第4話 Erlkonig(5)

ギリースーツを着たように葉っぱまみれの大男が、黒い甲冑の騎士と向かい合っている。どちらも劣らぬ邪悪な存在であるが、葉っぱまみれの方が魔王の配下、黒い方が人類の味方である。


「私が『精髄のカリス』と呼ばれる所以…教えてやろう」


「おお~!じゃあ、お願いします」


カリスが手をかざすと、木製の戸棚が大木の幹のように成長し始めた。それだけにとどまらず、周囲の木製品がことごとく育ち始めたのである!


「あ、やっぱそういう感じの能力なわけ?じゃあもういいや」


ツームストン卿は、背負った剣を引き抜いて木を切断しようとした。


「おっと、少々お待ちを。もうすぐ効いてくる頃だ」


「嫌だね」


構わず切り付けようとするツームストン卿だが、


「…お?」


身体が動かない。1ミリたりともだ。


「えーっと、これは?」


「私の魔法は『自然を操る』ということ。人間もまた、自然の一部よ」


「あー…確かに、そういう言い方もできるけどさ。…とんだ拡大解釈だよ」


カリスの本来の魔法は、植物を操るだけのものであった。それでも十分強力な能力ではあるのだが…魔王封印から復活までの数百年が、この能力をより強力なものにしたのだ。


「私も復活したばかりの頃は驚いた…自分の能力がここまで成長していたとはな」


『植物に魔力を流し込んで支配する』というのが彼の能力だ。そしてこの能力の支配下に置かれた植物を鳥や犬などの動物が食べると、その動物も操ることができる。この効果は術者自身が封印されていても継続するのだ。これがこの魔法の真の恐ろしさなのである。支配された動植物を他の生き物が食べると、その者に魔法の因子が移る。その動物を食べた人間にも因子が移る。食物連鎖の力を借りて、どんどんと魔法の効力が広まっていく。そうして、全地上のほとんどの動植物が支配可能になったというわけだ。


「私自身、このような形での勝利は好ましくないと感じているのだ。しかし魔王様のためだ、手を抜くわけにもいくまい。…だからせめて、苦しみなく逝かせてやりたいのだ。どうかな?」


ツームストン卿は、辛うじて口と喉のみを動かし、かすれた声で答えた。


「あ、ホント?じゃスパッと頼むよ…」










閃光が走り、遅れて轟音が響く。高熱を伴う凄まじい爆風が、瓦礫を巻き上げて吹き飛ばす。


「雷っつーのはよう…一発でも喰らったらお陀仏しちまう、とんでもねえ現象なんだよ。だからさあ…ほれ、雷を操る魔法使いって、少ねえのよ。操作するどころか、発生させるのも難しいからよ」


話している間も、落雷は止まらない。当たれば即死の上、見てから避けるのは不可能。これが雷の、ひいては『霹靂のボリス』の恐ろしさなのだ。


「きゃっ、わっ、危なっ」


よたよたと歩きつつ、雷を回避していくキャスパー。どうやって彼女が雷を避けているかというと、これが並みの死霊術師には真似できない芸当なのだ。ボリスの作り出す雷は、発生する直前に魔力が高まる。彼女は悪霊を周囲にまき散らしてそれを感知しているのだが、霊と感覚をシンクロさせるのはかなり危険な行為だ。地獄の綱渡りめいた、狂気の沙汰と言えた。


「オイラ思うんだよ。雷を武器や素手に纏わせたり、雷と一体化したりするより、そのまま落とした方がどんなに簡単で強力な攻撃になるだろうって」


「それは一理あるっスけど…進歩無き分野に未来は無いっスよ!」


これは彼女の、研究者としての哲学でもあった。彼女は常に、呪いと冒涜について研究を重ねてきた。自らゾンビになったり、逆に他人をゾンビにしたりと、努力を怠った事は無い。


