第4話 Erlkonig(1) 

魔王が復活したッ!

そのことを知る者は世界でも数少ないが、最初にそのことに気付いたのはとある3人の老人であった。


どうして魔王の復活に気付いたのか?それはズバリ、『直感』である!

3人の老人は、勇者の末裔であったのだ!

肉体に流れる勇者の血が、魔王の復活を感づかせたのである!そして3人は全く同じタイミングで魔王城の前に集まった。


「久しいな、お2人。全く、わしらの代になってこのような事態が起きるとは…」


鎧を着た大柄の老人が言う。


「ホッホッ、いいかげん老いぼれは休ませてほしいのですがねえ」


ローブに身を包んだ老人が言う。


「まあ、これも勇者の血を引く者の役目ですよ」


痩躯を黒衣で覆った老人が言う。

それぞれ、『剣士』、『魔導士』、『暗殺者』の末裔である。彼らの先祖が、魔王を封印したのだった。

その血を継いだ現代の勇者たる彼らも、劣らぬ達人揃いである。

老いてもなお戦に血が踊り、魂が奮い立つのは戦士ゆえの性か!


「さあ、行きましょうぞ!」


3人の老人は、老いを感じさせぬ堂々たる歩みで魔王城に乗り込んだ!


ーーそしてッ!


「ほう!貴様ら…忌々しき勇者の末裔かッ!

なるほど、よく見てみればどことなく面影があるような…ま、それはいい。

で?我を封印しにきたか、かつてのようにッ!」


凄まじい筋肉!その巨大さもさることながら、密度が尋常ではない。

両目は燃え盛る劫火の如く光を放ち、鋭い牙の生えそろった口はまるで地獄の門のようだ。

呼吸する度、硫黄混じりの吐息が漏れる。

そうッ!この男!この男こそが、かつて人類を脅かし、3人の勇者によってようやく封印された『魔王』その人であるッ!

魔王自らが、エントランスホールまで3人を迎えに来たのだ!何たる律儀さか!


「それが何を意味するか、貴様らなら分かっているはずよのう?

かつて勇者たちは、我1人を封印するためだけにその寿命のほとんどを消費した。

貴様ら惰弱な老いぼれに、同じ事ができるのか?」


老人たちの目は、揺るがぬ信念の光を湛えていた。


「封印?まさか。そんな甘っちょろい事はせんよ。もう2度と復活できぬように、確実に殺す」


魔王の表情が歪んだ。怒りではない、笑いだ。

健気に食べ物を運ぶアリを、軽く踏み潰すときの嘲笑である。


「ほう、ほう!愛らしいことを申すではないか!

殺すと、我を?ハッハハハ!

たわけが!そのような威勢のいい啖呵を切る前に、やるべきことがあるのではないか?」


「やるべきことだと?」


魔王は、3人を端から順に睨みつけた。


「…腰痛くらい治してこいってことだ」


今老人たちは一様に膝を突き、腰を押さえた状態で魔王と問答している。


「いや、わしらも予想外じゃった…城に入る前までは調子よかったんじゃが…」


「歳は、取りたくないもんじゃのー…」


「この姿勢はこの姿勢でキツいのう」


勇敢なる勇者の血族たちは、80代であった。魔王はため息をつき、指を鳴らした。


「メルトール!お客様がお帰りだ!」


突如虚空から爆炎が発生し、人型を形成し、女の姿になった。…おお、この女は!


「どうも、皆さま。私、魔王様に仕える四天王が1人、『灼火のメルトール』と申します」


そう、この女こそ、かつて魔王と共に猛威を振るい、今また蘇った四天王の1人である!

強大な魔族であり、炎を操って都市を滅ぼしたとされている。

その彼女が今、動けぬ老人たちに近づいている。万事休すか!


「は~い、おじいちゃん、肩貸してくださいね~持ち上げますよ~」


老人の1人を優しく持ち上げ、入口へ向かって歩き出した。

その途中、振り向いて言う。


「あんたらも手伝いなさい!」


するとその声に応じて、3人の魔族が現れた。草木で全身を覆った男。三叉槍を所持した巨大な魚人。雷光を放つ少年である!


「よし、ご老人。しっかりと掴まっていなさい、怪我するぞ」


「チッ、俺の身体はヌルヌルしてるから気をつけろよ」


「オイラも手伝うの?…別にいらないよね?」


まとめて紹介しよう!

『精髄のカリス』!自然を操る!

『波濤のバミュラ』!水を操る!

『霹靂のボリス』!雷を操る!

彼ら四天王によって、老人たちは城の外まで運ばれたのである!


「じゃあ、下ろしますよ~」


「いやあ、すまんのう」


優しく地面に下ろされ、腰をさする勇者の末裔。

見るも情けない彼らに、メルトールは問う。


「なぜあなた方が出てきたんです?

