第4話 Erlkonig(7)

電撃を放つ少年と、感電しながら抱きつく少女。異様だ。


「報われない恋やねえ」


「だから違うっス!体が動かないんス!」


ケラケラと笑いつつ、ケサルは立ち上がった。


「分かっとるよ、冗談やって!…それより、『交換』せん?」


「え?…ああ、それイイっスね!」


その会話が終わった瞬間、ボリスに向かってナイフを投擲する。


「うわっ!」


いったん磁力を切り、飛びのく。


「あんたの相手はウチどすえ」


「えっ?い、いいけど」


「え~!?私を見捨てるの!?」


メルトールは悲しげに嘆く。


「ごめんなさいっス!ちょっとだけ付き合ってもらうっス!」


「…まあ、女の子でもいいか!えへっ」


そして相手を入れ替えての戦いが始まった。


「誰が相手でもオイラは負けないと思うよ」


落雷を躱しつつ切りかかる隙を伺うケサルだったが、なかなか仕掛けられずにいた。


「ほんまやねえ」


言いつつ瓦礫を蹴り上げ、視界を塞ぐ。


「もろたわ!」


「そうかな?」


突然、引力がケサルを捉えた。抗えないほど強い力!


「あら?」


ボリスの身体に引き付けられ、たちまち動きを封じられた。編み出したばかりの、磁力攻撃だ。


「この能力便利だなあ、今後も使っていこう」


「せやなあ」


ケサルはまだ笑っている。彼は窮地においても余裕のある態度を崩さないが、今回のは強がりではないように思えた。その理由は、すぐに分かった。


「お…?」


ボリスの胸から、血がほとばしった。切りつけられたのだ。


「あれあれあれッ…?動けるの?」


「運が良かったわあ」


彼の宝刀は熱を放つ。そして熱は、磁力を減退させるのだ。これもまた、『相性』である。


「く…」


血が止まらない。人生で初めてのピンチに、動揺していた。放電で攻撃しようとするが、血を通して電気が流れ出てしまうため、うまく電気が集まらない。


「かんにんえ」


詫びつつ、首筋を切り払った。傷口から大量の電気を放出し、倒れ込んで絶命した。


それと同時に、メルトールも撃破されていた。


「うるァ!」


「きゃあッ…!」


燃え盛る炎の壁でも、実体を持たない悪霊による攻撃を防ぐことはできない。こうなればキャスパーの独壇場だ。不意打ちの呪い攻撃で精神にダメージを負わせ、魔法を封じる。弱った所を体術でねじ伏せると、『必殺技』の登場だ。


「ゾンビにな~れっ!」


「おごごッ!が、もご、あがァ~ッ!?」


呪いを体内に注ぎ込んで、身体だけを死人にする。彼女の研究によって生み出された、おぞましき秘法である。あまりの苦痛にもがくメルトールだが、身体が弱っていてどうしようもない。地獄じみた惨状を見て、妖精カメラマンがカメラを切った。ブーイングする観客もいればホッと胸をなでおろす観客もいたが、3人の老人だけは依然モニターを見続けていた。


「『相性』か…なるほどのう」


「運も良かったな。たまたま合流できるとは」


「…ああ、奇跡だな!」










「こりゃ奇跡じゃねえ。必然だぜ。魔王様よ」


「…」


玉座の間でモニターを覗き込む2つの影。


「意外かい?四天王の敗北は」


「いや。所詮奴らはその程度だったということだ」


「あいつらはよくやったよ。悪いのはアンタだろ」


「何?」


女はニタリと笑ってから、喋り始める。


「あいつらの魔法は極めて強力だ。実際、戦争の時は負け無しだったんだろ?