「へ~え、研究熱心だなあ。オイラなんか適当に雷落としてるだけで四天王になれたからなあ」


ボリスはいわゆる、天才であった。生まれながらにして莫大な電力を発生させることができ、その上魔力の量も無尽蔵であった。だから、一切の努力をせずに生きてきた。


「ほれ、オイラみたいな天才が努力したら、みんな可哀そうだべ?」


思い上がりではない。本気で思っているのだ。


「そっか、優しいなあ」


キャスパーが笑いながら近寄る。会話によって雷が途切れたこの一瞬。彼女が待っていたのは、これだ。キャスパーの足元から怨念が湧き立ち、黒い奔流となってボリスを飲み込む!精神と肉体を同時に損傷させる破滅的エネルギーが、一斉に襲い掛かる。


「…やっぱ努力してる人は違うなあ、オイラとお喋りしながらずっと隙を伺ってたわけでしょ?いや、わざとオイラが油断するように会話を持って行ったのかな」


怨念の霧が晴れ、中から現れた少年は、ホコリひとつ付いていない。


「うっそお!」


「ごめんね。でも、ほら、オイラ効かないみたいだわ。霊とか」


なぜ効かないのか?これは、霊というものの本質に関わる問題である。ポルターガイストやラップ音など、『霊の仕業』とされるものの中には電気の性質に似たものがあり、霊=電気は割とメジャーな説である。また、思念と電気には密接な関係があるともされている。魔法が普及したこの世界においても、死霊術は依然として未開拓の分野であり、謎は多いのだ。ただ一つ分かることは、ボリスは怨念を電気に分解して吸収してしまったという事実だけである。


「封印される前もさあ、あんたみたいな霊使いと戦ったことがあるんだ。その時気づいた戦法だよ」


キャスパーは震えていた。ボリスは動揺した。女性を泣かせるのは気が引けたからだ。


「え、え?何?泣くとかやめてよ!オイラ傷つけるような事言った!?」


「…素晴らしい発見っス!やはり魂は電気と関係がある…帰ったらさっそく実験っス!」


ボリスにとっては理解し難い感情ではあるが、キャスパーが喜んでるのを見て、良かったと思った。


「まあ、研究の参考になったのならよかった。もし帰ることができたなら、研究するといいよ」


「ウッス!君を殺したら、っスけどね!」


何の前触れも無く起きる落雷と、それを躱すキャスパー。極めて危険な状況にありながら、殺意や緊張感は全く感じられない。観客は、子供同士のじゃれ合いを見ているような気になっていた。ただし、命がけのじゃれ合いなのだ。そして依然、キャスパーの不利は変わらない。








「どうも、あかんなあ」


「何?お姉さんじゃダメだった?」


メルトールは、不安そうに聞き直した。彼女は少年好きであった。


「いや、ウチが悪いんよ。気にせんといて」


ケサルの武器である、黒い刃を持つ曲刀。刀身から焦熱を放ち、敵を焼き切ることのできる宝刀だが、メルトールの魔法は炎。熱に耐性を持つ彼女には全く効かないのだ。


「あかんなあ、あかんわあ…」


しきりに首を振りつつ、切りかかる。


「何ィ?私のことそんなに嫌いなのォ?」


メルトールはちょこまかと躱しつつ、右手の武器で叩き伏せる。彼女の武器は鉄扇であり、熱を流して威力を上げる。ケサルには熱耐性がないので、打撲と火傷を同時に受けてしまうのだ。


「そんな事言わずに、もっと仲良くしようよぉ!」


彼女がまだ炎の魔法を使わないのは、その性的嗜好ゆえだ。可愛らしい少年が傷つく姿に興奮を覚えているのだ。


「ウフ、ウフフ…ごめんねぇ?ダメなお姉さんで…」


「あんた、ノリノリやなあ…」


宝刀と鉄扇がぶつかり合う。純粋な近接格闘においては、両者互角。だがメルトールは、依然魔法を使用していないのだ。


「生殺しはやめたってえな…早うとっておきを見せておくれやす」


甘くおねだりするような口調!メルトールの鼻から、勢いよく血がほとばしる。


「ぐふっ!褐色ショタのおねだりに耐えられる生命体なんている!?いや、いないわ!…いいでしょう!私の魔法、見せてあげるッ!」


彼女の性質を完璧に理解した、狡猾な挑発だ!しかし厄介なのはむしろここからと言えた。


「さあッ!私を見てッ!」


鉄扇を開き、踊り始める。皆さんならばお分かりのことだろうが、これはジュリアナダンスそのもの!バブル時代と魔法には密接な関係があることは、あまり知られていない。


「ッ!?」


ケサルは思わず相手の間合いから飛びのいた。賢明である。メルトールの足元からたちまち爆炎が吹き上がったからだ。鉄扇であおげばあおぐ程勢いよく燃え上がり、もはや彼女に近づくことは出来ぬ!宝刀による攻撃はもう届かないという事だ。


