第8話 Family(中)

「失礼します」


「どうぞ、お入りください」


奥ゆかしくも礼儀正しいやり取りだが、その声は互いに殺気に満ちていた。


「秩序維持部門に所属しております、月読と申します」


「ほお!そんなお方が何故俺のような管理人風情に」


「管理人などと!あなたはこの校舎の平和を守る大事な役目をお持ちのはず」


この校舎において生徒会を取りまとめているのが、この男なのだ。


「いえいえ、大した役目ではありませんよ」


「まあ、そうでしょうね。あなたにとっては大した役目ではない。


だから恥ずかしげもなく貴族どもに買収されたんでしょう?」


男の眼つきが鋭くなる。


「ええと、月読さん?それはどういう…」


「弁解がありますか?あるなら10秒差し上げますが」


何たる問答無用!生徒会は裏切り者を許さぬ!過去数百人、生徒会に背信行為を行った者が消息不明になっている!


「いや、あの…」


男は困ったように室内を行ったり来たりしている。


「10、9…」


月読がカウントを始める。


「あの、ちょっと、話を…」


「8、7…」


恐怖!話が通じない!


「…チッ、噂の通り、上層部は融通が利かないらしい!」


「全ては生徒のためです。あなたは拘束させてもらう」


互いに距離を取りつつ、ぐるぐると回る。


(…どちらにせよ、俺が負けることは無い。


厄介なのは死体の片づけ方とか、言い訳とか…考えるだけでも面倒だ)


男は、極めて特異な魔法を持っていた。それは、『見えざる力』を操る魔法。早い話が、『サイコキネシス』に近いものだ。出力はさほどでもないが、対象の周囲に力場を発生させるため、壁やバリアなどの物理・魔法防御が通用しない。まさに『初見殺し』の能力であった。


(ま、そんなこと考えるのは後だな。まずは女の首を折る!)


男が手をかざす。月読の首に30㎏の圧力が瞬時にかかる!


「…うぐ。この、エネルギーは…!?」








タケルが廊下をほっつき歩いていると、眼の前の部屋から女が出てきた。


「おお、月読!仕事終わったみたいだな」


「…タケル!まさか待ってたのか?


私はこれから統括に報告しにいかねばならんのだ、1人で帰れよ!」


女の背には、男が負われていた。


「そいつ、ひょっとして…」


「ああ、裏切り者だ。…死んではおらんぞ!気絶させただけだ。地下の収容施設で反省してもらわないとな!」


「お、おう…そうだな」


この学園の地下には、密かに建造された収容施設がある。生徒会を裏切り、あるいは転覆させようと目論んだ愚か者は、皆ここに入れられるのである。このことは、ほとんどの生徒はもちろん、学園長でさえも知らぬ。


「そいつ重いだろ?手伝うよ」


「いいから1人で帰れ!私なら大丈夫だ」


2人は幼馴染であり、誰がどう見ても『そういう』関係であった。否定しているのは、本人たちばかりである。


「ほれほれ!気が緩んでるぞ!」


「ちょっ、やめんか!どこ触って…!」


背筋にゾゾッと来る青春模様だ。気絶した男を背負いながらの出来事である。


「…そう言やあ、あのガキ今どうしてるかな」


「あのガキ?ああ、お前が追い返した貴族か?


エルランデル侯爵の息子だな。あれは、ろくでもない小僧だ。相当ワガママやってきたみたいだからな」


「何で貴族ってのは偉そうな奴が多いんだろうな?」


月読は首を振った。男を背負いながら。


「いや、今時はああいう奴の方が少ないよ。貴族でも基本的には良い奴が多い。あの手の偉そうな奴に限って無能が多いのさ」


「無能ってのはまた、キツい言い方だなあ」


「いや、本当さ。あやつ、全く魔法が使えぬらしいからな」


それを聞いて、タケルはたまげた。


「マジ?俺と一緒じゃねえか!」


この男、タケルもまた、魔法が使えなかった。子供の頃はそれでバカにされたこともあったが、ある時心に深い傷を負い、魔法を扱う才能に目覚めた。


以来、彼は恐るべき魔導士として学園内外に名を轟かせている。


「お前とは違う!苦しんできたお前と、のうのうと貴族の地位にあぐらをかいてきた奴が、一緒であるはずもない」


「そう言ってくれると嬉しいけどよ…やっぱり同情しちまうなあ」


さて、皆さんもあの貴族少年について気になってきた頃ではないか?よろしい。では、少年の方を見てみよう。








(全く、腹立たしい!何様だ、平民風情が!)


