第9話 Target(4)
「…バカだね、オッサン」
廃教室を満たす血の匂い。
倒れている男は右の脇腹と左腕を失い、傷口には既に蝿がたかっていた。
「楽には死ねないって、言ったでしょうが」
男のどろりと濁った眼を覗き込む。
あの澄んだ殺意は、もう感じられない。
口の端には赤い泡が付着しており、絶叫するほどの痛みを味わいながら死んだ事が伺える。
「…」
脱サラした40歳の新人暗殺者が、アニマのような怪物に勝てる訳も無い。分かりきった事だった。
だが、勝てないにしても、あまりに無残な死であった。
死にゆく彼は、暗殺者としての死に様に満足したか、あるいは己が軽率さを悔いて逝ったか。
「満足したかよ、オッサン?
…そんな訳ねえよな、最後はあんなに『痛え』『痛え』って喚きながら死んだんだからよ!」
しかし、男の、安らかとはとても言えぬ死に顔の中にも、何か『やり遂げた』安堵が感じられたのは、そしてそれを羨む自分がいるのは、ただの気のせいだろうか。
「…チッ!風呂に入ったばかりなのに、こんなに汚しちまって!
床も汚れて、ひでえ匂いだ!こんなとこで寝られるかっての!」
その感傷を振り捨て、死体を片付けようとした時、入口の扉が開いた。
「!」
そこに立つのは、ブロンド巻き毛の女。情報屋イライザ・アルゴス。
情報を流した事が後で知れたらマズいので、先に白状しにきた訳だ。
…訳なのだが。
「どうした?用があんなら、入ってこいよ」
「…」
イライザが見たのは、両手を血に染め、惨殺体を抱えたアニマ。
「…あ、コレか?コレはその…誤解、ではないんだが」
「ごめんあそばせッ!」
扉を閉め、凄まじい勢いで去っていったイライザの影を、ただ見つめるアニマ。
「…言い訳しようがないな、今のは」
無感情に呟いた。
「え?入部希望?」
「は、はい!新聞に、興味があって…」
1人の少年が、新聞部の部室で、男と会話している。
「そしたら、ほれ。そこの紙持ってって、必要事項全部書いたら…
あっ、ゾーイちゃん!この子転校生で、ウチに入部したいんだと!
案内してやってくれんね?」
通りがかった少女に声をかける。
この新聞部の部員、ゾーイ・ゼパルである。
「この娘は、あれだ、学園長の孫やけん、この学園の事はよう知っとーとよ」
「ええ、まあ。で、ウチに入部したいんですね?」
「は、はい!黒崎といいます」
少年は緊張した様子で肩を強張らせている。
(フッフッフ…この学園で調査するなら、情報の集まる新聞部に入るのは定石!
あれこれ探り回っても怪しまれないし、一石二鳥ですね!)
部員の男が、付け加える。
「ま、新入部員やし最初の内はこき使われると思うばってん、頑張って!」
「は、はい!」
他の部員についてあちこちを回れば、それだけで色々な情報を得られる。
その次に、女の尾行。居場所は分かっているのだから、焦らず進めればよい。
…そして、もし脅威になりうると判断した場合は…。
「では、行きましょうか」
「あ、はい!早速仕事ですね!」
「ええ。ここから遠く26000㎞離れた国、エイドス。
そこには古代人の遺した黄金神殿があるといいます。
その真偽を、私と一緒に調べに行くのです!」
「…?」
何を言っているのか、分からなかった。
「こ、国外ですか…?ていうかそれ新聞部の仕事!?」
「ええ、オカルトはやっぱり手堅いコンテンツですからね!
密入国してでも調べに行きたい所です」
「取材方法が全然手堅くないんですけど!?」
「密入国は2回目ですから大丈夫ですよ~♪」
各校舎の新聞部は、それぞれ多様な校内誌を発行している。
その中でもとりわけ人気なのが、オカルト誌・月刊『モー』であった。
「さあ、荷物の準備をしたら、午後の11時に南湾にきてください!」
「今日行くんですか!?」
まずいことになった。これでは、わざわざこの島に来た意味が…。
『俺様としちゃあよ、もっと派手にやりたかったんだが…』
「充分よ。あまり死に過ぎても、演出過剰ってものでしょ?」
麻薬カルテルのボス、ガルーダ。
電話相手は、会議にも来ていた異形の魔神、アーリマンだ。
『そうかい。それならまた、祭りがあったら呼んでくれや』
「ええ、それじゃあ」
通話を切り、椅子に腰かける。
ここはカルテルの本拠地、彼女の私室なのだ。
彼女は音も無く入室してきた部下を一瞥し、言った。
「で、学園に送ったスパイからの報告は?
早くしてよ、場合によっては女を始末しなきゃいけないんだから」
アマツガルド帝国のとある地方都市。
まるで豪農の家のような大屋敷だが、誰が住んでるのか分かっているため、近隣住民は1人として近づかない。
「ただの都市伝説にしては、妙に説得力があるのよねぇ。『アルビノの女』。
何にせよ、気を付けるに越したことはないもの。
1つくらい情報、あるんでしょ?」
ガルーダが調度品の招き猫を撫でながら言うと、部下の男はバツが悪そうに返す。
「いや~、それが、3日も連絡つかなくて…」
「は?なんでよ」
「…ト、トイレですかね?」
キレた。
「んな長えクソがどこにあんだよ!!」
「そりゃもう、文字通り『長いクソ』してんのかも…」
「3日もかかる1本グソなんかあるかッ!人間の限界とっくに超えてんだろーが!」
「ガルーダ様にアイツの何が分かるんすか!アイツはオレの直属の部下です!
アイツの可能性を信じてやれるのは、オレ以外にいないでしょうが!」
「何の可能性だよ!!肛門か!?アイツの肛門か!?
…もういいわ、役立たずね。次の子を送り込むとしましょう!」
部下が一瞬、眼をギラつかせた。
「…何かしら、その眼は」
「部下を見捨てるおつもりですか!
アイツは今も何らかのピンチに陥ってるかもしれないってのに!」
ガルーダはうんざりした顔つきで、
「相変わらず、青臭いのねぇ、アンタ。
全く、よくここまで私についてきたものね」
「…何と言われようとも、部下を見捨てる上司にはなりたくありません」
男は、カルテルにおいて『武力』を支配する地位にあった。
ガルーダがかつて乗っ取ったヤクザ組織の幹部であり、20年来の付き合いである。
当然、男の反論も見越していた。
「じゃ、どうするの?」
「会いに行きます。アイツに。
…届けてやらねえといけないものも、ありますしね」
男はそう言って背を向けた。
その手に、トイレットペーパーを持って。
「…って結局クソじゃねえか!!」
男の後頭部に、招き猫を投げつけた。
「痛って!何するんですか!」
「…もういいわよ!そんなに気になるなら、行ってきなさい!」
「あ、いいんすか?やったー!」
ただし、と付け加える。
「アンタまで音信不通になったら許さないからね!」
男は、大きく頷いた。
「当然です。オレの戻ってくる場所は、ここ以外にありませんから。
…イヤッホオオオオウ!!女子高生だァァァァッ!!」
ドアを蹴破って退室する男の背を見つめながら、ガルーダはため息をついて、
「…アイツマジで…」
頭を抱えた。
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.36【スキンヘッド男】
麻薬カルテル、通称『ガルーダ・カルテル』の幹部。
かつてカルテルによって潰されたヤクザ組織の幹部であったが、引き抜かれてカルテルに入った。
今回は、スパイという立場を利用して、女子高生の青いケツをたっぷり拝むつもりでいる。
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