第12話 Another(2)
「おまえさぁ、ナメてない?」
「や!そ、そんなことは…ぎっ!」
年長の男が、若者を殴打している。
衝撃で、花瓶が小躍りした。
「じゃなんで!あんなガキどもから金回収することもできねーの?なァ!!」
「うあッ、す、すません、すんませんッ!!」
(う~わ、怖~…)
その様子を横目に見つつ、唾を呑む。
気をそちらに向けすぎるあまり、手に持ったものを落としそうになる。
それを目ざとく見つけた年長の男が、こちらを睨みつけて、
「おう、ボーっとしてんなよ!
そいつに傷ゥつけたらお前にゃ1000倍の傷を負ってもらうからな」
「はは、いや、そんなことしませんよ!絶対!」
恐る恐る、手の中の『魔導具』を持ち直す。
鈍い光を湛えた短刀。
その刃に彫り込まれた刻印は、見る者が見れば魔力の流動路であることが分かるはずだ。
(田舎にゃ無いからって、わざわざ都心の魔法学校に通って…死ぬ気でバイトしながら魔法の勉強もして…その挙句になったのがヤクザもんの道具の手入れとはね…)
青年は虚しさとともに思い返す、この仕事を受けた日の事を。
「魔導具の整備…ですか」
「せや。うちのオヤジのもんでな」
そう言う男の服装は、仕立てこそ良いものの、お世辞にもパリッとしているとは言えない、ヨレたダブルのスーツ。
恐らく幹部であろうこの男でさえこの体たらくなのだから、親分とてあまり期待はできまい。
「…何や、疑っとんのかい!」
「いや、いえ、その…」
魔導具というのは結構なお値打ち品である。
正規軍でさえ、武器として正式採用するには数が足りないのだ。
「…なんでも、先々代の親分のもんらしい。
オヤジの爺様に当たるそのお人が、また大層な武闘派やったらしくてのぉ、抗争の時にゃそいつ1本をサラシに巻いて、鉄火場に飛び込んでったって話や」
「は、はぁ…」
何を聞かされているのだ。
「ま、そらええわ。とにかく、オヤジはそいつを蔵から引っ張り出してきてからっちゅうもの、えらい入れ込みようでなぁ。
ワシもこの武器使こたるー、言うて聞かへんのや。
そない言うたかて、魔導具っちゅうんは専門家が整備せな、ぬきさしならんやろ?
で、ツレに聞いたらお前の名ぁが出たっちゅうわけや。
どや?定期的にやってもらわなあかんし、事務所に住み込みっちゅうことで」
マフィアの事務所に住み込み。
全く気乗りはしない。
が、不用意にもここに来てしまった時点で、断ることなどもうできまい。
それに、生活も行き詰っていた。
「…やらせて、いただきます…」
(どうして、こんなことに…)
自業自得ではある。
「あ、ど、どうも。今日も大変ですね」
そこに、教科書を音読するが如き、ぎこちない喋り。
「あ、ああ、これはこれは!」
青年に声をかけてきたのは、貧相な体格の男。
「若!お疲れ様です。…コラァ、挨拶!」
「へ、はいッ!お疲れ様ですッ!」
年長の男とその子分も、挨拶する。
若、と呼ばれた男は、弱々しく笑みを返した。
(あの親分さんの息子とは思えないよなぁ…)
青年は一度、親分の姿を見たことがある。
この痩せこけた男とは似ても似つかぬ強面の豪傑であった。
この若というのが、意外にもと言うべきか当然ながらと言うべきか、マフィアの一員ではないらしい。
親分自身も、息子には大して期待していない様子で、跡目は幹部の誰かに継がせるつもりのようだ。
(まあ、俺にゃどうでもいいか…)
道具箱からコードのついた直方体を取り出し、刃に巻き付ける。
そして直方体についたスイッチを入れると、刃の表面に彫刻された模様が、青白く輝き始めた。
(魔力の通りは問題なし、と。
…今日の仕事は終わり!)
こんなことをもう2週間も続けている。
いつまでも続けられる仕事ではあるまい。
(いつの間にか、こいつらの一味ってことにされて、マフィアの仕事もさせられたりして…?
