第12話 Another(1)

「いやあ、本当にめでたい!


ま、今日は飲みましょう!」


恰幅の良い男が陽気に言う。


「全くですな!まさか一番の邪魔がこうも容易く潰れてくれるとは!」


もう1人の男が返す。


周囲の人間も、喜ばしげにざわめく。


立食パーティなのである。そして、陽気な男はそのホストであった。


「これで安心して、調査が進められるというもの。


何せ、魔神の住処が近くにあるのでは安心して仕事が出来ませんからな」


その会話を耳にした参加者の1人が、問いかけるでもなく独り言ちる。


「前々から思っていたけれど、魔神って、本当にいるの…?」


「ええ、いるのです」


主催者が、その呟きを聞きつけて答える。


「ミスリル鉱石のある密林には、黄金の神殿がありまして…。


元々、そちらの調査をしていて鉱床を見つけたのです。


ですが、驚くべきことに神殿には、『魔神』と思しき生き物が住み着いており、私もその時この傷を…」


シャツの一番上のボタンを外し、鎖骨付近の切創を見せた。


「おお、これは…。本当に実在したのですね、魔神」


すると今度は別の参加者が、


「しかし、魔神というのはエーテルの濃い極北大陸でなければ生きられないのでは?」


と聞いた。


こちらは多少魔神について詳しいようだ。


「おや、よくご存じで!


そうなのです、私も魔神関連の論文を読んで知ったのですが。


正直な話、人にも、獣人にも、そして魔族にさえ見えない異形であったため、『魔神ではないか』と考えたのですが…真偽のほどは、ヤツが死んだ今となっては確かめようもなく…」


そこで口調を変えて、


「…まあ良いではないですか!もはや済んだ事です!


それより、ミスリルの産出国になれば、この国エイドスも、これまでにない大きな発展を遂げることとなりましょう!」


会の雰囲気を陽気なものに戻した。


「おい、お客様にギプニーニョをお出ししろ!」


そして、会場の隅で待機していたメイドに命じる。


「かしこまりました」


ギプニーニョとは、エイドスの古代王侯貴族が好んで食べたという伝統料理だ。


当時貴重であったマンドラゴラを数種類ふんだんに使用した煮込み料理で、マンドラゴラの養殖が可能になった今でも、慶事の際にはよく出される。


「…おや、また新しい召使を雇われたのですかな?」


客の1人が指摘する。


「ええ、アレはメイドとしても優秀なのですが、雇った最大の理由は料理人としての腕なのです。


マンドラゴラの処理の資格を持っておりまして、今日お出しするギプニーニョもアレの仕込みです」


問うた客は感心の嘆声を漏らした。


「なんと!どう見てもエイドスの人間ではないようですが、珍しい!」


巨大な盆の上にギプニーニョの大皿を載せて入室してきたメイドを一瞥し、


「ええ、美しい女で、マンドラゴラの資格を持つ者を探すのは骨が折れました」


と自慢げに言った。


「良い人材を見つけて来られたものですなぁ」


「いやぁ、羨ましい」


「キミも、良い就職先を見つけたものだね。


キミのご主人様は、これから魔法産業の王になる人だよ!」


関心の視線と声を向ける客たちに、メイドは一礼する。


そして白い髪の隙間から覗く赤い瞳を一瞬、主に向けて去っていった。


男はメイドの背中を睨みつけると、客の方に顔も戻し、


「いや、申し訳ありません!なにぶん愛想の無い女でして!」


と弁解する。


「いいじゃありませんか!めでたい日ですし!」


「そう言っていただけるとありがたい!」


大した浮かれっぷりだが、仕方あるまい。


何せ、未だかつて無いめでたさなのだ。


ミスリルなどというレアメタルを輸出できるようになれば、金属加工、魔導器製造、軍需産業など、極めて広大な分野に強い影響力を持つことが出来る。


エイドスが世界を動かし、そのエイドスを動かすのは…アドリアン・リソースマネジメント社の社長たる、このアドリアン・ベイエルスベルヘンなのだ。


(あの女…何という目つきで私を見やがるのか…!


