第8話 Family(上)
「おい、ここはボクが座ろうと思っていたんだぞ!」
ゼパル学園内、第1食堂に声が響く。
片方は尊大な口調の少年、もう片方はいかにも気の弱そうな生徒だ。
「へっ?で、でも、いつもと違う…」
「うるさいなぁ、平民は黙ってボクに席を譲ればいいんだよ!」
尊大な少年は、体格の良い取り巻きに命じて、気弱な生徒を無理やりどかせた。
「あ、す、すみません」
ペコペコと謝って逃げ去る生徒をしり目に、少年は悠然と食事を始めた。
周りの生徒は、何も言わない。生徒会によって秩序が維持されているはずの学園内で、何故これほどの無法が許されているのか?
簡単なことだ。平民と貴族に格差が無いのは、あくまでこの学園内のみ。
一歩外に出れば、そこは依然貴族による支配が横行する世界。
無論、法的には身分の差別は許されないが、元々金持ちな分、貴族の方が力を持っているのは当然のこと。
この尊大な少年もまた、その権力に笠を着てやりたい放題しているのであった。
「…やっぱりあんなドブネズミの座った席で食事するのは気分が悪い!席を変えるぞ!」
「へい」
何という無茶苦茶!周囲の生徒も顔をしかめるが、それだけ!誰も注意などしないし、出来ない!学園の標榜する『平等』の現実が、これだ。
「よお、アンタ。ここ、座ってもいいかい?」
「何だと?」
不意に話しかけられ、振り向く少年。そこには同い年であろう生徒。
「…ダメだ」
「ん?だって、この席から移動するんだろ?」
「そうだ。だがお前は平民だろ?食うなら床にしろ」
少年はそう言って、笑う。無理難題を押し付けて苦しむ平民の姿を楽しむ、伝統的な貴族の遊びだ。
「んん?話が見えてこないな。何でわざわざ床で?」
「…分からない奴だな。お前は平民なんだから、床で充分だよな?」
相手の生徒はますます困惑して、
「…だから、何で、平民だと床なんだ?」
少年の苛立ちは急激にMAX!
「あのさあ、バカのふりしてんの?
それとも本当にドブネズミ並の知能しかないのかな?」
少年は相手の額を叩く。相手はやめさせようと手を伸ばすが、取り巻きが腕を掴む。
「坊ちゃんに触れるんじゃねえよ」
「お前こそ、オレに触れるんじゃねえ。
こんなクソガキに、ヘコヘコ媚びへつらってるゴミがよォ」
少年の顔が怒りに赤らむ。そして取り巻きに合図した。
「もういいや。こいつやっちゃって」
「へい!…おいテメェ、覚悟はできてんなァ」
辺りがざわつく。やばいぞ、という雰囲気だ。
「覚悟ってのは?お前らが死ぬ覚悟か?」
突然の頭突き!取り巻きが倒れる!
「お、お前…」
「ダメだろ、そういうの。分かんないのか?」
少年が慌てふためいて後ずさる。
「な、何をしている!起きんかッ!」
取り巻きは頭を振りつつ立ち上がった。
「す、すいやせん!…この野郎ッ!」
逆上した取り巻きが攻撃してくる!意外にも鋭いパンチ!
「おおっ、結構いいパンチを…するねぇ」
相手は軽やかに躱す。
「そんな強いのに何でそいつの言うこと聞いてんだ?」
「い、いやあ…」
「照れるなッ!いいから倒せ!」
取り巻きはハッとして再び攻撃。しかし当たらぬ。
「クソッ、何で当たらねえんだよ!」
「当てる気が無いからじゃない?」
「な、何だとォ?」
戸惑う取り巻きの足元に滑り込み、コケさせる!
「うおッ…」
「隙あり過ぎ」
倒れた取り巻きの下腹部、膀胱に軽くパンチ!後遺症は無くとも、痛みは壮絶。
「うごおおおああああッ!!」
取り巻き沈黙!何と鮮やかな鎮圧術か!
