第4話 Erlkonig(6)

薄暗い玉座の間に、2人の男女がいた。片や豪奢な玉座に座り、片や床に寝そべっているが、やっていることは同じ。モニターを見ているのだ。


「…いつまでこうしているつもりだ?」


「いつまでって…みんなの戦いが終わってからだよ。四天王戦と魔王戦が同時にやってたら、観客が見づらいだろ?」


魔王が、苛立ちを含んだ唸りを上げる。


「何でもかんでも見せ物というわけだ。反吐が出る」


「ケケケ!楽しむことは大事だぜ?旦那もそう堅くならずに、ほら、リラックスして」


足元に這い寄ってきた女を、魔王は蹴り飛ばした。


「下らん。それより、助けに行った方が良いのではないか?」


「誰を!」


「誰でもだ。あやつらでは、我が四天王を倒すことなど出来ぬ。せめて1人でも助けてやればよいものを」


アニマは気だるげに首を振った。『まるで分かってない』という風に。


「勝てるさ。あいつらだってプロなんだから。命と引き換えにでも、倒すだろうよ」


「あやつらがそんなタマか?金と快楽のために戦う、誉れ無き外道どもが?」


アニマはまた首を振った。


「違うとでもいうのか?あやつらが正義のために戦っておると?」


「それは間違いじゃないよ。でもさあ、そういうんじゃないんだよ。正義とか、使命とか、そんなんで勝てる時代は終わったんだよ。

…いや、そんな時代は元から無かった。錯覚なんだ」


女が、真紅の眼で魔王を見据える。魔王はその眼に、虚無と渇きを見出した。


「勝つ奴は勝つし、負ける奴は負けるんだ。主義や思想に関わらずな」


「そうやって進歩した挙句が、このザマか」


嘲るように魔王が言う。女は気にせず続ける。


「『どんな信念の下に』とか、『どれだけ努力してきたか』とか、精神的な支えだろ?そんなものがなきゃ戦えない奴は、脆いんだよ。御託は勝った後にいくらでも ほざけばいい。違うか?」


そして彼女は、実際そうやって生きてきた。空虚な勝利を、屍の上に重ねてきたのだ。


「まあ見てな。お前が見下してきた外道どもに、自分の部下が殺される様子を」


彼女はこの日最大級の、凶悪な笑みを浮かべた。





水中に発生した無数の渦は、一度巻き込まれれれば決して脱出することはできない。極めて強力なパワーで四肢を引っ張り続け、やがては無残に引き裂くことだろう。


「なかなかにしぶといな。本来ならとっくにバラバラになっているはずだが…」


上級ヤクザの肉体は、人間の耐久力をはるかに凌駕するのだ。


「ぬうッ…!」


…おお、見よ!なんと吾虎組長は、そのまま水中を、ゆっくりと動き始めたのである!普通は身動きもとれぬこの状況で、気力のみを頼りに泳ぐなどという無茶ができるのは、彼が一流の極道であることの証明だ。


(まさか、来るのか?こっちに?…バカな!)


油断なく槍を構えるバミュラだが、正直少し気圧されていた。


(もし、もし奴が渦の包囲から抜け出してここまで来たら…俺は勝てるのか?近距離戦闘の技量で言えば、奴の方が上。水中というアドバンテージがあっても…)


そこでバミュラは、簡単な対策法に気づく。そして高速で後退した。


「俺はここで待つことにするよ。観客には悪いがね」


そう、『待つ』。これが最も有効な戦法。


(よくよく考えてみれば、あいつは人間。そう長い間息が続くわけがない)


ゆっくりゆっくり近づくが、それだけでもかなりの体力を消費する。酸素もより多く消費するというわけだ。この消極的戦法を観客が見ていたらブーイング必至であろうが、今はカメラがないため関係ない。


(ショウなら勝手にやればいい。だがそれを受け入れたのは魔王様であって、俺ではない)


バミュラは、なぜ魔王がこの下らない余興を受け入れたのか理解しかねていた。

(魔王様もお優しいことだ。こんな茶番に付き合うとは…)


バミュラは思案しながら待つ。組長は必死で近づく。これはもはや戦いですらない。


「人間にしちゃよく息が続くな。体力もパワーも化け物じみてるよ、お前さん」


(それだけの力を持つ喧嘩師の死因が、ただの溺死というのも皮肉ではあるが)


もう息は限界のようだった。組長は泡を吐き出しながら、右拳を突き出した。


「ッ!」


バミュラは思わず射線から身を逸らした。何か出るかもしれない。


「手から波動でも出すか?ええ、おい!」


びっくりした反動で、思わず攻撃的になる。その警戒を嘲笑うように、右腕が光を放ち始めた。


(これは魔王のボケをしばく時に使おうと思っとったんじゃが…ま、ええか)