冗談じゃないぞ!確か、警察って構成員の顔と人数を登録してあるらしいけど、もしかして俺も…)
思考は、諦めで錆びついて失速した。
(アホらし…考えたってど~しようもねえのにさ…)
どちらにせよ、マフィアの事務所に住み込んでいる時点で手遅れだろう。
反社会的勢力の一員として登録された者は、常に警察にマークされ、公共のサービスも利用できなくなる。
(だから何だってんだよ…元から国が何をしてくれた訳でもねえ…)
ところで、青年はこの日、親分の顔を再び見ることとなった。
「ようし、皆集まっとるな」
普段事務所の奥に引っ込んでいる親分が、幹部からチンピラまで全員を集めたからである。
「オヤジ、いったい何事ですねん?」
「うむ!客を連れてきたんで、挨拶してもらう!
先生、よろしくお願いしやす!」
すると親分の陰から、奇妙な風体の男が現れた。
全身を古風なギャングスタ・スタイルで固めているにも関わらず、両手首には異様に物々しいブレスレット。
眼の鋭さからは、同じ業界の人間であることが伺い知れる。
「…」
青年は構成員の後ろに隠れて、その様子を見守っていた。
「ええと、そちらのお方は…」
「見て分かりそうなもんだがな!
どう見ても、用心棒の先生だろうが!」
言われた幹部は、改めて客をまじまじ見つめる。
奇妙なラッパーめいた服装である。
「…いや、見ても分かんないですよ!
といいますか、用心棒…をどうして連れてきたんで?」
「アホけお前らはァ!
それもこれもお前らがだらしねえからだろうがよ!」
幹部らが顔を見合わせる。
いつもの説教の流れなのだ。
「いや、面目ねえ!だがよオヤジ!
部外者を組に入れるってえのは納得いかねえ!」
「せや!ワシら何のためにここまでやってきたんや!」
その反発は、親分にとっては予想外だったらしく、宥めるように、
「わ、わかっとるわ!
せやから、お前らに頑張ってほしいっちゅうわけじゃろうが」
と、あくまで組のためという言い方をした。
しかし幹部から下っ端までよく分かっている。
親分は時々、こういう勝手なことをするのだ。
今回も大方、用心棒とやらの喧嘩を見て一目惚れしたという所だろう。
この組は今の親分の代となって以来、その勢力をさらに弱め、抗争などとは縁遠くなっている。
それ故に、親分は戦いへ憧れめいたものを抱いているのだ。
先々代の魔導具を引っ張り出して整備させているのも、その一部。
構成員一同、この親分の見栄っ張りにはほとほと苦労させられてきたのである。
「これから先生にゃ事務所に詰めてもらう、ええな!」
「「「へい!」」」
締めの言葉にぎょっとしたのは青年である。
(ひょっとして、同じ部屋に住まされる訳じゃないだろうな…)
まあ結論から言えば、同じ部屋に住まずには済んだ。
どうやら事務所の奥にもっと良い部屋があるらしい。
普段親分自身が住んでいるというその部屋を貸しているというのだから、大層な気に入りようである。
自然、不満も募るというもの。
翌朝から組員の会話は用心棒一色になった。
「見たかよ、あいつの面…」
「ああ、お澄まし顔でオヤジの隣にいたがよ…。
俺ァ気に入らねえな!」
小突かれる。
「痛ッ!?あ、兄貴ッ!」
「チンピラが粋がったこと抜かしてんじゃねぇよ!!」
「す、すんませんッ!!」
上の者の言う事は絶対であるこの業界では、例え全員が思っていることでも、口に出すことは奥ゆかしくないとされる。
「…でも、ま、気持ちは分からんでもねえがよ」
もっともその掟が実効を持つのは、リーダーのカリスマが保たれた集団だけなのだが。
「オヤジは見栄っ張りなとこあっかんな~…。
今度という今度は、言わなきゃなんねえかもな…」
そうして、日に日にその気運は高まっていった。
もっとも、表立って怒りをぶつけるほど気骨のある者がこんな弱小組織にいる訳はないから、なんとなく雰囲気に表れているだけだ。
それに、用心棒の男の不気味さに、気圧されている面もあった。
青年はその様子を、
(ああ、大変そうだな…)
と他人事で見られる立場にいたから、気楽なものだった。
日がな一日魔導具の手入れを行い、それが終われば部屋に戻って音楽でも聴いて過ごしていればよい。
どうせどうにもならぬ身なのだから、割り切れば呑気な暮らしであった。
そしてある日ついに、部下たちの声が届いたものか、全ての構成員が再び集められる運びとなった。
「今回…お前らに集まってもらったのはよぉ…はあ~っ……」
親分、随分なしょげ方である。
「お前らが?なんか?用心棒の先生の事、気に食わねーって言うから?
