第11話 hobby(2)

学園の市街地には、あらゆる国の料理店がある。


寮生活をしていて、滅多に帰れない生徒に向けた商売というのだから、かなりの本格派である。


「うまいな…。祖国の味だ」


「だろう。我ら2人の意志を固める会に相応しい」


ここはそんな店の中の1つ、紅蛇帝国の料理を出す店だ。


そして、その料理を食べて『祖国』と言う彼らは、紅蛇で生まれ育った人間に違いあるまい。


「…お主は霊拳会、私は封魔忍軍。組織としても同盟関係にあるはずだ。


ここは、協力してこの苦境を乗り切ろうではないか」


言いつつ、酒で満たされた盃を差し出す。


「うむ。2人でこの島から、何とか出よう。


…その為には」


もう1人の男がそれを受け、盃を返す。


「分かっている。


今宵の決闘で『ヤツ』の首を獲る。そしてお主は…」


「ネズミの始末、だな。


なぁに、標的は私の昔馴染みだ。手管は知り尽くしている」


「…そう、か」


逆もまた然り、と言いたげな視線。


「心配いらぬ!こんなものを持っていても声さえ掛けられぬような街だ。


私の暗殺も静かに遂行できるというもの」


足元に立てかけた刀を、顎で示す。


「だが…」


「アイヨ~!」


「「!!」」


その声は、店員のものだった。


赤いチャイナドレスを着ており、黒髪を両団子に結った狐目の女。


赫椒飯フゥジャオハン2人前、お待ち!」


ニコニコと愛想良く卓に並べていく。


「あのネ~、これはちょっと不思議な食べ物で、食べ方が…」


「知っている。我らは紅蛇の人間だ」


店員は目を円くした。


「アラ!じゃあ紅蛇の言葉が通じますね!


どこ出身なんですか?」


「…言う必要があるのか」


牽制の意味も込めて、語調を強めた。


しかし店員は一切意に介さぬ様子で、


「いいじゃないですか、異国で出会った同郷の者として、ね?」


と図々しく迫った。


2人は、その無邪気さに警戒を解きつつも、不自然に思われぬ拒絶方法を探る。


「あー…田舎だよ。誰も知らないような、辺鄙な所さ」


「また、そんな事言って~!


…で、どこなんです?」


意外としつこい。


2人は目を見合わせ、意志を疎通した。


もう帰ろう、と。


「ああ、っと…もう帰る時間だ」


「そうだな。失礼してこの辺で―」


「え?だってまだ料理が…あっ、イラッシャイマセー!」


突如店員は男たちの背後に向かって挨拶をした。


来客だ。好機である。


「すまんが料理は残していくことに…ッ!?」


言った途中で、新たな客の顔が視界に入った。


「ん?おい、どうした?」


「今来た客。…顔は向けるな、目線だけだ!」


その言葉に従って横に滑った瞳は、とんでもないものを捉えた。


「アニマサン、お友達が一緒なんて珍しいネー!」


「ああ?そうかもな」


来客の1人、白い髪と赤い瞳を持つ女…の後ろ。


黒い短髪に、着流しの男。


「ほほう、ここはアニマ殿の行きつけなのですか?」


「あ?いや、たまに飯食いに行くだけで、大概は持ち帰りかデリバリー…って!


んなこたァどーでもいいんだよ!お前の『とっておき』ってのは何なんだよ!」


着流しの男は爽やかに笑う。


「そんなことより今は腹ごしらえです!


あちこち回って腹が減ったでしょう?」


「そうだな、動物園だの遊園地だの…興味も無ェ所を引っ張り回しやがって」


「そ、そうですか?


