第10話 whiff(6)
神から仕事をキャンセルされたアニマは、アビゲイルとの約束を果たそうとする。
因縁有る王族と、彼に雇われた魔導ハッカーの魔の手を掻い潜り、敵地に潜入した一行は、現地住民にトラウマを植え付けつつも、日帰りでちゃちゃっと討伐した。
脱出する時アニマは瓦礫に埋もれたが、まあ大したことではない。
さて、島に戻ったアニマたちにフォーカスを当てる前に、触れておかねばならないことがある。
スパイを送り込んだら全然帰ってこないガルーダ・スメラギと、彼女の関わる邪悪な同盟についてだ。
「あはは、あはははは!」
そう、自室で笑いこけるこの女こそは、ガルーダ・カルテルの女王、ガルーダ・スメラギその人である。
気まずそうに俯くのは配下の1人、スキンヘッドの男と並ぶ大幹部である。
「あの、スメラギ様…」
「ハゲを送り込んでからもう3日も経ってんだけどさ、てんで報告が届かねぇのよ!あはははは!」
とても、とても愉快そうに笑い、ひとしきり笑った後、調度品の壺を叩き割った。
「何してんだあのボケェ!!自分の部下のケツ拭きに行って、てめえまで行方不明になってたら世話ねぇよ!!」
「これぞまさに、『ミイラ取りがミイラになる』という奴ですね」
蹴った。
「痛い」
「呑気に言ってる場合がお前はァ!!
どうすんの!?これぜってー始末されてるって、2人まとめて!!」
そう、あの少年はともかくとして、島を出たはずのスキンヘッドの男とも連絡が取れなくなっていたのだった。
「あ~…じゃあアレだ、オレが行きましょうか?」
「お前行かせたらお前も行方不明になんだろが!!
なんとか連絡取れないの!?個人用の電話番号とかさあ!」
部下は首を傾げる。
「や、ちょっと…仕事場の人間関係プライベートに持ち込みたくないので」
「新卒かテメーはッ!!お前今年で35だろうが!!」
頭突きで額をかち割ってやろうと襟を掴んだ。
が、そこにドアを叩く音!
「ガルーダ様、霊拳会のツォン様がお越しです」
「ハァハァ…通して!」
「かしこまりました」
部下は『解放された』とばかりに生き生きと退室し、入れ違いで初老の男が入ってきた。
ガルーダ・カルテルの同盟者であり、先日の会議にも参加していたこの男を、皆さんは覚えておいでだろうか。
「おや、お取込み中でしたら日を改めましたのに。
よろしいのですか?」
ガルーダは憂いをかき消すように頭を振って、
「いいわよ!どうせ片付けようのない問題だったし。
…で、何の用?」
「ええ、それはですな…」
さて、ここでようやくアニマの視点に移るわけだが…
今彼女は、自分の部屋、すなわち廃教室で飯を食っていた。
「…」
この教室は、彼女が数多の殺しを行った場でもある。
血の匂いとは取りにくいもので、未だかすかに香って食欲を奪い去ることがある。
「くっせえな…」
舌打ちしながら、紙箱に詰め込まれている脂ぎった炒飯をかきこむ。
そしてプラ容器の卵スープで口内の油分を洗い流す。
詫びしい食事だが、味は美味いのが救いであった。
「へぁ…」
ため息と共に、自分のものかと疑うほど情けない声が出た。
ただでさえ、仕事が中途半端に終わって気分が悪いにもかかわらず、余計に惨めな気分になる。
(クソッ…仕事がなきゃオレは人も殺せないのか!)
当然ではある。
(だいたいオレは世界を救う救世主サマだぞ?
そのオレがどうしてこんな思いをしなきゃならねえんだ?)
本来なら転生直後に抱くはずの疑問だが、彼女の性格上、自分に対する関心がまるで無いため、先送りになっていたのだ。
だがここまで退屈だと、否が応にもその思考に辿り着いてしまう。
(…チッ)
紙箱にスープを流し込み、残った米と掻き混ぜて飲み下し、ゲップを吐く。
そして教室の隅に置かれたごみ袋を引っ張り出し、容器を捨てた。
そこで、妙なものを発見ずる。
「ああ?これは…」
「用、といっても大したことではなく…近況報告のようなものなんですが」
「だったら、メールか電話でいいじゃない。何でいちいち会いに来るのよ」
男は、その箒のような眉毛を八の字に下げ、
「だってほら、寂しいじゃないですか、1人でいると。
たまには他人とお喋りしないと、しなびて死んじゃうんですよ私」
ガルーダは気味悪げな視線を投げかけた。
「ガキみたいなこと言うじゃない、暗殺者作る学校の校長がさ」
ツォンの細い眼が円くなる。
「いえいえ!学校ではなく、塾が近いですね、イメージ的には。
それに、育てているのは暗殺者だけじゃありませんよ、他にも…殺し屋、刺客、アサシンなど多岐に渡ります」
「全部同じじゃないか!塾どころかほとんど専門学校だろ!」
ツォンは我が意を得たりとばかりに膝を打った。
「おお、専門学校!うまい例えですなぁ、前日から考えておられたので?」
「んなもん考えるかッ!…いいから続けなさいよ!」
ツォンの主宰する霊拳会は、表向き格闘技の団体を装っているが、その実多くの暗殺者を輩出する機関であった。
「おお、それでですね、『アルビノの女』が先日話題に出たでしょう?」
「…舵を切るのが急ね。確かに話題になったけれど」
「私、その人に刺客を送ったんですよ」
「あら、そうだったの。
…は?」
目の前の男は、その老顔に紳士的な笑みを浮かべていた。
ガルーダが怒りの鉄拳を叩き込むには、ちょうどいい的であるように思えた。
「…なんっでそう勝手な事をすんだよォ!!」
「おごっ!?」
拳は見事に鼻の頭に直撃した。
「手出しすんなっつったろボケッ!
