第12話 Another(3)

何たる屈辱か。


自らの屋敷の中を、惨めに逃げ回ることになろうとは。


男の名は、アドリアン。


ミスリル鉱床を発見し、その祝いとしてパーティを行っていた所、メイドに紛れ込んでいた暗殺者に襲われ、雇っておいた始末屋に後を任せて逃げてきた。


(し、仕方ない。パーティはお開きとしよう。


お客様にはお帰り願うとするか!)


そうして今、パーティ会場の入口まで戻ってきた。


が、妙な事に気づく。


(何の声だ…?)


扉の向こう側から、くぐもった叫び声のようなものが聞こえるのだ。


よもや、と思い扉を開ける。


その瞬間、狂気じみた絶叫が耳をつんざいた。


「うああああああッ!!?」


立っていられない。吐き気と目まいがする。脳が内側から弾けそうだ。


「が、あ、あ…!」


絨毯めいて地を埋め尽くす人々の死体は、全身の穴から血を噴き出して絶命している。


料理に入っていたマンドラゴラが、生きていたらしい。


マンドラゴラは適切に処理しないと、死の断末魔を上げ続ける。


その処理を行っていたのは、あの暗殺者である。


無論彼女が暗殺者であると見抜いていたアドリアンは、別の有資格者に再処理させていたのだが…。


「あんなボンクラの眼を欺くことなんて簡単なのよ」


何かが背後からアドリアンの頬を掠め、マンドラゴラに突き刺さった。


その途端、絶叫は止んだ。


「はあっ、あ、ああっ?」


耳から血を流しつつ、朦朧とする意識に鞭打って振り向く。


あの、アルビノの少女がいた。


「あら、もう聞こえていないかしら?


まあ、どうでもいいでしょう…」


その言葉に割り込むように、叫ぶ。


「クソッ、クソォォォッ!来るんじゃない!こっちに…」


少女は眉をひそめる。


「もう、人が喋っている時にお行儀が悪くてよ。


…ああ、聞こえていないのだから当然かしら!ごめんなさい」


謝る少女の眼には、憐憫も、喜悦も無い。


コンビニで買い物するかのような気軽なテンションであった。


「ええと、どうしましょう。一応説明しておこうかしら。


…あのね、あなたが見つけた鉱床でとれるミスリルは、普通とちょっと違うのよ。


3年後、このミスリルを使用した画期的な兵器が生まれるわ。


その兵器が原因で、この世界は滅びる。だから、生かしてはおけなかったの」


少女のジェスチャーを交えたコミュニケーション技術は、話した内容を100%伝えていた。


「鉱床について知る者は、全員始末したわ。


それに、あの鉱床は既に爆破しておいたし、もう使えるほどの塊は無いの。


ごめんなさいね」


「……」


アドリアンは、言葉もない。


ここまで周到に自分のビジネスを潰されるとは。


(恨みのある人間の依頼?いや、だが…)


まるで決定事項の如く告げた『世界の破滅』。


正気の沙汰とは思えない。


(アルビノの女は、神の遣いを名乗っていると聞いたが…。


てっきり心神喪失による減刑狙いだと思っていた)


だが目の前にいる少女の、何の魂胆も見えぬ表情。


(狂っている…)


そう断ぜざるを得ない。


「あら、あなた私の事『おかしい』と思ったでしょ?


失礼しちゃうわ!私、あなたのためにフルコースを作ったのに!」


「は、ほあ?」


思わず後ずさる。


「ほら、旦那様!マンドラゴラ料理に舌鼓を打った後は、デザートの…」


少女の投げた『何か』を、咄嗟に受け取る。


「パイナップルでございます♪」


手榴弾である。


悲鳴と爆音を背に聞き、少女は屋敷を去った。


エイドスの激しい陽光を浴びつつ、大きく伸びをする。


(『アルビノの女』が噂になっている。


私は顔もバレないように立ち回ってきたのだから、もう1人の『遣い』の方でしょうね。おそらく…)


そして、スマホを取り出す。


「あ、私よ。片付けたわ。


ところで私の他にいる、もう1人の子のことなのだけれど…。


…あら?来てるの?このエイドスに?


確か、私のこと知らないのよね、その子…」


その迂闊な『遣い』に会ってみたいとも思ったが、やめておくことにした。


「次の仕事はいつ…って聞いても分からないのでしょうね。


仕事する方の身にもなってほしいものだわ…」














弱小マフィア組織に雇われた魔法技師の青年は、組織のクーデターに直面し、命を奪われかけていた。


あわやというその時、壁が崩れ、砂ぼこりと共に何者かが突入してきた…。


「…なんだ貴様?」


用心棒の男は、両手を上げた。


(あ、あの構えだ。


あの構えを取った瞬間、親分さんの頭が吹っ飛んだ…)


忠告の声を上げようとしたが、緊張からか一瞬遅れた。


その一瞬で、決した。


「おげッ!!」


男は地を転げ、呻いた。


「ふぅ~っ」


気だるげなため息。


「な、何をしてる!」


雇い主が、喚く。


砂ぼこりは未だ、立ち昇ったまま。


「な、なんだ、クソッ?