少年の胸中には、憎悪が渦巻いていた。


終業の時間までその事だけを考え続け、授業も手につかなかった。


(ボクは貴族だぞ!何であんな奴に…!)


貴族である彼は『何もかも思い通りにしてきた』と思われがちだが、彼から言わせれば、思い通りになったことなど人生で一度も無かった。


(親ではなく自分を誇れ、だと?ボクはお前とは違う!)


彼には魔法の才能が無かった。身体も割と弱い方であった。幼い頃はあれこれ努力し、大成した自分を夢想していたものだが、いつしか気づいた。


(ボクは主人公にはなれない)


この学園に入り、天才たちを目の当たりして、『物語なら、こういう奴らが主人公になるんだろうな』と感じていた。貴族だから恵まれた生活を送ってきたし、悲しい過去とかも無い。目指すべきものもなければ、逃げるべき追っ手もいない。


(…分かっているさ。ボクは精々、『イヤミな貴族』って所か?)


理解してはいたのだ。だが、結局そういうキャラでいるのが楽で、『本当はそんなに嫌な奴じゃあないんだぜ』などと未練がましく思いながら、平民を罵ってきた。


(だが、ボクは貴族さ!偉いのは本当だ!)


誰が聞くわけでもない言い訳を、心の中でグチグチと。


(それに、父上はホントにすごいんだし!)


そんな惨めな少年が唯一誇れるものが、『親』であった。エルランデル侯爵というのは誰でも知っているし、偉いし、すごい。


もっとも、その父上は彼を相手にしてくれた事など無い。母親も、貴族らしく優雅にくつろいでいるだけで、育てたのは平民の召使いたちだ。


…と、ここで着信音。


「あ、着信。…父上っ!?」


これは極めて珍しい現象だ。彼には取り巻き以外に話す人間などいないし、なおかつ父親が直接かけてくるなど、今まで1度も無かったことなのだ。


「ち、父上!ど、どうしたの?ボク…」


『レオナルドか、早く帰ってこい!…話がある』


やけに深刻な声。恐らく、あまり良い話ではないだろう。だがそれでも、父親に名前を呼んでもらえたことが、今日の屈辱を忘れ去るほどに嬉しかった。


「う、うん!すぐ行くよ!」


この島には学生寮があるが、『イヤミな貴族』である彼が使うわけにもいかない。島外の邸宅へ帰るため、迎えの待つ場所へと急いだ。












「聞いたかよ?あのエルランデル侯爵が殺されたとか…」


「おうおう、テレビでやってたなあ。ビックリしたわ。…あれ、息子ってこの学園にいなかったっけ?」


生徒たちはざわついていた。かの有名なるエルランデル侯爵が殺されるとは!騒ぎになるのも無理はない。


「その息子もさ、なんか行方不明になったらしいぞ」


「マジ?攫われたとか?」


「さあ…奥さんも従者の人も殺されたのに、息子だけいなかったんだと」


タレントめいて多くのテレビに出演し、広く知られていた彼が死んだことは、全世界を震撼させた。それも他殺で、なおかつ稀に見る惨殺事件なのだ。


「…でさ、この話について詳しいことが分からないかな?」


「さあ?興味がありませんので」


ここにも2人、事件について話す者たちがいる。かたや波打つ長い金髪を垂らした女。かたや白い髪と赤い眼を持つ女だ。


「そんなこと言わずに。ねぇ?いいでしょ?」


「…」


アルビノの女は親しげな口調で言うが、その瞳からは一切の感情を感じられない。


「…まあ、少しなら」


「そう来なくっちゃ!」


あれだけ探し求め、奇跡的な邂逅を果たしたイライザとアニマであったが、イライザは早くも出会ったことを後悔していた。


(行状は少し調べればすぐ分かるくらい派手なのに、生まれや過去を知ろうとすると、途端に行き詰まる。不気味すぎる…)


イライザは、アニマをちらりと見た。


容姿は極めて特異。しかも『神の使い』を名乗って殺人を繰り返す狂いっぷりを見れば、目立たぬはずはないのに、今の今まで誰にも知られずにいたなど、どう考えても不自然だ。