私は結構楽しかった、です、けど…」


賑やかに話し始める3人。


しかし、2人の刺客は着流しから目が離せなかった。


それもそのはず、彼らが決闘で殺す予定の男は彼なのだ。


「今店を出たら、確実に顔を見られる。


最悪ここでおっぱじまるかもしれん」


そうなれば、不利なのは後ろめたい身の2人だ。


「…」


2人は無言で席についた。


店員はその様子を怪訝な目つきでチラリと見たが、すぐに注文を取りにアニマたちの卓へ移動していった。


「決闘、と言うからにはアマツガルドの人間を殺すものとは気づいていたが…


ヤツ、なんだろう?お前が殺す予定の人間というのは…」


2人は、刺客の矜持として、互いに殺す相手を話していなかった。


だが、もう隠し立ては無用だろう。


「そうだ。分かるか?


アレは諫早家の跡取り息子、諫早甚兵衛…。


対立する浮上院家の依頼でな」


「政争か…。こんな偶然もあるものだな。


私の標的は、ヤツの護衛をしている忍びだよ」


当然、首を傾げる事になるのは決闘を行う刺客だ。


「わざわざただの護衛を殺すのか?」


「それが、そいつは主に無断で行動していてな。


お前の所属する『霊拳会』のことを、探っているのだ。


なので同盟関係の『封魔忍軍』から私が派遣されたというわけさ」


納得するように頷く相手。


「なるほど。同盟関係の組織とはいえ、どうして俺にそこまで良くしてくれるのか分からなかったが…。


元々、我らの組織からの依頼で動いていたとは…」


となれば、結束はむしろ強まろうというもの。


「飯が冷める。食おう」


「ふ…そうだな。これから殺す相手を肴にして飲む酒というのも面白かろう」


そんな事は露知らず、運ばれてきた料理を満面の笑みで迎える諫早。


「いやぁ、この島は色々な国の料理が出るので、飽きません。


しかも、味付けは本格派ときている!」


「美味しいカ?」


爽やかな相貌で、よく食べる諫早を、店員も気に入った様子だ。


「ん、美味いよ。これも、紅蛇の者が作っているのだろう?」


「そうネ!というか、ワタシが作ってるよ」


「えぇ!?」


アビゲイルが驚きの声を上げる。


「…ん?作るのも運ぶのもしているのか?


確かに無茶な広さではないが…忙しいのう」


店員が笑う。


「今日は少ないから楽よ!


いつもはこの2倍働いてるヨー」


事もなげにいう。逞しいものである。


「元気が良いな!頼もしいことだ!」


豪快に笑う。


(こいつホントに人殺しか?)


訝しむのはアニマである。


今日だって、『とっておき』の娯楽があるというからついてきたのに、あちこち連れ回されて退屈していたのだ。


「しかし、店長は酷だな。ひょっとして店員はお主だけではあるまいな?」


屈託なく聞く。


「店長もワタシよ。シェフも、店員も、全部1人でやったらお金浮くネ!」


「そ、それ大丈夫なんですか?」


壮絶なワンオペである。


「…よく見てみれば、かなり鍛えられておるな。良い筋肉だ。


いや全く、大した女子ですなぁ、アニマ殿!」


「あ?そうだな…」


アニマは知っていたので、大した反応もせずに飯を口に運んだ。


「モー、どこ見てるカ!


女の子に『良い筋肉』なんて、褒め言葉じゃないゾ?」


しかし、確かに素晴らしい筋肉だ。


肩の肉はちょっとした鎧のように見えるし、スリットから覗く太股はまるで馬だ。


しかも、全体が流麗なフォルムで纏まっていて、無駄が無い。


(いくら1人で忙しく働いているとはいえ、こんな筋肉が必要なのかな…?)


アビゲイルは眉をひそめた。


だが店員…改め店長は、話を逸らすように、


「お客サン、刀かっこいいね!」


諫早の腰のものを指摘した。


『アラ、見る目があるじゃな~い?』


「ん?誰の声…」


鞘を小突く。


「バカもの、人前では静かにしておれ…!」


『ハイハイ、ごめんなさいね~』


そして切り替えて、


「ええと、刀の話だったな。


うむ、流石に島内に持ち込むのはダメかと思っていたが…。


快く入れてくれたのだ」


「この島ブッソウだからネ~…あっ!


