第11話 hobby(4)

綴は路地裏にいた。


数分前にでたカフェから、10メートル程度の場所である。


「人が楽しくお喋りしてるのに、ストーキングとは趣味の悪い」


振り向き、語りかける。


「ふ…お主はそういう奴だったな。


童の頃から、女の尻ばかり追いかけて…」


綴は一歩引いた。


その追っ手の男に見覚えがあったからだ。


「おや、残摩ざんま殿。追っ手は貴方でござったか…」


「フフフ、霊拳会から、我らが頭領に依頼が来てな。


下らぬ探りを入れる者は生かしておけぬと…」


綴は鼻を鳴らす。


「残摩殿はいつも迂闊な所がお有りですな。


そのような事を、標的である拙者に言ってどうなさる」


男が片目尻に皺を寄せる。


「小僧が、言うではないか?


これから死ぬ人間が、何を知ろうと意味は無い!


ましてや魔導の業も持たぬお主が…」


片手に持った、鍔の広い刀を抜き放つ。


「勝てると思うか?」


向けられた切っ先を、睨みつける綴。


「そんな長物を持って、見咎められなかったのでござるか?」


「ふ…この混沌の街で、そのような些事を気にかけるものはおらぬ。


だがお主は、見栄えを気にして持ち歩かなかったようだな?」


綴は、更に一歩下がった。


「ファッションにこだわりすぎたのが、お主の敗因よォーッ!!」


一息に切り込む!


狙うは頭頂部、ベーシックな剣道スタイルだ!


一見競技化され、牙を抜かれたように思える技術は、その実、未だ殺人に最適化され続けている。


「危なッ」


半身を反らし、躱す。


見かけは余裕の回避と言った所だが、かなりギリギリだった。


「まあ、この程度は避けるか。ならこれはどうだッ!」


追撃の横薙ぎ!今度は身を沈めて間一髪。


だが、元より素手と刀。同じ技術・技量を持つなら不利なのは綴だ!


「一応、俺の術を躱してはいるようだが…」


「当然のことでござるな、昔あれだけ自慢しておられた事ですし」


残摩はこれを、強がりと受け取ったようだった。


「覚えていたか、良い心がけだ」


刀身の延長線上に、見えざる空気の刃を伸ばす魔法。


この刃は鞭の如くしなるのも、躱しにくい一因であった。


「かァッ!」


更にもう一歩踏み込んで切りつける。


カカン、と見えない刃が壁に当たって音を立てた。


(間合いはあの頃と変わっていないようでござるな…)


判断材料は音しかないが、だいたいリーチは把握できたはずだ。


「悪いが、お主1人にそこまで時間をかけられん。


この後も予定が詰まっているのだ、これでも売れっ子でな」


だからこの一撃で決める、と言うように上段に構えた。


「…」


身構える綴。


退路は断たれている。


間合いギリギリで躱し、脇をすり抜けて逃げる他に無い!


「死せいッ!」


手首を捻り、切っ先を翻す。


達人の鞭は、その先端が音速に達するという。


ならば、それを躱すのに必要な技量もまた達人級!


「おっと…っと!」


一気に後退するが、胸元の薄皮が水平に切られる。


滲み出る血もこの際気にせず、二撃目が来る前に脇をすり抜け…


「く、うッ…?」


この痛み。薄皮ではない。


傷が、思った以上に深い。


「侮ったな。


空気の刃は、長さを調節できるのだ。


お主の前では、いつも一定の長さしか使わなかったがな」


綴は逃げるどころではなく、残摩の足元に膝をついた。


「ぐ、う、うううッ」


皆さんアニマの活躍を見過ぎて忘れていないだろうか?


刀で斬られたら、人は死ぬ。


「ざん、ま…」


綴は何か言おうとした。が、それと同時に追い撃つ刃が首を斬り落とした。


「忍びは、奥の手を隠しておくものよ」


刀身を一撫ですると、空気の刃は消えた。


この魔法なら血もつかぬので、手入れも楽に済む。


やれやれとばかりにため息をつき、納刀しようとして…


「ッ!?」


突如背後に切りつける。


その残摩の胸元には、短刀が深々と突き刺さっていた。


「バ…カな…ッ?」


短刀を投げたのは…綴だ。


路地の奥から、ゆったりと歩み寄ってくる。


(何だ、幻か…?だが、いや…服装が、違う…?)


