第11話 hobby(1)

彼女にとって、唯一の生きる理由である仕事。


その仕事が中止になった事が、ケチのつき始めだった。


暇つぶしついでに知り合いの手伝いを請け負ったが、不完全燃焼で終わり。


帰ってきたら、刺客から予告状という名の挑戦状を受け取り、せっかくなので気晴らしに殺してやろうとしたら、既になんか死んでいた。


「どいつもこいつも勝手な野郎だ、期待させるだけ期待させやがって…」


仕事が終わると、次の仕事まで最長でひと月は間が開く。


それは、中止になった今回も同じことだろう。


「1か月も暇…1か月も…」


いつもは仕事を終えた満足感をちびちび食い潰して心の平静を保っているが、今回はワケが違う。


「いいいいい1か月も…!?」


手が震えてきた。


この虚ろな精神状態で、1か月も大人しくしていろと言うのか。


「クソッ…し、仕事以外にすることがない…だと?」


ではこの暴力衝動をどこへ向けたらよいのか?


今や彼女は、他人に暴力を振るうことでしか、刺激を得られない異常者である。


しかしその暴力は、もはや人に向けるには巨大すぎる、『災い』なのだ。


「…そうか、そうすればいいんだ」


突如ハッとして、顔を上げる。


「…これは仕方ない、仕方ないことなんだ。


世界の平和を守るため、そのためには多少の犠牲も…」


そう呟いて、アニマは歩き始めた。


肚の内側でのたうつ、ドス黒い衝動を治めるために。














「趣味を作りたいィ?」


「そうそう!人殺しが趣味ってのは色々マズいもんがあんだろ?


シリアルキラーになっちまったらそれこそ元も子もねーしさ…」


アニマが向かったのは、アビゲイルの住む会議室であった。


毛布にくるまっているアビゲイルに対し、アニマは聞く。


「お前は人を殺したい時、どうやって、こう…気持ちを鎮めてる?


何か他の、趣味とかそういうの、ある?」


「し、趣味が欲しいだなんて、て、定年退職後のサラリーマンみたいですねぇ。


で、でも、こういう時頼ってもらえて、う、嬉しい、です」


そう言うアビゲイルの鼻先を、指で弾いた。


「へぶッ!?」


「いいから教えろよ!


それとも、そんなタイミングなんて無いのか?」


タラリと流れた鼻血をこすりつつ、にへらと笑った。


「ありますよぉ、私にも。


特に私は、恋愛としての殺しなので…」


「だったらよォ、その衝動をこう…うまく発散する方法ってのはねえのかよ?」


「いや、わ、私はスイーツバイキングとかありますけど。


アニマさんはそういうのお嫌いでしょう?」


「あー…そういうのしか無いかー…」


白い頭と黒い頭を突き合わせ、う~んと唸る。


しばらくして、アビゲイルがハッと顔を上げた。


「そうだ!色んな人に聞いてみるのはどうでしょう!?


私、友達を呼んでみます!」


「なるほど。まあいいんじゃねえの?」


それから、アビゲイルはスマホを手に取り、何か所か電話をかけた。


そうして呼び出されたのは、どこかで見たゴスロリの女。


この間会ったばかりの、レルムとかいう貴族。


そして全く知らない男の3人であった。


「…お前、まだこの島にいたのか」


「っス。明日には帰るっスけど!


用件は済んだんで」


ゴスロリの彼女は、キャスパーという名前だ。もう覚えたね?


死霊術師をしており、学園長に呼ばれて学園内の『とある問題』の解決に取り組んでいたはずだ。


「用件って、確か…」


『部外者による学園への侵入』を手助けをしている生徒の正体を探ること。


「え?もう片付いたの?」


「ええ、見つけたんで、処理したっス」


「ほら、私たちがハッカーと戦っていた時、ちょうど片付いたみたいで」


アビゲイルが補足する。


話によると、かなりの大騒動になったようで、市街地での戦闘もあったらしい。


「…そうか」


何たることだ。


余計な約束をして、一番面白そうな事件に参加し損ねるとは…!


「あっ、あの、皆さん来てくださってますから!


早速聞いてみましょうよ!ね?」


アニマの胸中を読み取ったアビゲイルが、話を進める。


「それよ。私はこやつが『来い』と言うから来てやっただけだ。


一体何の用なのだ?早くも私の顔が恋しくなったか?」


「殺すぞ。そうじゃねえよ、お前ら暇な時何してる?って話でな。


お前ら人殺しが、人を殺してない時、何をしてるか聞きたいんだ」


その率直な問いに、3人はそれぞれの思いを述べた。


「なるほどぉ、別にいいっスけど」


「帰っていいか?」


「その前に、自己紹介を…」


アニマは頷く。


「そうだな、お前ら言いにくい事もあるかもしれん。


だが、助けると思って正直な所を教えてくれ」


「だから、いいって言ってるじゃないっスか」


「私は今言ったぞ、正直に」


「あの、自己紹介を…」


手で制する。


「よ~しよし!やる気があって結構だ。


それじゃ1人ずつ頼むぞ、まずお前から!」


指名したのは、キャスパーである。


「…まあ、何するって言っても、せいぜい研究とか、ですかね?