仕方ない、私自ら教育してやるとしよう)


しかし、このような時にも無礼講を許さぬのがアドリアンの流儀である。


「私、少々用事が入ってしまいました。


少し外させていただきますので、お客様で好きにお楽しみいただければ…」


「もちろん、構いませんぞ!これから色々とお忙しいでしょうし!


なあ皆さん、そうでしょう?」


他の参加者たちも、手に持ったグラスを掲げて同意を示す。


皆浮かれており、こう言った社交パーティではありえないほど顔が赤い。


「助かります、それでは!」


ヘラヘラ笑いかけながら会場を出た。


「…ふぅ。おい、来い!」


この屋敷では、主人は従者の名を呼ばぬ。


『おい』と呼びかけ、続いて命令する。


その声の調子で、誰を呼んでいるのか聞き分けなければならないのだ。


だがそのメイドは、すぐさま現れた。


「お呼びで」


跪いてそう言った女の赤い双眸が放つ、冷たい光と言ったら!


「…違うな」


「はい?何がでございましょう?」


忌々しげに、吐き捨てる。


「その眼だ。


その眼は主に向けるものでは無い!」


メイドは殊勝な様子で目を伏せ、顔を背ける。


「この眼は、生まれつきのもの。


しかし、ご主人様を不快にさせてしまったのなら…」


アドリアンは眼を見開き、女の顔を蹴ろうとして、引っ込める。


「…ご主人様?


私の顔を蹴ることでお気が済むのでしたら、どうか…」


しかしアドリアンはむしろ、後ろに下がった!


「…?」


「何と白々しい!それで誤魔化しているつもりか!


貴様、私の命を狙う刺客であろうが!」


決めつけて、叫ぶ。


女は僅かに眼を細め、首を傾げ、鼻で笑った。


「まあ!…よく知ってるのね?」


「ほざくな!髪も眼も、色を変えずに来るとは愚かな!


『アルビノの女』と言えば近頃有名な殺し屋!


誰かからこの私の暗殺を請け負ったのであろう!?」


そう断じつつ、指を鳴らす。


「…ッ!」


女が気配を感じ、いきなり振り向く。そこには、大男!


「お前ェ~、雇い主を裏切ったのかァ~」


振り下ろす、大槌!女はバック転で回避!


「ダメだぞお、そんな事をしたらァ~。


あ、でも、殺し屋として雇われてるから、雇い主を裏切ってはいないのかぁ?」


「別に雇われてはいないんだけどね…」


その時アドリアンは、


「そいつを片付けろ!」


と言い残して逃げている。


「まあ、そういう事だからよォ~、死んでくれいッ!」


「お断りするわッ!」


大槌の一撃を躱し、抜刀する!


「お?…今、その刀、どこから…」


「刀、槍、銃、爆弾…各種取り揃えているけれど、どれで殺してほしい?」


懐から、大量の武器をゴロゴロ取り出す。


「暗器術かぁ、ひっさびさに見たぞォ~!


でもよう、色々持ってても、結局使えるのは1つだけなんだよなぁ」


鈍器によるフルスイング!


「だったら、オデは、これ1つで充分だなぁ!」


大振りな攻撃だが、当たれば死ぬ。


「あなた、傭兵?」


一撃必殺の打撃を躱しつつ、優雅に問うた!


体格差は絶望的ながら、余裕を崩さぬ。


「へへ、何でも屋だぁ。


こうやって戦ったり、あと、都合が悪い奴を消すんだ…オラァッ!!」


床に穴が開き、壁が崩れる。


魔法も使用せずに、大したパワーである。


雇い主にとっては、この破壊の方が高くつきそうだ。


「なるほどね、だいたい分かったわ。


もう死んでいいわよ」


「あ?」


女が逆袈裟に斬り上げた一撃を、大槌で軽々受けるが…


「おお、お?」


ガードがかち上げられ、胴体ががら空きになる。


「オデ、なんで、弾かれてんだ?」


刀身が軽やかに翻り、腹部に強烈な横一閃!