捻った上体を戻すと、足元には死体がまだあった。


そして、改めて向き直る。


やはり、綴がいる。


「分身かッ!?しかし、今の手ごたえは…ごぼッ!!」


喉にも短刀が突き刺さった。


鞘と刀を取り落とし、両手で空を掻く。


「おご、ぽッ、おおうっ」


喉奥からくぐもった音と共に、血の泡がせり上がってくる。


バランスを崩し、仰向けに倒れた。


「…」


綴は倒れた残摩の所に至ると、しゃがみ込んだ。


そして耳元で囁く。


「忍びは奥の手を隠しておくもの…でござるよ」


そして立ち上がり、喉の短刀を踏みつけた。


「ごあェッ」


声にならぬ声を漏らし、残摩は絶命した。


「…さて、どうしたものか。


残摩殿はともかく、拙者の死体は片付けてしまわねば…」


学園外の人間の死体は、放っておいても生徒会が隠匿してくれるが、綴自身は正式にアマツガルドからの留学生である。


生徒が死んだとなれば、さすがに大きな騒ぎとなる。


何より綴の『能力』は誰にも、主にさえ知られていない。


(若も、ご無事だと良いが…)


幕府のエリートである諫早家は、貴族たる浮上院家と対立している。


曲りなりにも身分の違いが是正された他国と違い、鎖国状態のアマツガルドは、未だに武士と貴族が裏で主導権を奪い合う状態であった。


逃亡ついでの留学でもあったが、決闘を申し込まれれば受けねばならぬ。


仲介人が捕まった今、刺客はこれ以上増えないと仮定してあと3人。


(もう少しの辛抱でござるぞ、若)


若は一度殺し始めると、抑えが利かなくなる。


だが前述した通り、学園内の人間を殺しでもしたら危険どころではない。


さすがにそんなバカはやらないと思うが…。


「…」


不安になったので、決闘の場に急いだ。










「フゥーッ…」


切っ先から血が滴る様子を、じっと見つめる。


(落ち着け…)


呼吸を、血の落ちるリズムと合わせると、少しずつ正常な周期に戻っていく。


そうだ、これでいい。


足元に転がる死体を一瞥して、再び視線を戻す。


(存外手こずった…)


戦いの狂熱に上気したその顔は、鬼もかくやという形相であった。


端的に言えば、昂っている。


ここが人気無き港湾で良かった、と諫早は思った。


(誰かいたら、斬りかかっていた…)


それが弱い相手なら問題ないが、もし自らより強き使い手であったとしても、今の自分は襲うのを止められなかっただろう。


薪がくべられた以上、燃え尽きるまで炉は止まらぬ。


今の彼は、ただじっと殺意が灰になるのを待つことしかできなかった。


「!」


突然、背後に気配を感じた。


もう日は落ちている。


このような所に来る人間などいないはず…


(だ、誰だ…?


否ッ、誰であろうが…!)


誰であろうが、斬る。


自分はわざわざ人の来ない所を選び、戦ったのだ。


こんな所に来たのが運のつき。諦めてもらうとしよう。


「…キエエエエェェェェェいッ!!」


振り向きざまの一撃。


「おおっとっと!」


水平の斬撃を、身を低めて躱したその姿に覚えがあった。


「…おぉ、綴か」


「相変わらずでござるなぁ、若」


そして死体を指差し、


「ひどい殺し方をしたものです。


残りの刺客の居場所を吐かせるのでは?」


「ば、馬鹿にするでない!それはもう既に済ませた!」


頷き、促す。


「して、どのような?」


「うむ。剣客はこやつ1人で、後は隠密のみらしい。


此度のように堂々と決闘を挑んでくる者はおらぬだろう」


これだけの情報を吐かせたのは、愛刀の『昏病』の能力のおかげでもある。


そのせいで、ただ今『昏病』は眠っているが。


「なるほど…。


公家というのも案外陰湿でござるなぁ、わざわざこんな所にまで刺客を…」


「いや、それがだな」


割り込まれた綴は意外そうに主を見た。


「どうやら、こやつらは浮上院家直属というわけではないらしい。


言ってみれば、外注よ」


「何と…?」


「紅蛇帝国の、『霊拳会』という、暗殺者の養成から派遣まで行う組織だ…」


綴の背筋を、得体の知れぬ悪寒が走る。


先程戦った残摩も、そして幼き日の綴自身も、『封魔忍軍』に属していたからだ。


そして、迂闊にも残摩が漏らした、


『霊拳会から、我らが頭領に依頼が来てな』


という言葉。


この2組織が同盟関係にあるというのは有名な話だが、本国の貴族まで関わってくるとは…


「お主はこのごろ、霊拳会について調べておったな?」


「ええ。…え?」


思わず振り向く。


「あ、あの、ご存じで…?」


「一体コソコソ何をしているのかと思っていたが…。


この事を予測して、調べていたのだな!大したものよ」


主の賞賛を受けた綴はしばらく口をぱくぱくさせていたが、最後、絞り出すように


「…あったりまえでござるよぅ」


と小さく呟いて平伏した。


〈おわり〉

どうしようもない名鑑No.46【残摩/夏法風】

封魔忍軍の上忍と霊拳会の卒業生であり、ある生徒を通じて学園内に侵入した。

その生徒が逮捕されてからというもの、組織に見捨てられ、苦境に陥っていた。

紅蛇帝国出身で、残摩は幼い頃封魔忍軍に拾われて忍びになり、夏法風はそのま

ま霊拳会に入門した経歴を持つ。

見つかれば即逮捕される敵地に取り残され、折れかけていた2人を繋いだのは同郷

の絆であったが、彼らは死に方を選べる程強くはなかった。


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