「お、おい!何を寝ておる!起きんか!」
「ムチャ言うなよ。しばらくは起き上がれないぜ」
じりじりと後ずさる少年。
「く…来るなよ!ボクに手を出したら、父上が黙ってないぞ!」
「お前のパパの事なんて知らねえよ。親じゃなくて自分を誇れ、自分を!」
「う…ボ、ボクの父上はな、ガーティアのエルランデル侯爵だぞ!」
相手の生徒は目を丸くした。それもそのはず、ガーティア王国のエルランデル侯爵と言えば、凄まじい財力の持ち主で、金貸しまでやっている!いかにも偉そうな貴族的態度が視聴者に受け、テレビにもちょくちょく出ているのである。
「あ、思ったより有名人だったわ。その人知ってる…」
「そ、そうだろうが!ただじゃ済まないからな!」
首を傾げてう~んと唸る。
「…確かに、ただじゃ済まなそうだなぁ…」
「そ、そうだ!いいのか!?」
「…では、こうしよう。これから食堂でワガママを言わないこと!それだけ守ってくれればいい。どうだ?」
大胆な提案!普段の少年なら一蹴しているだろうが、現実として取り巻きはやられている。ここらが落とし所だろう。
「…まぁ、よいわ。そういう事にしておいてやる!」
忌々しげにそう言い、少年は踵を返して場を去った。
「ふぅ。あんな典型的なのがまだいるのか!君らも大変だなあ」
その生徒が周りに呼びかけると、彼らは気まずそうに目をそらした。ここでうかつに喜べば、あの貴族に目を付けられるからだ。
「じゃ、飯食おっと」
そんな空気を気にも留めず、飯をかきこみ始める。堂々たるものだ。
「…タケル、お前なぜここに?」
この微妙な空気を打ち壊したのは、食堂に入ってきた新たな生徒。
「おお、月読!お前も飯食うか?」
この新たな生徒は、生徒会の秩序維持部門に所属する強大なる生徒である。月読という名で知られ、誰も本名を知ることは無い。謎多き美少女なのだ。
「偉そうなのがいたんでな、俺が撃退してやったんだ」
「…タケル、それは生徒会の仕事で…」
月読はため息をつきつつ、隣の席に座った。
「まあ、それも仕方ないか。生徒会が無力だから、そういう悪は蔓延るのだ」
「そんなに自分を責めんなって。俺もお前も、本来は別の校舎の生徒なんだから」
島は広く、校舎間の距離も遠い。故に別校舎の生徒との交流は隔絶されており、それぞれ独自の文化を構成しているのだ。
「そもそも何でお前がこの校舎に?」
「たまには別の校舎で飯食いたかったんだよ。お前こそどうなんだ?」
「…この校舎の秩序を守るはずの生徒会が、買収されている疑いがあってな」
実際、あのエルランデル侯爵子息がそうであったように、この校舎では特に貴族の力が強い。生徒会に属する者が加担しているというのは、信憑性の高い話だ。
「でもそれって参謀本部の仕事だろ?なんで秩序維持部門のお前が…」
「統括のご意思だ」
「ほお、あのオバハンがねえ」
生徒会秩序維持部門の統括、トルデリーゼ・ドゥーデンヘッファーはいわゆる『鉄の女』であり、無駄な行動を激しく嫌う。この行為にも、当然意味があるだろう。
「…統括はまだ18歳だ」
「あっ、そうだっけ?やけに老けてるからさあ」
「そんなに老けてない!周りと比べてアレなだけだ!」
生徒会の幹部はいずれも猛者揃いであり、とても学生とは思えぬ貫禄を持つ。
「ま、いずれにしろお偉い方の考えることだ、下々には理解できねえさ」
「…そうだな。私は私の仕事をこなすだけだ」
さて、話題に上がったトルデリーゼはと言うとーー
「相変わらずの地獄耳だねアンタは」
「恐れ入りますわ」
自室にて会話をする2人の女。片方がトルデリーゼだとすると、相手は…
「私の情報網にかかれば、貴女のパンツの色まで分かるのですわ」
そう、学園の大情報屋、イライザ・アルゴスである。パンツの例えも、決して冗談ではない。彼女に分からぬ情報など無いのだから!