…問題は舞台だよ。狭い城内で、人間相手の1対1なんて、あいつらに向いてないのさ」


魔王の眼が、より激しい光を放ちだした。


「…つまり人間の下らぬ余興が、奴らの死因だと言うのか」


「その下らぬ余興を受けたのは誰ですか?他ならぬあんたでしょう、魔王様」


「…」


「戯れだか何だか知らねえけどよ、引き受けたのはあんただ。 ついでに言うと、四天王同士を近くに配置したのもあんただろ? そのせいで負けたってのもあるよなァ!」


女の顔は、相手のプライドを痛めつける喜びで歪んでいた。


「あーあ!こりゃ、退けないねえ!オレを殺して誇りを取り戻さなきゃ!魔王の誇りをさぁ!」


「…元よりそのつもりよ。その下劣な品性にふさわしい死に様を用意し、部下の死に報いる」


魔王の肉体を、凄まじい殺気が覆った。地面が揺れる。


「お、お?なんだぁ!」


部屋中央の地面が割れ、祭壇のようなものがせり出した。その四隅には石柱が立ち、ロープで結ばれている。


「これはまるで…『リング』じゃあねえかッ!」


「魔族の古い決闘方法だ。この中で戦う」


これを見ていた観客からも指摘が飛ぶ。


「なんだぁ、プロレスでもやるつもりかぁ!?」


この世界にもプロレスはある。そして、プロレスの起源は黒魔術にあるとも言われているのだ!たまらずアラナンがマイクを握った。このマイクの音声は現場にも届いている。


『これは、まさかッ!伝説の決闘儀式!では魔王の戦闘スタイルは…』


「ほう、これを知っているかッ、勇者の末裔よ!」


鎧を脱ぎ捨て、その筋肉を露わにする。


「うわっ、ブーメランパンツだ!正気かこいつ!?」


『あれは魔族の正式な戦装束だ!…聞くのだアニマよッ!魔王の戦法は肉弾戦一筋!お前もパワーで対抗するのだ!』


熱く叫ぶアラナン!彼の魔界に関する知識は、どの学者をも上回る!


『しかし、戦いを始めるには魔鐘を鳴らす必要があるはずッ!いったい誰が…』


そう言うアラナンの目の前に、魔王配下のガーゴイルが降り立って『魔鐘』を渡した。金色で、金属で出来た円形のそれは、魔族の決闘に不可欠な装置である。


「お前が鳴らせッ!勇者の末裔よ!」


『よ、よし!良かろう、この大賢者アラナン・ゼパルが引き受けた!

 …死合開始ィ!』


カァン!


観客の、雲をも揺らす歓声。誇りを賭けた決闘も、彼らにとっては娯楽の1つでしかない。


「…何じゃこりゃ」


急展開についていけず、茫然とするアニマ。


『バカもん!気を抜くな!』


「えっ」


いきなりラリアット!魔王のフルパワーをまともに食らい、真横に吹っ飛んだ。


「い、痛てえじゃねえか…うげッ!」


魔王が、倒れたアニマの身体を上から押しつぶした。その瞬間、魔王の背中に魔法陣が浮かび上がった。数字の『3』にも見える。


『あれはッ!伝説の即死魔法『ピンフォール』!3カウント以内にあの抑え込みから抜け出さねば、死ぬぞッ!』


「はあ!?ちょ、ちょっと待て!」


3。


「う、く、クソォ…ッ!」


2。


「畜生がぁ!お、重いッ…!」


1。


「…重いってんだよ、この変態パンツ野郎!」


自らの手足を地面に叩きつけ、爆発めいたパワーで起き上がる!


「ぬん!我の抑え込みを脱するか!ならば…!」


「させねえよバァーカ!」


鳩尾に全力の地獄突きを入れる!


「ごほッ…小癪なッ…!」


呼吸器へのダメージは、否応なく相手から戦意を奪う。魔王とて例外ではない。


「ふざけるんじゃねえ!クソが!」


顎めがけてのハイキック!よろけた相手にタックル、倒した所をマウントポジションでタコ殴りだ!


「ルールなんて生ぬるいこと言わねえよなあ!?このままぶっ殺していいんだよなあ!?」


「…無論だァ!」


魔王の強烈な頭突き!怯んだアニマをどかして立ち上がる。


「我が誇りを汚した貴様は、断じて許さぬ!その首ねじ切って部下たちの墓前に捧げてやる!」


『おおっ!?こ、これは!』


チョークスリーパーである!首を絞めて相手の失神を狙うこの技も、魔王が使えば首を切断する殺人技に早変わりだ!


『ま、まずい!アニマの肉体も丈夫だが、魔王の腕力はさらにその上を行く!あんな細い首など、簡単にねじ切られてしまうぞ!』


「ぐぐ…舐めるなァ!」


魔王の腕を掴んでそのまま立ち上がり、全力で背負い投げをかました。脳天から着地した相手に追い打ちの蹴りを入れ、更に両肘を打ち込んだ。


「何が誇りだよ!テメェのせいだろ!他人のせいにするんじゃねえよ!死んで詫びろ!」


足を抱え、ぐるんぐるん回し始めた。


『ジャイアントスイング…この体格差で!?』


「うらあああああッ!」


思いっきり放り投げた!更に、宙を飛ぶ魔王を、追撃で叩き落す!


「ぐるぁ!愚かなり、人間!」


魔王も負けじと、反撃の顔面パンチ!続けてボディにも一発!たたらを踏んだアニマを蹴り倒し、チョップで追い打つ。


「誇りは心の支えだ、と貴様は言ったな。その通りだ。そしてッ!」


更に踏む。踏む!踏みつけるッ!