そういえば、そっちのお客サンも、刀持ってきてたヨ!」


刺客は、口に運んだ酒を噴き出した。


(な、何言ってんだアイツ!?)


(ま、マズい!バレるッ…!)


「ほう。刀を…?」


咄嗟に顔を背けようとするも、むしろ怪しまれるだろうと、腹を決めた。


「…これはどうも」


「…」


諫早の澄んだ瞳が、2人の刺客を見据える。


「…あなたもアマツガルド出身ですか?」


「へ?」


諫早は、例によって屈託のない笑みで語りかけた。


「あ、いや、その…」


「ワタシと同じ、紅蛇の出身だってサ!」


「ほう、そうなのですか」


問いかけられ、曖昧な表情を解答の代わりにする。


「…あ、我らはもう食べ終わったので、失礼しよう。な?」


「ん?あ、ああ!そうだな!帰ろうか!」


いそいそと出ていく2人を、店長の狐目の奥に潜む、金色の瞳が追う。


「…ありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!」


元気よく、紅蛇語で見送った。


その言葉を背に受けつつ、刺客は語らう。


「何でバレなかったんだ…?」


「いや、分からん??…忘れてたのか?」


あまりに不可解な状況に、混乱せずにはいられない。


「そんなバカな…決闘は今日だろ?」


「見逃されたか…?」


だとすれば、それは大きな判断ミスとなるだろう。


(我らは必ず、この島から出てみせる…!


武士の情けが、貴様自身を殺すことになるぞ…ッ!)


飯を掻き込む諫早を一睨みすると、決闘の刺客はその場を去った。


が、もう一人、『封魔忍軍』の刺客は少しの間とどまっていた。


(白い髪に、赤い眼…?


今の女、まさか…)


アニマが憂慮した通り、噂は加速して広がっていた。


(世界各地に突如現れては、災害的な破壊をもたらす、正体不明の怪物。


魔神ではないかとすら言われているが…まあ、ものの例えだろう)


魔神は、エーテルの薄い地域では生きられず、そのため北の大地にいる。


人間の領域で生きられるのは、人間に近い魔神のみだ。


とはいえあくまで仮説であり、そんな魔神がいるのかどうかさえ定かではない。


その仮説と、アルビノの女の都市伝説が結びつき、その『人間に近い魔神』がアルビノの女ではないかという巷説が出回るようになったのだ。


(まあ、そんな噂を立てたくなるのも分かる。


なにせ、その女の犯行と思われる現場を調べると、出入国の記録が発見できない事が多々あったらしいからな)


この魔法社会においても、空間転移の技術は確立されていない。


以前その研究を行っていた秘密結社がいたが、組織の壊滅とともに研究の成果は失われてしまった。


(だが、電車や船を利用した痕跡さえ見つからないこともあった、と…。


つまり、自らの足で大陸を横断し、大洋を泳ぎぎったということだ。


あの女が、その…?)


もう一度横目に見る。


ボサボサの長髪、薄汚れた服、濁った瞳。


確かに異様な女だが、人ならざる存在、とまでは思えなかった。


(…イカンな。下らない噂に惑わされている場合ではない。


よしんばあの女が噂の張本人だったとしても、私には関係あるまい!)


首を振り、思考を整える。


今は、一つの事に専念しよう。


(ネズミめ…今日中に始末してやる!)


こうして、史上最も『アルビノの女』の正体に迫った男は、その事に気づきもせず、去っていった。


〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.44【暴岚】

学園内の市街地で紅蛇料理の店を開いている女性。

普天鳥王拳の使い手であり、病ゆえに伝承者争いから

降りたものの、その実力は誰もが恐れ、認めていた。

暗殺拳たる普天鳥王拳を医療に用い3000人以上を救っ

たとして、『東の聖女』の称号を授かった。

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