第4話 Erlkonig(4)
「これは、戦争ではないな」
魔王は独りごちた。かつての戦争とは何もかもが違う。殺戮がショウに仕立てられ、吹き上がる鮮血に歓喜の声を上げる人々。
「奴らは、軍人ではない。かつて我々と戦い、命を賭して世界を守ろうとした気高き兵士ではない。奴らは、道化だ。現代風に言えばエンターテイナーというやつか」
必死にあがいてこその人間だ、と魔王は考えていた。
いつ死ぬか分からないという焦燥が、人間の生を輝かしくさせるのだ。
「平和な時代が、人間をかくも醜悪に変えた。流れぬ川の水が腐ってゆくように、平穏が人々の魂を淀ませた。…正さねばならぬ。この歪んだ時代を」
魔王は先ほど、四天王を所定の位置に待機させた。それぞれバラバラにだ。
それでも当然負けるはずが無い。高位魔族と人間の間には、越えようもない壁があるからだ。
彼ら四天王は、単独で災害級の破壊を発生させることができる。
人類は、勇者の登場まで成すすべなく蹂躙されていたのだ。
その勇者たちでさえ、過酷な鍛錬を積み、寿命を消費して、やっと『封印』できたのだ。
「戯れは今回限りだ。どうやら人間は『好ましくない成長』を遂げたようだからな」
見るに堪えない醜い枝葉は切り落として、綺麗に形を整える。庭師のメソッドだ。
これは彼の不遜さと、それに見合う強大な力の現れでもある。
「何じゃワレェ!あんま調子こいとるとぶちくらわすぞボケがァ!」
「うるっせーな、キャンキャン吠えやがって犬かテメーはッ!人間風情が粋がんなや!」
強烈な罵声の応酬!片方はもちろん、吾虎組長だ。対する敵は…
「一応名乗っておくぜ。俺は『波濤のバミュラ』。四天王ってやつさ」
堂々たる名乗りである。綺麗な逆三角形の身体は、鱗とぬめりに覆われている。
この巨漢の魚人は、三又槍と水を操り、街をいくつも水没させた実績がある。
「おう、そうか…観客の様子は?」
吾虎組長は突然、妖精カメラマンに確認する。
「え?…ああ、吾虎さんが最初の四天王戦です!
めっちゃ盛り上がってますよぉ~!」
「ほお!ワシがいっちゃん最初か!そら面白いのう!」
そしてカメラに向かって、
「漢・吾虎武蔵の喧嘩、よう見とれや!」
勢いよく啖呵を切った!観客も大興奮!外の熱狂が、城内まで聞こえてくる!
「…分からねえな、人間ってのは。
かつてお前らを滅ぼしかけた大厄災の登場だぜ?
恐怖こそすれ、盛り上がることなんて何もないと思うがな」
バミュラは薄気味悪そうに言った。
「ワシ、ヤクザやっとらんかったら格闘家になりてえと思っとったんじゃ!
リング上で客煽ったりするやつ、あるじゃろうが。
あれが好きでの~、今回図らずも夢が叶った形になるのう」
「は?…答えになってねえぞ。やっぱりろくでもねえな、人間って」
バミュラが槍を構えると、その周囲に水が発生し、飛沫を上げた。ただ水を生み出して操るだけの魔法だが、彼の場合、その量が異常だった。
「俺ぁ、あんたの大好きな殴り合いに付き合ってやる気はねえぞ」
バミュラがそう言った瞬間、水が高い波に変わり、爆発するようにかさを増した!もはや津波である!