「おいおい…何する気だよ!」


言いつつも、この場から逃げることはできない。水のフィールドを作るため、四方を隔壁で覆ったからだ。


「おわ」


大爆発。他のモニターに見入っていた観客たちは、突然鳴り響いた爆音に驚いた。城の一部が、完全に吹き飛んでいた。壁も床も消し飛び、水は完全に蒸発し、空気は炎のように熱されている。


「はあ、あ、う、うぐ」


魚人は、砂浜に打ち上げられた魚のようにぐったりしていた。水によって衝撃を緩和したとは言え、相当のダメージを負っていた。


「しょうもない飛び道具じゃろう?殴り合いが好みのワシとしちゃあ、あんまり使いたくないんじゃが…」


吾虎組長は近づいていく。もうゆっくりではない。


「ワレが『待つ』ちゅう戦法を選んだ時から、勝敗は決まっとったわ。ワシが『右腕』の能力を使おうとした時、さっさと殺せばいいものを、ワレは逃げよった。

気持ちが逃げる方に偏っとるからじゃ。喧嘩は根性!ワレは根性で負けたんじゃ、ボケェ!」


「く…ポセイドン流!」


槍を掴んだバミュラの顔面を、全力で踏み抜いた。青い血液がジワリと漏れ出て、靴底にへばりついた。四天王第一の死亡者が、あの世へ旅立った。


「あ、あれは…戦神ヌアザの右腕!」


「知っているのか、アラナン!」


大賢者は頷いた。


「ああ…まさかあんなヤクザの手に渡っておったとは!…わしの孫娘も言うとった!」



『お祖父さま、伝説の魔道具が盗まれたそうですよ。どこかの盗賊が盗み、無頼者に売り払ったそうです。

…え?なんでそんな事知ってるかって?いや、それは…えっへへへ!』



「お前の孫娘めっちゃ怪しくない?」


「は?何がじゃ?」


「…」


ともかく、この『ヌアザの右腕』は、もう一つの功徳をもたらしていた。ツームストン卿が、今にも殺されようとしている場面に戻ろう。


「せめて安らかに死ねい!」


「あっ、ストップ!」


カリスの攻撃が中断された。


「…なんだ!」


「ボクと一緒に城に入ってきた、サングラスの男の人覚えてる?」


吾虎組長のことである。


「…あのチンピラの事か。それがどうした!」


「そ!あの人の右腕、実は凄いパワーを秘めているらしいのよ!」


「…で?よもや『味方の情報を流すから命だけは助けて』とでも言うつもりか?」


黒い騎士はかぶりを振った。いや、体は動かないので振ろうとして失敗した。


「ちゃう、ちゃう!その人がさあ、この下の階で戦ってるっぽいのよ…ちょうど、ここかな?」


床を眼で示す。カリスは興味なさげに、


「…話が見えてこないな。時間稼ぎならやめておけよ」


「だから、ボクの言いたいことはぁー!『ボクを殺してみろ』って事!」


カリスの顔は草木で覆われて表情が読み取りづらいが、今はハッキリと笑っているのが分かる。


「…最初からそう言えばよいものを!」


無数の植物が、動けぬツームストン卿に襲い掛かる!が、その瞬間、床が崩れて光が溢れ出す!


「何!?」


「バーカ」


そう、吾虎組長の起こした大爆発だ。騎士は爆風に吹き飛ばされながらもベラベラ喋る。


「あんたの能力、マジでチートだわ!あんた1人で全員殺せるくらいな!…でも、実際はそうしてないよな、何でだ?」


地面に衝突する直前、軽やかに着地した。重い鎧を身につけているにも関わらず、猫の如くしなやかな動きだ。いや、それだけではない。彼はカリスの魔法によって行動不能状態にあったのでは!?