「それ故に、貴様は負ける!誇りを持たぬ獣に、我を殺すことなど出来ぬわ!」


「そうでもないさ」


血を魔王の眼に吹きつける!


「く…」


「こういう事ができるしな」


隙が生まれた。魔王の膝を足場にして蹴り上がり、渾身の頭突きをかますッ!


「ぐおッ!」


これを見ていた暗殺王ゴーシュは、自らの経験と照らし合わせ、違和感を見出した。


「…仮にも魔王ともあろう者が、あの程度の攻撃、避けられぬはずがない」


アラナンがマイクを握ったまま答える。


『それは奴の戦闘スタイルに原因がある。相手の攻撃をあえて受け、そのダメージを次の攻撃で返すというものじゃ』


「あまり効率の良い方法とも思えんな。一撃で殺されるかもしれんじゃろ?」


『決して倒れん、という自信と誇りがあるからできる戦法じゃ。…そして幸運なことに、アニマの一撃は重い』


彼女の圧倒的膂力から繰り出される攻撃は、見た目以上の破壊力がある。あえて受ける魔王のスタイルに対しては、『相性』がいい。


「死ね!死ね!死ねェーッ!」


「ぬうん!効かぬ!」


戦いは、打撃戦に移っていた。フルパワーで殴り続けるアニマに対し、魔王は耐え続ける。既にかなりのダメージを受けているはずだが…


『…!いかん!攻撃をやめろ、アニマ!』


「あ~ん?やめねえよ!見物人風情が調子こいて命令してんじゃねえ!」


アラナンの警告を一笑に付したアニマ。それを聞いて笑ったのが魔王だ。


「フハハハ…短慮な貴様のことだ。かかってくれると思っていた」


「あ?」


フルスイングの、パンチ。あまりに大きく振りかぶったその拳は、子供でも避けられるようなものだったが、攻撃に夢中になっていたアニマにはあっさりと当たった。


「ゔああああああッ!?」


流星の如き速度で、勢いよくすっ飛んだ。


『いままでの攻撃を一気に返す、必殺のパンチ!常人の肉体なら一瞬で爆散することじゃろう!…じゃが、じゃがッ!あやつの再生能力なら、あるいは…』


アニマが吹っ飛んだほうを見る。ギリギリ人の形は保っていた。


(…何だ?オレの身体、すごく痛くて、手足どこ?前が見えない。苦しい、息できない…)


激しい混乱。苦痛が思考を妨げ、身じろぎもできぬ。そんな状態のアニマに対し、魔王は容赦なく近づいていく。彼自身もダメージを受けているため、ゆっくりとした歩みではあるが。


「今しかない。貴様を確実に殺すにはな」


『まずいッ!逃げろ、逃げるんじゃあーッ!』


気づくと観客は静まり返っていた。ただの一発で肉塊同然になった女と、それに歩み寄ってとどめを刺そうとする魔王。嵐のような暴力の化身に、人間としての本能が警報を鳴らしていた。そして、ここに来てようやく気付いた。これは余興であると同時に、現実に起きている事なのだと。


「…に、逃げろ」


…最初の一人がだれであったかは、わからない。だが気づいた時には、観客の皆様は一人残らず逃げ出していた。客を逃がす手順は最初から決まっていたので、パニック状態にも関わらずすぐに全員が島から退避した。残ったのは、3人の、勇者の末裔のみであった。


(何と身勝手な連中じゃ。…しかし、せめてわしらだけは見届けなくては!)


「クラウゼヴィッツ!ゴーシュ!現場に行くぞ!」


「何?…お、おう!」


「よし、急ぐぞ!」


魔法で移動すればいいものを、動揺して足で移動する3人の老人。決戦の舞台についた頃には、息が切れて酸欠寸前であった。


「ふう、ふう、げほ、ど、ど、どうなっておる?まだ生きとるか?」


「まだまだこれからですよ、師匠方」


突然、聞き覚えのある声。


「ツ、ツームストン卿…おぬしらも来とったのか」


そこには、四天王を仕留めた戦士たちがいた。ツームストン卿、吾虎組長、キャスパー、ケサルだ。


「ボクたちの事より…ほら、あれ」


指差した方向、リング上を見ると、そこには元気に魔王とどつき合う、アニマの姿が!


「…な、なんという再生能力じゃ!まさかあの窮地を脱するとは…」


「凄かったですよ。説明したいなー。させてくれます?」


「お、おう」


ツームストン卿が語ったアニマの策は、驚くべきものだった…


〈つづく〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る