ネクロマンシーはまだまだ発展途上の分野ですから」


死人を取り扱うという都合上、どの国でも研究は禁止されており、死霊術師=犯罪者という図式が現状である。


「研究かあ…ちょっとオレとは縁遠いかな」


魔導とはつまるところ学問であり、その道を究めるということは、この世の理を解き明かし、学び取っていく行為に他ならない。


アニマにそういう難しいことはできない。


何より面倒くさい。


「待て、そもそもだな…」


「よし、そこのアホ貴族、言ってみろ」


二番手はレルム。


「いいか、そもそもだぞ?


人殺ししかしない生活の方がおかしいんだからな?


普通の人間は人を殺すどころか暴力を振るうことさえも稀だし…」


アビゲイル、キャスパー、知らない人を順に指差す。


「貴様らとて、殺人は、1週間あるいは1か月に1度行うかどうかの珍しいイベントだろう?」


そして最後にアニマを指差す。


「貴様のように、人殺ししかしない奴なんていないんだよ!


結論!お前、頭おかしい!


はい解散!」


「どーん!!」


言い捨てて背を向けたレルムの後頭部に、アニマは飛び蹴りをかました。


「ぐおッ!?」


「はいはい質問!殺し屋とかは?


あれも『殺し』が生活の基盤だろ?」


蹴り飛ばされた所をさすりながら、唸るように呟く。


「…あれは仕事だ。私生活はまた別にあるだろう」


「おいおい、オレだって仕事さ!


でもまあ、生活との区別がついてないのは確かだな。


…結局、趣味どうこうで片付く問題じゃねえって事か…」


アニマの縮こまった背中を、レルムが強く激しく叩き、


「人殺しなど、どうせ日の当たる世界では生きられぬ身なのだ。弁えて楽しめ」


と、まるで自分の事は勘定に入れていなさそうなセリフを吐く。


だがアニマはしばらく、叩いたことも咎めずに、じっと一点を見つめていた。


その眼に思慮の輝きは無く、ただ嘲笑の影が漂うのみであった。


「…ふうん、そんなもんかね」


乾いたその呟きが、解散の合図となる。


キャスパーとレルムは退室し、その場には元の通り白い頭と黒い頭だけが残った。


白が1つ、黒が…2つ。


片方は当然アビゲイルだが…


「…あのう、自己紹介を…」


そう、知らない人がまだ残っていた。


「あれ?おじさん誰?」


短い黒髪、厚い胸板、精悍な双眸。なんと腰には刀を佩いている。


顔は皆さんの世界でいう、アジア系の顔立ちだが、どことなく渋みと風格がある。


「いや、某、これでも学生でして…


あっ、そ、某はアマツガルドより訪れたる留学生、諫早いさはや甚兵衛じんべえと申す。


以後お見知り置かれて御別懇に願いたい」


まともな人間なら、思わず居住まいを正したくなるような丁重さ。


しかしアビゲイルに呼ばれたという事は、彼も殺人者であるに違いないが…?


「おじさん部屋間違えてない?


ここに集められたのは、どうしようもないクズどもばかりだぜ」


その半ば自虐的な言葉に、男ははにかんだ。


「いえいえ!某も、下劣さで言えば負けず劣らずでして!


ああ、アビゲイル殿、どうかご紹介を…」


急に水を向けられたアビゲイルは動揺しつつも補足する。


「え?あ、そ、そうですね!


こちらの甚兵衛さんは、夜な夜な街に出ては刀の切れ味を試してらっしゃる、という事でお呼びした次第です」


そう紹介されて、男は一層恥ずかしげに破顔した。


「切れ味を試すってのは…」


「ははあ、妖刀が血を求めてしまって、やむなく!」


言っていることはガッツリ辻斬りなのだが、まるで『ペットの躾けが悪くて』とでも言うかの如き口ぶりなので、その違和感に戸惑う。


『この人ったら、いつもアタシのせいにすんのさ!


自分が殺したいだけのくせして、やんなっちゃうわよ、ンもう!』


「ん?おいたん何か言った?」


「あ、いや…」


男は慌てて腰のものを叩く。


「これ、昼間はじっとしておれ!人様の前でみっともない!」


『何がみっともないよォ、こんな時ばっかり世間体なんぞ気にしちゃってサ!』


男性の声、言葉は女、しかも虚空から響くような捉えどころの無さ。


「誰とお喋りしてんの?」


「いや、その…こいつが、たった今話に出た妖刀でして。


銘を、『昏病くらやみ』と申します」


『よろしくネ、お嬢ちゃん?』


妖刀『昏病』。


隕鉄を鍛え上げて作られたという刀身は、特有の虹光を放つ。


魔神の技術によって魂を宿し、異星よりもたらされた未知の病原体を隠し持つため、僅かな傷でも適切な処置をせねば死に至るという代物だ。


「へ~、色んなおもちゃがあるんだなァ」


アニマは、魔王討伐戦で会った、銀の腕を持つヤクザを思い出した。


アレもきっと、魔神の手によって造られたものだったのだろう。


「せ、せっかくですからアニマさん、彼にも聞いてみましょうよ!」


「そうだな。話は聞いてたろ?何かないか?」


ついでに聞いてみたまでだったが、意外にも男は自信ありげに頷いた。


「ありますぞ、とっておきの『あいであ』が」


〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.43【諫早甚兵衛】

『空間鎖国』中のアマツガルド帝国から来た、留学生。

剛毅木訥な外見の青年で、貴族と対立する武家の子息。

妖刀はオークションサイトで落とした。

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