やんならせめて一声掛けてからにしろよ!!」
「はは、でも言ったらやらせてくれなかったでしょう?」
「~ッ…!」
喉の奥からあふれ出しそうになる怒りを、無理に押さえつける。
「…で、結果は?」
「はは、片付けられてしまいました」
「でしょうね!!」
『アルビノの女』が敵対する存在かどうかをスパイしに行かせたのに、なぜわざわざ煽るような事をするのか!
ガルーダの目論見は、ここに来て完全に破綻した。
「でも、誰が送り込んだかまでは知らないはずです。
言わないように教育しましたから」
「んな事言ったって、土壇場に何をするか分からないのが人間でしょ!?」
「絶対に、大丈夫です。間違いなく」
言葉の中に満ちた自信は、指導者としてのそれと言うより、無垢な子供のものだった。
「根拠は無い…でしょ?」
「それはまあ、ええ、そうですな」
縊り殺してやろうかと思った。
「…で、一応聞いとくけど、どんな奴を送り込んだわけ?」
こうなっては仕方がない。
調査を一時中断して、この件から手を引き、布団を被って寝るしかない。
「ええ、脱サラして暗殺者になった男でして、誠実な仕事ぶりが売りなのです」
「アンタんとこはまた、変な奴ばっかり引き入れるわよね!
だいたい、誠実さが売りのアサシンってどうなのよ!」
すると、ツォンが一転して渋い顔になる。
「実際、それなりに出来る男だったのですよ?
彼ならやってくれると思っていたのですが…」
「そりゃ、アンタんとこで鍛えたんだったらそうでしょうけど…。
まあ、最も重要な点は明らかになったし、良しとしてやるわ」
頷く。
「その、『アルビノの女』が実在している、ということですね?」
「そう。世界各国で起き、『アルビノの女』の仕業だとされている殺人、そのどれが事実なのかは分からないけれど、噂の核となる『白い髪と赤い眼を持つ女』が実在していることは分かった。
今日の所は、それで満足しましょう」
その言葉を聞いて、ツォンは安堵の息を吐いた。
「なら良かった!
今日もう1人刺客を送り込んだのですが、それも良しということですな!」
ガルーダの瞳が凄まじい速度でツォンを捉えた。
「…」
立ち上がる。
「お、おや?どうされたので?」
その表情を見たツォンは、腰を抜かして椅子から滑り落ちた。
この顔と比べれば、般若の面も慈母の笑みだ。
「え?い、いや、今『良しとする』とおっしゃったじゃありませんか…」
「…良いわけねえだろうがこのボケェェエエエエッ!!」
「これは…」
アニマが発見したのは、『矢』であった。
今までゴミ袋に隠れて見えなかったが、壁に矢が突き刺さっていた。
紙きれが結びつけられている。
「おいおい、矢文とはまた古風だねェ」
読んでみる。
『拝啓から始めようと思ったのですが、名前が分からないので端折っていいですか?いいですね!
ええと、殺します。
なので、準備とか遺言とかしとくといいと思います。
お疲れ様でした。
刺客より』
「…」
文章の意図が分からない。
「でも『殺します』ってのは分かった!殺すんだな!」
それだけ分かれば充分である。
願わくばこの苛立ちを消してくれるほどの敵であればよいのだが…。
(でもこの感じ、なぁんか覚えがあるな。
…あの脱サラ暗殺者おじさんか?)
そう、あの男と似ている感じがする。
文章の端々に漂う残念感だ。
(そもそもなんでオレ狙われてんの…)
今みたいな暇している時はともかく、仕事中まで襲われたら面倒だ。
(多分同じ奴が送ってきたんだろうが…なんでだ?
恨みが残らないように、ちゃんと皆殺しにしてるのに!)
これはアビゲイルから受けたアドバイスで、先日レルムにも言われた。
曰く、『この世から人1人消すのは不可能だから証拠はあえて残していけ』とか。
『恨みを背負い込むと面倒だからできるだけ殺していけ』とか。
殺人鬼の先輩からのありがたい言葉なので、素直に聞くことにしている。
(ま、ひとつの学校の中に殺人鬼居過ぎだけどな…あれ?)
ふと気づいた事がある。
この予告状、日付が書いていない。
(これじゃ、いつ来るか分かんないじゃねーか!
…あッ、なんか透けてる。裏かな?)
ひっくり返すと、付近を表した地図が描かれていた。
この校舎のある森を抜けてすぐの所に、公園があるのだが、そこに印が付けられ『ココ!』と補足されている。
「こっちから行くのかよ!?」
そうらしい。
「命狙われてるって知ってて、行くとでも思ってんのか?
…まあ行くけども!」
だがアニマは、この矢文がいつ届いたものなのか気づいていなかった。
そう、日付が書かれていないからだ。
この後アニマが公園で発見したのは、光学迷彩で透明のまま冷たくなった刺客の亡骸であった。
「…ええ、はいはい。そうですか、残念です」
正座させられた初老の男が、通話を切った。
「で、何の電話?」
女がヒールで膝を踏みつけながら聞いた。
「刺客死んだって」
「お前も死ね!」
〈おわり〉
どうしようもない名鑑No.42【ウィンドガート・パースボトム】
殺す相手に決闘状を送りつけ、呼び出した所を光学迷彩で不意打ち
する、霊拳会出身の暗殺者。
数日間動かず待ち続けられる執念深さと、一度寝たら中々起きない
図太さが売り。
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