第9話 Target (1)

ガルーダ・スメラギ様は、アマツガルド帝国に本拠地を置く、一大麻薬カルテルのボスです。


自分はそのガルーダ様の下で働いています。仕事ですか?


ええと…色々やらされますが、今は…。


「黒崎くん!ちょっといいかな、転校の手続きのことなんだけど…」


おや、呼ばれてしまいました。


「はい、今行きます!」


職員室に、すたこらさっさと向かいます。


…ええ、お察しの通り、自分は転校生として、とある学園に潜入しています。


本来であれば、正式な手続き無しに潜入するはずだったのですが、手荒な潜入に長けた方がちょうど出払っており、自分のような下っ端にお鉢が回ってきたわけです。


自分は学が無いので、勉強というものが上手くできるか心配ですが、それ以上に心配なのは、ターゲットとなる『アルビノの女』という人物です。


どうやら、あのガヤルドを追い詰めたらしいのです。


私は、ガヤルドという方を噂でしか知らないのですが、これが滅法強いとのこと。


そのガヤルドを追い詰めたのですから、それはそれは強いのでしょう。


そもそも、そんな危険人物がなぜ教育機関にいるのでしょう?


まあ、その辺りのことも含めて、よく調べて行きたいものです。


「…黒崎くん?どうしたの、ボーっとして」


おっと、いけませんね。集中集中!


「はい、ええと、大丈夫です!ただ、手続きのアレコレで疲れてしまって…」


嘘ではありませんよ、本当です。


「安心して、手続きはこれで終了だから。もう行っていいわよ」


「そうですか。では、これで」


自分は職員室を出て、教室に行こうと思いました。ですが、その時!


「あなた、ちょっとよろしくて?」


クルクルした金髪です。お嬢様なのです!取り巻きもいます。


自分は少女漫画の世界に迷い込んでしまったのでしょうか?


「あなた、転校生でしょ?」


「はい、そうですが…」


「困ったものねぇ、世間知らずは。


この校舎に来た転校生は皆、まず私に挨拶するのよ!いいこと?」


「そ、そうなのですか?」


どうして貴族の方というのはこうも高慢なのでしょう?


任務でなければ殺している所です。


「あなたたち、ちょっと外しなさい」


お嬢様がそう言うと、取り巻きがサッといなくなりました。


その動きがあまりにも見事なので、思わずビックリしてしまいます。


「あの、いったい何を…?」


「お黙りなさい!いいから、こっちへ」


そう言って、自分を空き教室に引っ張り込みます。






「ええ!?あなたがあの、伝説の情報屋なんですか!?」


イライザは、慌てて転校生の口を塞ぐ。


「声が大きいですわ!


…で?あなたがガルーダ・カルテルの方ですの?」


「ああ、はい!黒崎と申します。偽名ですけどね!」


「…そういうこと、組織の人間以外にバラしていいの?」


「あっ…すいません、安心して、つい!」


イライザの目が細くなる。


「…まあいいわ。あなたのボスからは、かなりまとまった金額を頂いてるしね。


それなりに便宜は図ってあげる」


彼女としては、学園が破綻しないギリギリのラインまで、自分の利益を追求したい所だ。


「そ、そうですか!それは頼もしい!


では早速、お聞きしたい情報が…」


「ホントに早速ですわね!


…よろしくてよ、いったい何をお知りになりたいのかしら?」


全ては金次第、イライザの損得勘定の許す限り、学園に留まらず、全世界のありとあらゆる情報を手に入れることができるのだ。


「この学園にいるという、『アルビノの女』のことなのですが…」


「はいストップッ!!」


ただし、『その話』以外でだ。


「その話は…ちょっと、やめようか」


「え?なんでですかぁ!?むしろ主題ですよ!ボスから聞いてません?」


そのために、彼女にはかなりの金を払ったはずだ。


「あなたのボスにも言ったけれど、あの娘に関わるのはやめておきなさい」


やけに緊迫した口調でそう言うイライザ。


「あ、あの娘って…まるでお知り合いみたいな口ぶりですね?」


「ん?ああ、いや…知り合いっていうか…」


明らかに嫌そうな表情になる。


「正直、怖いのよ。情けない話だけれど。


調べれば調べるほど、深い闇に引きずり込まれていくみたい…。


だいたい、まるで突然この世界に現れたみたいに、過去がまっさらなのよ?


