分といい加減に聞こえるが、神を信じられないならもう誰も信じられまい。


「アンタがそう言うのなら疑うべくもないが、しかし一体どういう原理なんだ?


神が直接予言したのなら、絶対間違いない、んだろ?」


『予言というか、見た事実をそのままお伝えしているだけなので。


だからしばらく仕事はありませんよ、安心して遊んでください』


神は、それだけ言って通話を切った。


「……」


遊び、神からすればそうだろう。


実際、彼女自身も、仕事の合間に刺激を得るための、単なる余興と思っていた。


だが調べていくにつれ、『霊拳会』という組織がどれほど巨大で厄介な怪物であるか、だんだん分かってきた。


少なくとも、片手間に片付けられる相手ではないことは確かだ。


(所長とかいうのも、さすがに強情だったしな…)


所長だけあって鍛えられ方も違ったようだ。


何1つ吐かずに死んでいったために、せっかく繋いだ手掛かりも、あっけなく途絶えてしまった。


とりあえずここを出てから考えるか…と立ち上がる。


「あ、おじさん、オレお先に失礼するわ!」


「おう」


カンフー着の男に別れを告げてから店を出て、周囲を見回す。


(魔王について調べた時のコネクションが今もあれば…)


だが以前住んでいたあの街を去った時、全て捨ててきた。


(仕事は何より優先させにゃならん。


しかし放っておくと、厄介なことに…)


頭をガシガシと掻く。


そのせいで、ある女が入れ違いに食堂に入っていったのに気づかなかった。


その女はカンフー着の男の隣、先ほどアニマの座っていた席に座ると、男に向かって気さくな様子で話しかけた。


「ごめんなさい、私の用事に付き合わせてしまって…」


「いや、それは別に構わんがね?


大変だなぁ、お前も。わざわざ食材の買い付けで『島』との往復なんて」


女は快活に笑う。


「何てことないわ、故郷から離れて一生懸命がんばってる学生さんたちが、たくさん来るんだから!


せめてご飯だけは故郷のものを味わわせてあげないと」


「…清いな、お前は」


男は眩しいものでも見るかのように眼を細める。


「なら辞めたらいいじゃない、あんなこと。


したくないならする必要はないし、させる権利は誰にもない」


「…こいつは俺自身のケジメだ。


続けることそのものに意味がある」


2人は、黙った。














紅蛇屈指の大寺院『羅刹寺』は、かつて拳法家たちが集い修練を行っていたことで有名だが、いまや廃寺となり、その威容を外から眺められるのみとなっている。


だがその実、今なお戦士たちがその力を研鑽する場になっているということは、誰にも知られていない。


その戦士たちの名を、『霊拳会』と呼ぶ。


「大師範、ちょっとお時間…」


問いかけたのは、その厳しい修練を乗り越えて幹部の座を手に入れた師範代の一人、暁青であった。


「おやおや、どうかしましたか?」


そして大師範と呼ばれたこの男こそ、霊拳会の頂点にして邪悪なる同盟に席を連ねる、ツォン導師その人であった。


アニマが命を狙われているのは、この男のうっかりが元である!


「あの、『アルビノの女』の件なのですが…」


「なんでしたっけね、それ…ああ!


私、間違えて刺客を送っちゃったんでしたっけ?」


暁青は頷く。


「それで、向こうもこちらの事を探り始めた様子で…。


ついに、桃宮訓練所が壊滅したとの報告がありました」


「おや…さすがにお強いんですねえ、魔法使いがあれだけいたのに…」


そもそも、魔法を使う者と『魔法使い』では、天と地ほどの差がある。


魔法が使えるというのは、魔法に関する技術を扱える、技師や学者の総称である。


対して魔法使いとは、個人の力で魔法術式を発動、制御できる人物の事で、こちらは結構貴重なのだ。


車を造る人と、車の速度で走る人ぐらいの違いがある、と言えよう。


「ということは、手掛かりは彼女の手に渡ったということ…。


さて、いつ私を見つけてくれるか、楽しみですねえ♪」


初老の男が、年甲斐もなく鼻歌を歌っているのを、暁青は困ったように見つめる。


いや、鼻歌に困っているのではない。それはいつものことだ。


「それがその…女は手掛かりのファイルをほったらかしにして去ったと…」


「…なんです?」


驚くのも無理はない!


霊拳会への手掛かりとなるファイルを、アルビノの女が来ると予想された訓練所にあらかじめ置いておいたのは、ツォンの指示だ。


どうせ戦うなら早く戦ってみたいという、不気味なほど無邪気な判断である。


だがアニマの不気味なほどのアホさは、更にその上を行った。


気付かなかったのである!


これ見よがしに所長室の机に置いておいたのに、だ。


「気付かない訳ありませんし、意図的に?」


「…恐らくは」


彼女は昔から探し物がヘタクソであった。


物が無くなるとすぐに辺り構わずひっくり返し、汗だくになって探す。


そうして『どこ探してもない』などとのたまった挙句、なまじ普段は真面目なので周りの者は騙されて一緒に探す。


それでさんざん他人を巻き込んだ末に、調べたはずのカバンから出てくるのだ。


「一体なんのつもりで…」


「そこなのです、大師範。


重要なのはここからでして、つい1時間前の女の様子です」


封筒から写真を取り出し、示す。


「食堂で、食事をしている所なのですが…」


「おや、隣の人とテレビを見ているのでしょうか?」


カンフー着の男と一緒に写るアニマ。


「ああ、月が落ちてくるとかいうニュースですね」


「ニュースの内容ではなく、この隣の男です」


「隣…後ろ姿じゃよく分かりませんよ」


「そうかもしれません。が、私には馴染み深い背中です」


ツォンが、よもやと眉をひそめる。


「その背中とやら、キミの背中を預けたこともありそうですね」


「お恥ずかしい限りですが…まさにおっしゃる通りにございます。


こやつは我らが六道拳の1人、六道獣形拳の使い手、狼青!」


旧き戦乱が生み出したる、六つの魔拳!