「ああ?逃げるんかワレコラァ!…うおっ!?」
隔壁が作動し、水を閉じ込める!これぞバミュラの十八番、水中戦闘!彼はまず都市全体を水没させてから、生き残りを殺すという手法をとっていた。もっとも、城内の一角という狭い空間で、この波に呑まれて生存することなど、まず不可能である。水中において、人間の行動は極端に制限されるからだ。
「バカが…人間なんぞが俺と1対1で勝負できるわけなかろうが」
浮上すると、天井に頭をぶつけかけた。西洋式の城の天井は極めて高いため、水量の凄まじさが分かる。膨大な水で満たされた一帯を見渡す。城内の調度品が壊れ、波間に漂っているのが見える。だが人間の死体はどこにも見当たらない。
「ほう?生き延びやがったか」
「そういうこっちゃ」
背後から声!振り向く間もなく右ストレートが直撃!
「がッ…テメェ、しぶといじゃねえか!」
防御を捨て、槍で反撃する!どちらにせよ、人間のパンチなど大したダメージにはならないからだ。
「…あれッ?普通に痛ぇじゃん!」
「ヤクザ舐めとると痛い目見んで…あんちゃん!」
そのまま水中へ沈んだバミュラに、追撃をーー
「テメェ間抜けかァ!?魚人に水中戦を挑むとはなァ!」
水中において、その威力は1.5~2倍にもなるという魚人の槍術は、常人には到底躱せない。
(危ねえ!…もう少しで串刺しヤクザBBQになる所じゃった)
今吾虎組長が回避できたのは、彼のくぐってきた修羅場が並大抵のものではないからだ。
「テメェ、右手に何か仕込んでやがんなァ?でなきゃこの俺が人間なんぞのパンチでダメージを受けるはずがねえ!」
バミュラはそう問うが、吾虎組長は何も言わぬ。
それも仕方ない事ではある。
魚人の声帯は特殊な構造をしており、水中でも難なく発声することができるが、人間はそうはいかない。
「へッ、流石に答えちゃくれねえか…ならいいぜ、どうせテメェの右腕より俺の槍の方が長い。もう俺にゃ近づけねえよ!」
その通りなのである!水中において無敵を誇る魚人槍術『ポセイドン流』は、必中にして必殺。近距離~中距離の戦闘では人間に勝ち目など無い!
「シャアッ!」
『ポセイドン流』の泳法は、ただでさえ速い魚人の泳ぎをさらに加速させる。その速度はペンギンの全力(時速15km/h以上)をも超えるのだから、人間が反応することなど不可能!
「『藻屑突き』ッ!」
惜しみなく奥義を放つ!とらえどころのない藻屑をも貫き通す、最速の技である!
ゲームなどにおいては、スピードのある攻撃は大概威力が弱かったりするが、現実は少し違う。
速さはそのままパワーにつながる。ゆえに、『最速こそ最強』が、『ポセイドン流』の極意なのだ。
「ぬうッ」
吾虎組長の姿が一瞬歪んだ。避けられた、と直感した。
「バカな…人間なんぞが!」
頭部を掴まれ、顔面に膝蹴りが入った。掴み返そうと手を伸ばすが、その時既に吾虎組長は離脱している。
「やるじゃねえの…まさか人間に二発も貰うとはな」
バミュラの刺突は、右腕によって逸らされていた。
(俺の槍を受けて無傷とは…マジで何なんだ、あの腕)
それだけではない。攻撃を逸らされたということは、辛うじてとはいえ反応できたということ。
「テメェホントに人間かよ?」
実は、バミュラはまだ気づいていないが、彼自身が思っているほどスピードは出ていないし、技にも切れがない。それこそ手練れならギリギリ反応できる程度の速さだ。
その原因は、彼自身の戦法にある。
洪水を起こし、生き残りを殺すというやり方は、反撃を受けずに済む。
逆に言えば、反撃に慣れていないということだ。
それも当然のことであろう、災害から生き延び、弱った人間が魔族と戦えるわけがない。
早い話が、1対1の戦いに慣れていないのだ。
魔法の規模が大きすぎたがゆえ、せっかく鍛えた『ポセイドン流』も実戦で使用できず、成長しない。
実際槍の腕前で言えば、彼以上の達人などいくらでもいるのだ。…だが。
「イラつかせやがって…そんならこれが避けられるかァ!?」
再び水かさが増し始め、ついには天井まで達した。
れでもう、息継ぎは不可能になったわけだ。まだまだバミュラは止まらない。
今度は水流を発生させ、無数の渦巻きを作り出した!