そんなことってありえる!?」


ありえるのだが、常識で考えたら到底思いつくことではない。


別の世界から、やってきたなど。


「そ、そんな恐ろしい人物が、なんでここに?ここは教育機関ですよ?」


「学園長が連れてきたみたい。理由は調べがついてないけど」


その言葉を、怪訝そうに聞く黒崎。


「…さっきから、『分からない』とか『調べがついてない』とか…。


じゃあ逆に、何が分かるんですかっ!」


「ごめんなさいねぇ、無力な私で」


『魔王の復活』という隠された事件に関わりがあるということまでは調査できたが、そのことを黒崎に教えてやる必要はない。


「自分はですね、その『アルビノの女』について調べて、ボスに危険が及ぶかどうか確かめる必要があるんです!」


「ええ、分かってるわ。


今、裏社会でまことしやかに囁かれている都市伝説『アルビノの女』。


闇の大物たちを次々に殺しているとかいう噂が本当かどうか確かめたい。


…ってのが、あなたのボスからの依頼よ」


平然と言うイライザ。


「そうです!そのためにお金も貰いましたよね?」


「ええ頂いたわ。50万ルーメルほど」


さらっと言うが、約100万円である。


「ですよね!なのに情報も出さずに『関わるな』ってどういうことですか!?」


お怒りはごもっとも、というように頷くイライザ。


「だ・か・ら。私があなたにあげられる情報はたった1つ」


「1つって…!たった1つの情報に、50万ルーメルの価値なんか…」


「あの娘の居場所よ」


「そんな情報…ほえ!?」


『アルビノの女』の居場所。核心も核心、いきなりゴールだ。


「いやっ、でも…いいんですか?」


「ええ。あなた自身が会って、確かめてくるといいわ」


懐から紙を取り出すと、黒崎の手に握らせる。


「えっ、紙媒体なんですか!?


他にもっとあったでしょ、USBとか…」


手を握る力が強くなる。


「痛っ…」


「…忠告はしたわよ。いいわね?」


イライザは物凄さまじい目つきで睨み、そのまま背を向けた。


「ちょっ…まだ話は…!」


それ以上の呼びかけには一切答えず、教室を出て行く。


(…そんなに恐ろしい人なのか)


メモを握る少年の手は、知らず汗ばんでいた。


ちょうどその時、廊下を足早に歩きつつ、イライザは思う。


(私が情報を流したって知ったら、あの娘怒るかしら?


…怖いわね)


イライザがこれほどまでにアニマを恐れているのには、理由があった。


先日の、エルランデル侯爵一家殺人事件のことだ。


ギャングのアレバロが怪しいという話をすると、アニマはすぐ飛び出していった。


その時は『まさか』と思っていたが、数か月後、果たしてアレバロたちは殺されていた。


帰ってきたアニマに話を聞くと、『神さまにやれと言われたからやった。それが仕事だ』と言った。


その言葉を聞いた時の、イライザの戦慄は筆舌に尽くしがたい。


(…いや、『神の声が聞こえる』って妄想自体はありふれたものよ)


だが、その妄想を実行できるだけの力がある、というのが恐ろしいのだ。


(この学園はどの国にも属さない地。警察の目も届きにくい。


それを計算に入れて潜伏しているというのなら、頭も切れる!)


桁外れに強く、なおかつ頭も良い狂人など、質が悪いことこの上ない。


(過去が無いってことは、失うものも無いってこと。…末恐ろしいわね)


もちろん、読者の皆さんもご存知の通り、この評価には多大な誤解がある。


だがその誤解を、この世界の誰が正せようか?


(それにしてもガルーダさん…組織のボスともなると、色々と気苦労も多いらしいですわ。


たかが都市伝説1つにビクつかなきゃならないなんて…。


ま、この場合は事実なのだけれど)


もしあのガルーダの部下が殺されたとしたら、ガルーダは怒るだろうか?


(…ありえませんわね。


むしろ面白がってどんどん部下を送り込んでくるかも)


流石にこれ以上関わるのはマズいか。


(いい商売相手だったけれど、ここらで切った方がいいかしらね)


イライザの思考は既に、損切りに移っていた。










廃校舎の教室で、1人の女が天井を見つめていた。


「…」


退屈だった。


『あの日』から、何をしてもいまいち気分が乗らないのだ。


自分がいかに下等な人間であるか気づいた、あの日。


(何事も気持ちの持ちようだねえ。


自分でも驚きだ。ここまで変わるとは…)


それは、大した発見ではなく、『ふと気づいた』という程度の感覚だった。


にも関わらず、その事実は呪いめいて心にへばりついている。


(そういや、2週間も飯食ってないなあ。


…まあ、いいか。死んでないし)


最近こういう事が増えた。


前々から自分にも他人にも興味を持たない性格だったが、このところの彼女は特にひどい。


結局あの日から風呂にも入ってないし、飯も食べていない。


それでも十全に『仕事』はこなせている。


(つまり、風呂も飯も必要ねえってこった。


全部無駄なんだ。何もかも)


有り体に言ってしまえば、『自暴自棄』なのだろう。


だがそれは、魂がある限り永久に続くのだ。


彼女は自分自身を、永遠に否定しつづける。


(…早く電話こないかなぁ。


誰でもいいから殺したいよ)


人殺しへの抵抗感が無くなってから、『仕事』はほとんど娯楽と同じだった。


退屈な生を潤す、一服の清涼剤である。


(…うっ、催してきたな)


まぁ、退屈とはいえ、便意だけは湧いてくる。


(飯食ってないんだけどな…何を排泄するんだ…?)


流石に、トイレには行かねばならぬ。


窓際から入口まで歩いていき、扉に手をかけた瞬間。


(お…?)


その扉は、外から開いた。


「アニマさん、ど、どうも…」


「ああ、お前か…」


そこにいたのは、陰気な風貌の少女であった。


〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.33【黒崎】

偽名で学園に潜入した、ガルーダ・カルテルのスパイ。

若くして組織に入り、もっぱら末端の伝令として活動していたが、この度重大な任務を背負って送り込まれた。

大人しそうな少年だが、性根は狂暴なチンピラで、カッとなって母親を半殺しにした事がある。

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