その秘技が失われるのを恐れた人々は、当時最強と言われていた6人の拳法家たちにこれを継がせ、互いに競わせることで、技が錆び付くのを防ぐと同時に秩序をも築き上げた!


その技は現代もなお受け継がれ、裏社会で暗躍しているという!


「そう…対立していた組織の長の血を継ぐキミを、無理やり我が霊拳会に入れたのは、キミが六道拳の使い手だからですよ」


正確には『伝説の拳法の使い手』という響きがかっこいいからである。


「しかし、結構怖い人ですねえ、その『アルビノの女』って子は…。


まさか紅蛇に来て数日で六道拳の者とのツテを得たんじゃあるまいし?」


「ええ。こちらの事を徹底的に調べていたのでしょう。


ファイルに手を付けなかったのは、『今更そんな情報はいらない』という挑発のつもりだったのでは…」


ツォンが指を振る。


「いやいや、それはまだ分かってませんね、彼女の気持ちを。


そこまで用意周到な彼女が、重要な密会を、こんなあっさりと写真に撮られたりするでしょうか?


これはメッセージですよ!」


力強く語るツォンに、暁青は思わず問うた。


「め、メッセージ?」


「そう!『小賢しい手を使わず、戦いたいならそっちから来い!』というメッセージですよ!」


これを聞いた瞬間、暁青の背筋に電流が奔った!


「な、なるほどッ!なんと凶悪かつ大胆不敵なッ!!」


「そうでしょうそうでしょう!


霊拳会を立ち上げて以来の、一大挑戦ですよこれは!」


もはや疑いようもない。


恐るべき大組織『霊拳会』に、ただ一人挑む怪人『アルビノの女』!


ちょうど明日は同盟会議がある。この事を告げて協力を得ねばならないだろう。


そもそも悪いのはツォンだが、そこはスルッと忘れてやる気を燃やした。












「と、いうことなのですが…。


どうでしょう、手伝って頂けませんでしょうか?」


「知らねえわよ!アンタが悪いんでしょ!


そんなヤバイ奴ならなおさら関わりたくない!


えんがちょ!」


両手を交差させつつ、ガルーダが断じた。


「ええ~」


「ええ~、じゃないでしょう。


妥当よ妥当。そういう面倒くさい話はここに持って来ないでいただける?」


角と尾を持つ少女、ヨトゥンも冷たく言い放つ。


「……」


「こっちを見るな!」


黒い能面の封魔怨勒も、仮面の内で目を反らす。


「その素敵な頭を、一つでもお貸しいただければ…」


「全部俺様の頭だよ!!人にやれるもんでもねぇし!


でもまあ、力貸すだけなら…いや!やっぱやめとこう!」


8つの腕に8つの頭蓋骨を持つ、魔神アーリマンさえも聞けぬ願い。


『甘やかすな』というガルーダからの視線を感じたからだ。


「あのォ、ゴリアテさん?」


最後にツォンは、ゴリラの温もりに頼った。


しかしゴリアテは、自身の金属質な表皮を思わせるような固さで、


「ウホ」


と拒絶した。


打ちひしがれ、膝をつく。


「…じゃ、もういいです」


俯いたツォンが、言う。


「いいですよ!手伝わなくて!


その代わりアレですよ、私があの子の髑髏で乾杯してても、皆さんには分けてあげませんから!」


「何で羨ましがると思ってんの!


いいから自分のケツは自分で拭きなさい!


「うわーん!」


初老の男が、泣きながら部屋を飛び出した。


「あーあ、姐さんがジジイ泣かせたー!」


「知るかっ!泣いとけ!」


「…別に何でもいいのだけれど。


計画に支障をきたしたりしないでしょうね?」


騒がしい議場が、一気に静まり返った。


「ウホ、ウホホホホ。ウッホホホウホ(当然だ。あの男とて分かっておろう)」


「分からぬ、あやつは適当な所がある故。


あやつなりに計画の邪魔を始末したいのやもしれんが…元々自分のせいだしなぁ」


「そうね」


ヨトゥンが静かに眼を閉じ、開ける。


虚ろな炎が、その瞳の内に、焼け付かんばかりに燃え盛っていた。


「人は、滅びる。ことごとく」


そしてギョッとした表情の他の参加者を見回す。


もう、先ほどの炎はない。


「もちろん、あなた方を除いて、ですわ。


皆さん、私の大切な仲間ですものね」


「…焦って先走ったら殺すわよ」


「金を支払ってくれる限りは、お行儀よくしておくさ」


「そもそも俺様の計画だろォが!」


「ウホ(無論。我らの計画に瑕疵はなく、壁はない。この私が許さぬ)」


同盟は、ただお互いの組織の既得権益を守り合うだけのものではない。


『やりたいこと』が、他にある。


〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.52【カンフー着の男】

そこそこ気さくな男で、名前は狼青。

紅蛇の暗黒街にその名を轟かせた殺人拳の使い手で、

拳法家への復讐代行を稼業としている。

組織からの依頼は受けず、あくまで個人の復讐のみを

代行し、依頼の内容に関わらず標的は最終的に殺す。

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