何が起きたッ…」


腹に凄まじい衝撃が走ったことだけは認識できた。


だが読者の皆さんならば、『彼女』の突きは人体を貫けることをご存じだろう。


意図的に手加減したというのか?


「殺さない。まだな。


聞きたいことがあるから」


砂ぼこりが、ようやく薄れていく。


威圧的に高い背丈、つり合いを取るように長い四肢。


わずかに人間の体格から離れた異形さが、見る者に不安感を与える。


白い髪は凍土のごとく乾いて、赤い眼はまるで煮えたぎる地獄の釜。


「まあ、すぐ済む。大人しくしてくれるのならな」


声はかのセイレーンの歌声のように、軽やかで不吉である。


「何者だ…貴様ッ…!」


そう問う男の顔面に、拳が入った。


「だから、聞くのはオレだって」


襟首を掴まれ、男は慌てて言う。


「わ、分かった!な、な、何でも聞いてくれ…」


しかし男が再び両手を挙げているのを、青年は見逃さなかった。


「あ、危ない!そいつ何かするぞ!」


今度は遅れることなく、忠告した。


「あん?」


今気づいた、というように、女は青年の方を向いた。


「何かじゃ分かんねえよ…」


そして緩慢な動きで、まるで油跳ねを避けるように両手を顔の前に出した。


(ヤバイ、あんなんじゃ躱せない…)


さりとて、何ができるわけでも無し、ただ見守る他ない。


「驕るな、カスめがァーッ!!」


そして、その諦めが、用心棒の男の能力を、冷静に見極めさせた。


(ワイヤーだ…両手首のブレスレットから、細いワイヤーをたくさん放出して…それを操って、人を切り刻んでいたんだ!)


だが、女は気づいていない。


「ああッ!」


女の、かざした両手が斬り飛ばされた!


女はキョトンと、さっきまで手があった所を見つめている!


「次は首だァァァーッ!!」


「なんで言っちゃうんだよ!」


無慈悲なソバットキックが、男の腹を捉える!


「ぐほッ!また腹ッ!」


「おい、そんな女に何を手間取って…ぎゃッ!?」


雇い主を巻き込んで吹き飛んだ。


雇い主は伸びてしまったが、男は立ち上がる。まだまだ継戦可能だ。


「わざわざワイヤーで見えにくくして攻撃してんだから、言わなきゃいいだろ!


せっかく感心したのになぁ、やっぱそういうとこあるわ」


「うぐ…ぐ…」


瞬時にブレスレット内に巻き取られていたワイヤーが、再び放出される。


この特殊な素材で出来たワイヤーに魔力を流すことで、1本1本まで自在に操作し、なおかつ自分には当たらないようにしているのだ。


「いや、でもまあ、すごいと思うよ!実際の所さ!


…どこで習ったの、こんな曲芸」


「…それが聞きたいことか?」


男としては、軽口を返したつもりだったが、女は大真面目に、


「そうそう!それが聞きたいの」


と言った。


「…舐めた口をォォォ!」


両手のワイヤーを女の上下左右に展開、挟み込んで切り刻むつもりだ!


だが、右側のワイヤーだけが、うまく動かないことに気づく。


「な、何だ?なぜ動かな…あああッ!?」


右側が、切れている。


ワイヤーではない、腕がだ。


「お、俺の、腕ッ!!?


あ、が、ああああーああッ!!」


青年も驚きを持ってこれを見る。


(あっちの腕が切れるのか?何で!?


あ、あの女の構え、チョップ?チョップで腕を切断したのか?


ていうか、あれ?女の腕の方が先に切れてたよな?)


混乱する、それも仕方のないこと!


再生能力は、この世界の常識にはない!


もっとも、常識になっている世界などあろうはずもないが…。


「あああ、うがああッ!」


「お前さ、腕切られたの初めて?オレは何回かあんだけどさ。


その度に叫んでたらキリ無いから、やめといた方がいいよ」


アドバイスである!


「う、うう…ふざけたことをッ!」


怒りを糧に、立ち上がる!


が、髪を掴まれ、座らされる。


「ぐッ」


「座っとけや。聞きたいことがあるっつったろ?


どこで、その技を、教わった?」


おぞましい真紅の澱みが、男を見据えている。


「答える、義理は…」


右腿を、踏み折られた。


「がぁあ。ああ、あああ!」


「まあ、それはいいよ。当たりをつけてきたから。


霊拳会、でしょ?」


恐るべき暗殺者養成機関、霊拳会。


そして今は、彼女の命を狙っている組織でもある。


「な、何?知っていながら、聞くのか…?」


「念の為だって!大事なのはその後でさ。


…どこにあんの?その、霊拳会はさ」


この質問は、男の受けたどの傷より痛かった!