「おごォッ!!?」


僅かによろめくが、耐える。


「あらあら…」


ダメージ部が、金属に覆われている。液体金属である!


そして、大槌はただの棒になっている。


「この棒はよ、とあるテイマーが作ったもんでよ、魔物を操れんのよ。


オデの場合は金属系のスライムを、普段はハンマーにしててよぉ。


危ねえ時はよう、こうして守ってもらうんだわ」


言ってみれば、流体金属を瞬時に操作できるという事。


もっとも、生き物であるスライムを操るのは、容易いことではなかろうが…。


「しかしよ、おっでれえたなぁ。


お前、チビのくせに力があんだなあ!」


確かに、女は小柄である。


男の方が巨大であるのもさることながら、女はかなり小さい。


「兵法よ。瞬間的な出力を上げる程度なら、練習すれば誰でもできるわ。


…まあ、この刀はもう使えなさそうだけど」


酷く刃こぼれした刀を投げ捨てると、次に取り出すのは、拳銃!


男は、醜い顔を嘲笑に歪める。


「へへ、あのよォ~、スライムったって金属なんだぜェ?


やってもいいけどよ、無駄じゃねえかなぁ」


「どうかしら?」


すぐさま発砲!しかし液体の鎧が弾丸を弾く。


やはり拳銃の威力では厳しいか?


男は笑いながら女に歩み寄る。


スライムを防御に回しているためハンマーは無いが、素手でも充分に殺傷力はある。


「なぁにやっても無駄だってのが、分か…」


膝をつき、脇腹を抑える。


湧き出す血に、驚愕を抑えられぬ。


「…?…!?」


何が起こったか分からぬ訳ではない。


むしろ、理解したからこそ驚いているのだ。


(おんなじとこ撃ち続けて、鎧を破るってのは典型的な対処法だけどよぉ…。


1ミリの狂いもなく撃てるもんかぁ、普通…?)


斬撃でできたへこみを、銃撃で更に広げて突き破った。


地味ながら、神業である!


「あなた、いい魔物使いだと思うけど、応用力がなさそうなのよね。


せいぜいが大槌と鎧の2形態で限界でしょう?」


説明しておくと、魔物を操るには、魔力で脳や全身に信号を送る必要がある。


そのため、いきなり命令してすぐに実行してくれる訳ではなく、前もって動きや技を設定しておかねばならないのは、周知の事実である。


要は、決まった行動しかできない、ロボットと同じなのだ。


「どう、反撃する?それとも防御に徹する?


どっちにしてもジリ貧だと思うけど」


「…へへ、そうかねぇ」


ぼそりと、呟く男。


その瞬間である!


スライム鎧の表面がざわめくと、無数の針となって飛散した!


「あらまあ」


が、懐からいつの間にか取り出していたナイフで、全て切り払った。


「3つ目の形態とは、やるじゃない?


私も、付き合ってあげた甲斐があるというものね」


ナイフを振り上げる。


「く、やべえ…」


散らしたスライムを再び集結させ、鎧にする!


「いや、もういいわよ」


女が軽く振ったナイフは、銀色の波をいとも容易く切り裂いて、肉に達した。


「ごぉッ…!?」


「ホントは、この程度刃物でも充分なのだけれど、ちょっと見てみたくなっちゃってね。


でももう、底は見たし。いいのよ、お疲れ様」


首筋を数度突き刺し、蹴り倒す。


男は口から赤い泡を吹いて地面に激突した。


そして女は、倒れる男の手を取って、脈を測り、頷いて、去った。


〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.47【アドリアン・ベイエルスベルヘン】

アドリアン・リソースマネジメント社の社長で、国政や軍事に強い

関心を寄せている。

黄金神殿の魔神『テスカトリポカ』が消えたことで、その付近にあ

ったミスリル鉱床に手が出せるようになって、有頂天状態。

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