「ねえ、早く教えてよ」


「お、教えて差し上げますから、その代わりに私からも質問させてください」


アニマは不思議そうに、首を傾げる。


「世界一の情報屋にも分からないことに、どうしてオレが答えられる?」


「あなた自身のことについてですわ」


困惑したような曖昧な笑顔で答える。


「おう?まあ、答えられる範囲でな!」


「それは何よりです。では、事件について説明いたしますわ」


事件は、昨日の翌朝発覚した。その日は大雨で、雨宿りさせてもらおうとした旅人が、屋敷の警備の死体を発見し通報。憲兵たちが中に入ると、侯爵や婦人、従者に至るまで、その屋敷に住む全員が首を折られて死んでいたという。


「首を?折られて?…自分で言うこっちゃないけど、そんな殺し方オレぐらいしか出来ねえんじゃねえの?」


「まあ確かに、妙な殺し方ではあります。よほどの怪力だったんでしょうね」


更に妙なことには、その家の一人息子であるレオナルドの行方だけが不明だったという。


「うわッ、怪しいこと限りなしじゃねえか!」


「ところがです。彼はウチの学園の生徒だったので、情報はいっぱい集まりましたけど…怪力どころか運動は全然ダメ、魔法も使えなかったそうです」


「ううん、ミステリーじみてきたなあ」


ガーティアの憲兵騎士団は、シリアルキラーの犯行と見て調査を進めているが…


「お前個人は、犯人に心当たりとかねえのか?」


イライザは、首をひねって唸りつつ、


「いや、ぼんやりと『そうじゃないかな』ってだけで、何の証拠も…」


「おお!聞かせてくれよ、世界一の情報屋の見解ってやつをさ!」


「…ただの思い付きですから、あしからず」


イライザの心当たりは、侯爵の本業である金貸しであった。


彼は内戦中の某国政府軍に資金提供を行っていたという。もちろん極秘にだ。


そのおかげもあって政府軍は革命軍を鎮圧し、内戦に勝利したのだが…問題はここからだ。


その革命軍に、とあるギャングのボスの弟が参加していたのである。


キレたボスは、弟の仇を取るため、政府軍とそれに加担した人物を殺害し始めた。


ある日は政府高官を、またある日は武器を売った商人を殺した。


「じゃあそのギャングのボスがめっちゃ怪しいじゃねえか!」


「ええ。政府軍に金を出した侯爵は、立派に『弟の仇』でしょうから」


「で?そのギャングの名は?」


「…『エル・ノーチェ』のボスで、名前は…確かアレバロと言ったかしら」


その名を聞いた瞬間、アニマは目を見開いた。


「あの、何かご存知で?」


「え?…あ、いや。ご存知っつーか…」


アニマが面食らうのも無理はない。そのアレバロという男、次のターゲットなのである。


「思わぬ所でぶつかったもんだ」


そう言って笑ったアニマの横顔は、獣のようだった。それもそのはず、アニマはここ1週間ほどアレバロについての情報を得られず、やきもきしていたのだ。


「まさか、アレバロを殺す気ですの?」


「…もしそいつが死んだら、アンタの情報網に引っかかるだろ?」


「そ、そりゃ、割と大きなギャングのボスですから…」


「だったら報せが届くのを楽しみにしてな!」


そう言うなり、アニマは風のようにしめやかに去った。イライザはその後もしばらく茫然と立ち尽くしていたが、急にハッとして、


「…しまった!質問しそこねましたわ!」


と呟いた。しかし、心は依然置き去りのまま、アニマの異常さに慄いていた。


〈つづく〉

どうしようもない名鑑No.30【トルデリーゼ・ドゥーデンヘッファー】

生徒会秩序維持部門の統括。3年生なのに、学園に10年いるらしい。

でも18歳なのでダブりではないらしい。

ということは生徒会長より長くいるということになるが…?


どうしようもない名鑑No.31【月読】

ちゃんとした名前はあるが、『月読』という名を統括から授かって以来、

嬉しさのあまり場所を選ばず使っていたため、もう誰も本名を覚えていない。

アマツガルド帝国出身だが、それを誰にも言っていない。でもバレている。

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