「う、ぐ…ぐううッ」


霊拳会では、組織について話すことを何よりの禁忌としている。


言えるわけが、なかった。


「おおおおおォォォッ!!」


立ち上がる。今度は、座らされる前に仕掛けた。


「クソ、座ってろってのに…!」


崩れた壁から差し込む外光に照らされて、ワイヤーが一瞬閃いた。


「うげぶばァ!?」


惚けていたチンピラたちが巻き込まれて惨死!


「ひいっ、ひいいい」


臓物を浴びた青年が、腰を抜かして悲鳴を上げたとしても、誰が責められよう。


だが、ともあれ結果として、この悲鳴が彼の運命を決めた。


「そうか、貴様がいたか!


さあ、来いッ!」


「へ?あッ!」


ワイヤーが足首に絡みつき、引っ張られる!


切るも切らぬも自在なのである!


「よこせ、そいつを!」


「はいっ?は、ひい!」


そうして青年から奪い取ったのは、魔導具である!


「うあっ、うああ…いぎゃああッ!?」


恐慌状態に陥った青年は、下手に身をよじったために、足首を切り落とされた。


「あがいてんじゃあねーぞ、このボケッ!」


「来るなよ、クソォッ!お前が私の盾だァーッ!」


ワイヤーが青年の皮膚の内側に入り込み、マリオネットめいて篭絡した!


「ぐげ!げげげげぎゃあああ…」


「邪魔だよ!」


壁となって立ちふさがった青年、その心臓を無造作に引きずり出し、絡みついたワイヤーを引きちぎる!


「テメェの得物はこれで使えねえなあああああーッ!」


肉薄、しかし反撃!


アニマの右手を、光線が吹き飛ばす!


「げッ!」


「ハハハッ!これが魔導具、素晴らしい!」


短刀の表面の刻印が輝いて、再チャージ完了を告げる。


「見ろォ、ヒヒハハハ…ぶぐぶげァ!?」


顔面を踏み砕かれ、悶絶!


制御を失った刃はフラフラと光線を放ち、天井を焼き切った。


「さあァコラ、どうだァ、言えよオラァ!


どこだよ、本部の場所はどこだァ!!」


今更手の1つや2つ破壊された所で、何を怯むことがあろうか。


「ぐ、ひい、ひいいいっ!


知らん、知らないッ!私は、訓練場で育てられた!


本部の場所など知らねえ、知らねえんだよォォ!」


アニマの額、こめかみに、一斉に青筋が走る。


が、すぐに静まり、表情の狂乱も平静に返った。


「…ようし、いいよ。分かった。それでいいから」


「へ、ええ?」


「だから、その訓練場の場所を教えてくれればいいよ、許すから」


「あ、ああ…分かった、よく聞け…。


く、紅蛇帝国、桃宮の西に質屋があって、常にある本が預けてある。


だ、題名は『伽陀地賦録』という…。そいつを15芯紙幣で買い戻せ。


後は向こうの連中がうまくやってくれる…」


ややこしい手順ではあるが、暗殺者の養成施設など、何よりも秘されるべき情報であるから、妥当である。


「いっちょ前に合言葉なんぞ使いやがって…。


…まあいい、ご苦労さん」


「そ、そうか…。情報の正誤を確かめるまで、命が延びたという訳だ…」


女はきょとんとする。


「ん?いやいや、アンタの事は信じているよ!疑わないでおこう」


「え?」


男の首を掴んで片手で持ち上げ、正面の壁に叩きつけた。


壁も頭も等しく砕け、瓦礫に埋もれた。


その衝撃で、雇い主が目を覚ました。


「な、何だ?くそ、どうなって…ひぃっ!?」


そして、目の前の悪夢じみた女を視界に捉え、再び気絶しかけた。


失禁はした。


「この場で一番しょうもない奴が生き残っちゃったな。


いや、アンタだけに言ってるわけじゃなくてさ。オレもよ」


「ひっ!?」


気さくに語りかける。


別に何の心理的効果を与えるつもりでもない、アニマの『素』の表情なのだが、他人の顔色を伺って生きてきたこの男にとっては、恐怖の難問であった。


どう答えるべきかよく考えなければ、しかし無言が一番良くない、葛藤の末に出た言葉は、一番中途半端な解答だった。


「そうなん、ですね?」


青ざめて答えた男に対し、女の様子は『普通』だった。


「ああそうだ、このビーム出るナイフは、どうしようか?


こっちで処理する?」


魔導具のことである。


「あ、や、俺の、親父のもんなんで、置いてっていただけると…」


「そうか。そうだな。ここに置いとくわ。


じゃ、オレもう帰るんで、後は好きにして」


その女は別に霧となって消えるわけでも、影に飲まれて溶けるでもなく、徒歩で帰っていった。


その姿が、この状況が悪夢じみていても夢ではないことを象徴していた。


〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.49【悪ワイヤー】

霊拳会が育て、裏社会に送り出した暗殺者の1人。

手首のブレスレットから大量のワイヤーを放出し、

それを魔力で自在に操る『魔力操作術』の使い手。

ラッパーのような出で立ちは、教官が彼のキャラの

薄さを危惧し、着させたもの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る