…しょうがないんで、お帰り願うことにしましたァ。…あ~あ!」
幹部の1人が、呆れ半分安堵半分の穏やかな表情で宥める。
「オヤジ、信じておりやしたぜ。
…そっちのお方も、それでよござんすね?」
そう、問題はここからだ。
今回悪いのは、完全にマフィア側だ。
足元を見られてふんだくられるかもしれねえ、と話しているのを青年は目にしている。
だから後ろの方で、ワクワクしながら事の顛末を見届けていた。
「先生?用心棒の先生?」
「……」
だが答えぬ。
「…アンタ、オヤジに気に入られて調子に乗ってんだか知らねえが…」
「……」
やはり答えず、両手を上げた。
「あ?」
次の瞬間、親分と近くの幹部の頭がすっ飛んだ。
(?)
(!?)
(!!?)
一瞬の出来事であった!
「テメェッ!?何を…」
即座に銃を抜いたのは、生き残った幹部である!
が!
「……」
ことごとく切り刻まれる組員!
まるで室内を小型の嵐が襲ったが如く!
鮮血が舞って花瓶の陶磁を赤く染める!
「…少しは、残しておく」
用心棒の男が、そう呟く。
…その言葉の通り、失禁したチンピラ数名が生き残っていた。
青年も生きている。
「…な、な、なんなんだよ…っ!?」
混乱の極みにある連中に向け、男は語り出す。
「…これから、お前たちの親分が変わる。
安心しろ。正当な継承だからな」
「あ、へ?アンタ、何言って…?」
チンピラの疑問の声は、そこで途切れた。
何より明確な答えが出たからだ。
「ひ、ひ、ひひ…!ほ、ほ、本当に死んでらァ…!」
そのぎこちない喋りに、青年は既視感を覚えていた。
「わ、わ、若ァ!?ど、どうなって…??」
チンピラたちが驚くのも無理はない。
用心棒の後ろから出てきた男の、貧弱な体格には誰しも見覚えがあった。
(あ、あの人は…っ!なんで…!?)
たった今死んだ親分の息子である。
「よ、よ、よくやってくれたァ!
…お、親父ィ!」
床に転がったそれを、思い切り蹴り飛ばす。
「クソ犯罪者の分際で、俺のこと見下しやがってよォ!!
テメェの大好きな暴力だぞ、オラァ!!」
頭部を何度か蹴とばし、血で滑って転ぶ。
用心棒の男はその姿を冷めた眼で見つめていたが、
「坊ちゃん。楽しむのは払うもん払ってからにしてくれや」
と言った。
「あ?あ、ああ。その事なんだがよ、どうだァ、俺と組んでみねえか…。
…ッ!」
鋭い眼が若を射竦める。
「…その話も、まずは仕事の分を支払ってからだ」
「わ、分かってるって…」
(あいつ、用心棒を抱き込んでたのか…)
そんな中、青年は、異様なほど冷静な思考を行っていた。
あまりにも非現実的な状況だったからかもしれない。
(どうしよう。俺はどうする?このままでいいのか?
逃げる?下手な事せず大人しくしとくか?
…うっ!?)
若が青年の方を見た。
「あ、そうだ。親父の持ってた魔導具!あれはどうだ?」
「…ほう?」
用心棒の男が、近づいてくる。
(こ、殺される?
いや、魔導具には手入れが必須なんだから、うまくやれば…)
「こいつは?どうする?」
「え?あ、ああ、いいよ殺して!もっと腕の良いのを雇えばいいだろ!」
青年は、膝をついた。
涙も出ていた。
殺される恐怖か。
それとも自らの技術を言外に貶められた惨めさか。
(なんだよ…これ…。
わざわざ都心の魔法学校に通って…死ぬ気でバイトしながら魔法の勉強もして…)
男の纏う血の香りが、しかと嗅ぎ取れる距離。
青年の喉奥から、嗤いがこぼれ出る。
その時。
轟音と共に、横の壁が崩れた。
「!!?」
男はとっさに飛びのく。
青年の視界を、砂ぼこりが覆う。
そのヴェールの向こう側、なびく白い髪がかすかに見えた。
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.48【ファオン組】
極めて規模が小さく、何の後ろ盾もない弱小マフィア。
今や地元ですら威張ることができず、そのあまりの弱さ
から大組織に見逃されている。
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