こうなるとあちこちに『巻き込む力』が発生し、手足を別々の方向に引っ張られて、八つ裂きになる。
ただしバミュラ自身の周りの水は、晴れた日の湖面の如く静かである。自分を渦巻きに巻き込まないためにだ。
水量もさることながら、水をこれだけ精密に操作できるのは彼だけだ。
近接戦の不利をすぐさま悟り、得意分野に切り替えることができたのは、バミュラにとって僥倖であった。
さて、この事態に動揺すべきは人類側だが、観客に動揺は見られない。
カメラが水没して使い物にならなくなったからだ。
「防水にしとけよぉ!」
「これじゃあ見えねえじゃねえか!」
観客も大ブーイング!
そりゃあそうだ、最初の四天王との戦いが見れないんじゃ、面白くない…おや?
ブーイングが止んだようだ。
『我が名は精髄のカリス。大自然の支配者なり』
『ボクも名乗った方がいい?
…ツームストン・ゼ・レスター、31歳、文字通りの独身貴族で~す!』
他の所でもぼちぼち始まったようだ。四天王との戦いが。
『オイラ、えっと、ボ、ボリスっていうんだ!…女の子相手は緊張するなあ』
『あ、ど、どうも、キャスパーっス。一応、死霊術師やってます』
『私は灼火のメルトール。以後お見知りおきを』
『あらあら、わざわざ丁寧に挨拶してもろて…ケサルどす。よろしゅうなあ』
四天王は全員名乗りから入るというのも、どこか見せ物めいている。まるで劇のようだ。この辺りの時代的なズレが、むしろ観客を喜ばせた。今時映画やアニメでも見られない演出を、実際に命を懸けた戦いの中で見ることができるのだから。
「ようやっと戦いが始まったようだな…それにしても、奴らにかかれば何もかもショウにされてしまう。忌々しい連中だ」
この様子を見て嘆息するのは、例によって魔王である。
魔王の眼は、観客一人ひとりの顔を認識できた。
「どの面も肥え太って、醜怪極まる。命の危険がないと、人間はここまで惰弱になるものか」
魔王の燃えるような眼が、人類を見定めていた。…ところで我らが主人公はどこか?
「…あっれ~、ここ…も違うか」
迷っていた。城の構造など何も知らない上、地図も無いため、途方に暮れるしかなかった。
「あっ、そうだ!この城世界遺産らしいし、スマホで調べたら地図くらいあるかも
…って圏外だし」
魔王城を覆う瘴気は、いかなる神聖魔法やスマホの電波も通さない。
「妖精さん、知らねえの?」
「いやちょっと…よく分かんないです、すいません」
あてもなく城内をさまようアニマに、そのピンチは突然訪れた。
GRUUUUU…
「!」
獣が唸るような、低い音。その音を聞いたアニマは、瞬時にうずくまった。
「アニマさん?大丈夫ですか?」
「…痛い」
「へ?」
「お腹痛いッ!」
再び鳴る低い音!彼女の腹が、危険信号を鳴らしている!
「ト、トイレはどこに…はうッ!」
何が原因かはともかく、今はトイレを探さねばならぬッ!走れ、アニマ!
漏らす前にッ!
〈つづく〉
どうしようもない名鑑No.15【キャスパー・レヴェナント】
死霊術師であり、研究の一環として自らをゾンビ化させた。とても明るい性格で、良い子に見える。
どうしようもない名鑑No.16【霹靂のボリス】
四天王の一人で、種族は不明。魔族きっての天才であり、大都市1つ分の電力を瞬時に生み出せるが、サボり癖のせいでどの職場でもうまくいかず、最後に魔王軍にたどり着いた。
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