「こら、藪蛇やったかなあ」


「もう私も本気だからね!サクッと焼かせてもらうよ!」


押し寄せる炎を辛うじて躱すケサルだが、炎という『面』の攻撃に対し、回避し続けるのはかなり難しい。そうなると防御しかないが、パンチやキックを防ぐのとはわけが違う。同じ『面』の防御でなければならない。だが彼にバリアは使えない。


「ほんまっ…難儀やなあ」


一瞬でも気を抜いたら直撃する。迫りくる炎の波を必死に回避するが、肩や頬が焼かれる。火傷は恐ろしい。丸焼きにされなくても、皮膚の2~3割が焼かれれば充分致命傷になる。避けられず、防げず、当たれば致命傷。今は何とか躱せているが、すぐに疲労が来る。ケサルの敗北は、決定的に見えた。








「…相性というのが、これほどまでに恐ろしいもんだとは…」


ゴーシュが嘆息する。クラウゼヴィッツも頷く。


「魔法の規模が違いますな。まさに災害じゃ。その上相性まで悪いときたら、こりゃ勝てぬ」


アラナンが付け加える。


「わしの孫娘もよく言っとった」




『お祖父さま、相性って大事ですね。同じ力量の者同士でも、相性によってあっさり勝敗が決まったりするんですから。私も相性の悪い相手とは戦いたくありませんもの。ま、どうしても戦わないといけない時は、同じ舞台に立たないようにしますけど。例えば毒殺とか』




「…つまり、彼らが魔王どもと同じ舞台に立ってしまった時点で、詰んでいたというわけか」


「無責任な言い方をすれば、そうなるのう」


老人たちの空気が、暗く淀んだ。


「それにしても、あやつは何をしておるのだ?唯一奴らに勝てるかもしれぬ、ジョーカーだというのに…」


『トイレッ、トイレッ!』


その時アニマは、トイレを探していた。


「クソッ、ここでもねえ、そこでもねえ!トイレはどこだあ!」


狂乱しつつ城内を奔走する彼女は、巨大な扉を発見した。


「な、なんて立派な扉だ…!きっとここがトイレに違いねえ!失礼しまーす!」


扉を蹴破り、中に転がり込んだ!


「…お?」


「…ほうほう。どこの蛮人かと思えば、挑戦者の!なるほど、貴様が一番乗りか!」


鋼鉄じみた筋肉で構成された巨体と、それを覆う鎧。禍々しいフォルムの二本角。太陽の如くエネルギーに満ちて輝く双眸。そして何より、この威圧感。この男が何者か、肌で実感できる。そう、この男こそーー


「おじさん、トイレどこ!?」


「…ん?何だと?」


「トーイーレーッ!どーこーなーのーッ!?」


「…そこの扉だ」


女は目を輝かせ、


「オッケー、ありがとう!おじさんマジ救世主!」


目にも止まらぬ速度でトイレに飛び込んだ。それを見ていた観客、そして3人はどよめいた。


「…形はどうあれ、あやつが一番乗り!…こりゃあ、分からなくなってきたわい」


〈つづく〉


どうしようもない名鑑No.17【ケサル】

南方で『盗賊王』と恐れられる少年。熱を放つ宝刀を使い、割と強引な手段で宝を盗む。親切な少年だが、生まれつき犯罪行為に抵抗感がない。




どうしようもない名鑑No.18【灼火のメルトール】

四天王の一人で、種族は悪魔。炎を操って街を焼き払う非情な女戦士。少年に対して興奮する変態だが、それ以外では比較的まともな価値観を持っている。

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