「履いとらんぞ」
「はい?」
「いや、パンツ。今日は履いとらんぞ」
「…新情報ですわ!木曜日は履いてないっと…」
メモ帳に素早く書きつける。このようにして、彼女はあらゆる情報をメモ帳に記録している。デジタルな記録法では、いつ魔導ハッカーに盗まれるか分からないからだ。故に、最も信頼に足る手段を使用する。すなわち、己の頭脳による記憶だ。
「で、本題なのですが」
「…心配いらないよ。この間の情報の礼だ、教えてやるさ」
「それはありがたいですわ!」
イライザが、『とある校舎の生徒会が買収されている』という情報と引き換えに手に入れたがっていたのは、『旧校舎のお化け』の件であった。彼女の情報網をもってしても、何ひとつ分からなかったその正体。噂によると、とあるクラスの課外活動を引率した非常勤講師が、赤い眼と白い髪を持っていたらしいが…
(私は学園のあらゆる教員、用務員に至るまで記憶している!そんな目立つ教員は絶対にいなかった!)
猛烈に怪しい。なのに、誰もその違和感に気づかないのも不気味だった。
(もうそこまで迫っている!私が知らない情報など、あってはならないのよッ!)
イライザはある意味変態であった。言わば、『情報フェチ』だ。知らないこと、詳らかにされていないことがあると、調べずにはいられないのだ。
「と言っても、アタシは大したことは知らんのさ」
「まさか!生徒会幹部役員として、学園の経営にまで関わる貴女が…」
「本当さ。アタシも今のところ、『学園長案件』ってことくらいしか知らんのよ」
「何と!そうですか…貴女でさえ…」
ガッカリしたような声音で返したイライザだが、内心狂喜していた。
(学園長案件!どうりで『旧校舎のお化け』に固執していたゾーイさんが突然調査を打ち切ったわけですね!)
しかしあのゾーイでさえ調査を中止するとは!あの空気を読まないゾーイが!
「…そういう事なら、私はこれで…」
一刻も早く調べたかった。こんな所でジッとしている暇は無い。
「ああ、ちょっと待ちな!」
「なんですの!」
トルデリーゼに引き留められ、露骨に苛立つ。
「買収された奴の所に、月読を送ったよ。能力の相性的にちょうどいいと思ってね。アンタはどう思う?」
「…私、コンサルタント業は請け負っておりませんの!」
明らかに冷静さを欠いた返答に、ニヤリと笑うトルデリーゼ。
「早く調べたくて仕方ないって顔だね。心当たりが見つかったらしい」
「うう…お人が悪いですわ」
「何か分かったら、アタシにも話しとくれ」
「…分かったら、ですわよ」
ニコニコと白々しく笑いながら手を振るトルデリーゼを背に、イライザは部屋を退出した。
(さて、まずはゾーイさんですわね)
調査の方針は決まった。こういう重要な案件は、自ら調べるのが良いだろう。
「グフ、グフフ…おっと、私としたことが…」
かつて魔王の復活と死亡を探り当てた時にも感じた興奮が、全身を突き抜けた。
(この感じ、多分とんでもない秘密が隠されているッ!)
そんなふうに興奮していたため、気付かず他人とぶつかってしまう。
「おっと」
「あら!ごめんあそばせ」
かなり若いが、制服を着ていないので、どうやら女性教員だ。
「いえいえ。じゃ、オレはこれで」
(…『オレ』?)
愛らしい声でオレなどと言うので、思わず気になって相手の顔を見た。
「…ッ!!」
「ん?どうしました?オレ…じゃなくて私の顔に何か?」
その女性教員の髪は雪のように白く、眼は鮮血のように赤かった。
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.29【タケル】
ちゃんとした名前はあるが、幼馴染の月読が『タケル』としか呼ばないので、みんな苗字を知らない。
お人よしで腕っ節も強いので人気がありそうだが、この学園においては『優秀=裏社会と繋がりがある』という法則があるので、敬遠されている。
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