「…ふう、やっぱりそうか。『射程距離』があるな、その魔法」


そう、この魔法には有効な範囲があったのだ!術者の周囲数十メートル、その中の動植物しか操ることができないのである。


「左様!…で、どうするね?剣士である君が、私の射程に入らずにどう攻撃するのかね」


さすがは四天王、絶対無敵の魔法を破られても、動揺はない。だが彼はひとつ、勘違いをしていた。


「ボクは剣士じゃないよ」


剣を構える。…その切っ先が伸びた。


「ぬう!」


首を傾げて躱す。


「…魔剣かッ!」


「そういうこと」


刃が蛇めいてうねった。


「な…」


カリスの首がすっ飛んで、緑色の汁が噴き出た。


「ボクさあ、あんたみたいに高尚ぶった野郎は大っ嫌いなんだよね、クズが!」


首の無い死体を踏みにじり、バカみたいに笑った。弟子の蛮行をモニター越しに見たクラウゼヴィッツは、頭を抱えた。




「今さあ、すごい音したね」


ボリスがフレンドリーに言う。


「あ、そっスね」


キャスパーもボーっと返した。落雷を間一髪で躱しながらの会話とは思えない。


「はい、ここぉ!」


悪霊を飛ばして攻撃するが、何の効果も無い。あっという間にかき消されてしまうからだ。


「ちょっと、同じ事何度やってもダメだよ。オイラ、あんたの試行錯誤を見たいなあ!」


「OKっス」


悪霊の内の1体が、目の前で弾けた。中から出てきた少女が、ボリスの頭を掴んで膝蹴りをかました。


「痛ったあ!…そうそう、そういうのだよ!」


右正拳突きから足払い、転んだ所を踏みつける。ボリスは回転によって躱し、高速で起き上がりつつ電撃を放った。とっさに悪霊を凝集させて雷を逸らしたが、何度もできる防御方法ではない。


「格闘も鍛えてるんだあ、すごいなあ」


「絶対やったと思ったのに!君マジ天才っスね!」


両者飛びのいて距離を取る。完全に不意を打った攻撃だったので、ボリスも割とダメージを受けていた。


「…あんたの努力を見たら、オイラも頑張ってみたくなったよ。人生初の努力ってやつさ」


「おお、そりゃ何よりっス!…けども」


ただでさえ窮地なのに、これ以上頑張られても困る、という気持ちが強い。


「じゃあ、こんなのは…どうかな!」


少年の全身が雷光に包まれる。それを見たキャスパーは妙な感覚に襲われた。


「あれ?…引っ張られるッ!」


引力は突然強くなり、そのままボリスの身体にくっついて動けなくなった。


「どうだい、今思いついたんだけど。…ちょっと恥ずかしいのが玉に瑕だけど」


顔を赤らめて言う。少女と体を密着させるという状況に慣れていないのだ。


「磁力を発生させている、というのは私でもわかるっスけど…私、金属なんて身に着けてないのに」


「いや、誰にでもあるものだよ。『血液』というんだけど」


血中の鉄分に反応するほどの強力な磁力を、瞬時に発生させるとは…げに恐るべき魔力である。


「行くよお」


「ごおッ…!?」


先ほどの落雷にも劣らぬゼロ距離放電攻撃!


「痛だだだだだだだだだだ!?」


「さっすがゾンビだなあ、普通の人間なら脳みそが煮立ってシチューになっちゃう頃なのに」


体内に霊気を充満させて電気のダメージを相殺しているが、すぐに限界が来るだろう。


(…死ぬかもっス、マジで)





炎が床を舐め尽くし、一瞬の内に焼き払う。炎の壁は攻撃と防御を兼ね、獲物の抵抗を許さない。


「そらそらそらッ!あなたが丸焦げになっても愛してあげるから、気兼ねなく死んでいいのよッ!」


「ほんま?嬉しいわあ」


余裕のある口調だが、かなり追い詰められていた。じわじわと肌を焼かれ、想像を絶する痛みで動きが鈍る。それでも耐える。

一秒でも集中を切らしたら、死ぬからだ。


「そこや」


「まだまだ…痛ッ!?」


炎の壁を切り裂いて、金色のナイフが腹部に突き立った。炎の壁は極めて強力だが、術者自身の視界も塞いでしまうため、突然の遠隔攻撃に弱い。


「痛いけどすぐ楽になるさかい、かんにんなあ」


「え?…ああ、毒か」


それも、常軌を逸した猛毒だ。体内に入ると、たちまち全身に回って死ぬ。


「なるほど、毒を使えば全ての攻撃が一撃必殺になるもんね。効率的だわ」


メルトールはふらつき、膝をつく。唇が紫色になり、目は虚ろになる。


「…でも、謝らなくてもいいよ」


突然彼女の全身が高熱を発する!


「毒なんて効かないから」


体内で炎を循環させ、毒を焼き尽くしたのだ!


「…なんやそれ」


ケサルは思わず脱力する。メルトールはその間合いに踏み込むと、鉄扇の打撃を叩き込んだ!


「があっ!」


吹き飛んで、壁を何枚も突き破った。城の固い壁を破壊するくらいの衝撃だから、ダメージの方も推して知るべしである。


「むっちゃ痛いわあ…」


あまりの痛みに起き上がる事も出来ず、眼だけを動かした。何か使えるものはないか。全神経を集中させ、利用できそうなものを探す。

だが、集中などせずとも、すぐに眼に入るものがあった。電気を纏う少年と、その少年に抱きつく少女だ。


「…あら。お邪魔してしもたかなあ」


「ち、違うっスよ!」


それと同時に、四天王同士も出会った。


「あっ、メルトール!いや、これはそういうのじゃ…」


「ボリスちゃん!…あらまあ!」


辺りに、奇妙な空気が流れた。

〈つづく〉

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