あなた方のお歳なら、お孫さんくらいいらっしゃるでしょう?

若い人に任せればよかったのに」


「…」


「なぜ何も言わないのです?よもや孫がいないわけでもなし…」


「…」


「…えっ?嘘、ひょっとしてホントに孫がいないん…」


その瞬間の老人たちの慌て様といったら、もう、見ていられない程であった。


「いや、おるし!まだ幼いから置いてきただけじゃし!」


「そうそう!大切な孫を巻き込みたくないだけじゃ!」


「うむ、まあ、そういうことだ」


いまいち納得できない返答である。


「…でも、お子さんはいるでしょ?」


その質問に、表情を苦々しくする老人たち。


「え?マジ?いないの?」


「おるわい!…ただ、わしらの子供は皆、会社員でな…」


「うむ、勇者は称号であって職業ではないからな。勇者の血を引く、というだけでは金は稼げん」


そこでメルトールは初めて納得した。


「ああ、なるほど…魔王様がいなきゃ、勇者なんて意味ないしね…それでおじいちゃんたちが出張ってきたわけですか」


勇者たちがもたらした平和な世界において、最も不要なものが、皮肉にも勇者そのものであったというオチだ。


「ま、なんにせよ、今のあなた方では魔王様には太刀打ちできません。

お帰りください」


「よいのか?わしらを見逃しても…」


「ええ、魔王様直々の命令です。あなた方は何の脅威にもなり得ないとのことで。

それでは、皆さま!失礼いたします!」


四天王はたちまち目の前から消えた。残された老人たちは、ただ茫然とその屈辱を受け入れるしかなかった。


「…ともかく、このまま引き下がるわけにもいくまい」


「しかし、また腰痛が出るぞ?」


「うむ。わしらではもうダメじゃろう、そこで…」


鎧の老人が言う。


「我々の広いツテで、魔王に対抗し得る猛者たちを集めるのじゃ!」


その言葉を聞いて黒衣の老人が、


「な、何をバカな…!魔王復活が人々に知れれば、大きな混乱が起きるのだぞ!」


「だから、裏社会の人間を使う。誰にも知れぬよう、こっそりと始末させるのじゃよ!」


ローブの老人が困ったように、


「信用できるのか?裏社会の人間など…

それにわしらは一応、高い社会的地位にあるのだぞ!

犯罪者に頼ったなどと知れれば…」


立案者の、鎧の老人はニヤリと笑った。


「今更何を言う。お主が一番、闇のツテを持っとるじゃろうに」


ローブの老人は苦しそうな表情になった。思い悩む顔だ。


「…本気か?」


「綺麗事の時間は終わりだ。ここからは、手段を選んでいる場合ではない」


結局、3人は決断した。

裏社会のごく一部に、『大金持ちが強大な戦士を欲している』という情報を流し、集まった者のうち信用できそうな人間にのみ、魔王復活を教えて協力させるという作戦だ。


「やるしかないな。この作戦で…」


「うむ、これでどれだけの猛者が集まるかは分からんが…」


「しかし、信用できる者をどのように見極めるか…」


そんな3人の様子を、魔王城の窓から眺めている者がいた。

四天王メルトールである。


「あの人たち敵の本拠地の前で作戦会議してますよ、魔王様」


「ああ、きっと凄いバカなんだろう」


メルトールが身を乗り出した。


「でもよく聞こえないですね」


「我の耳には聞こえる。どうやらチンピラを集めて我を倒そうとしておるらしいな」


メルトールは、流石に困惑した。

それも無理からぬことだ。

たかが腕自慢の有象無象ごときが、魔王に勝てるわけがないのだ。


「ええ?私たちも復活したてなので、現代のことはよく分からないですけど…今時のチンピラってそんなに強いんですか?」


魔王の表情は、実に愉快そうであった。


「フフフ…どうだろうな?期待して待つことにしよう」


「はい!私たちも、お出迎えの準備を進めます!」


そして1週間後。魔王に挑む5人のチンピラたちが集まったのである。

〈つづく〉


どうしようもない名鑑No.8【クラウゼヴィッツ・イナバ】

『剣士』の勇者の末裔。御年85。剣聖と呼ばれる程の剣の達人であり、アヴァロン新陰流の創始者でもある。若い頃は1番モテた。




どうしようもない名鑑No.9【アラナン・ゼパル】

『魔導士』の勇者の末裔。御年84。大賢者と呼ばれ、裏社会にも詳しい。世界最大の学園を経営しており、生徒からは『ハゲ』という渾名を付けられている。




どうしようもない名鑑No.10【ゴーシュ・セルバンテス】

『暗殺者』の勇者の末裔。御年83。暗殺王と呼ばれているが、『王』の要素は無い。あまり人前に出ないが、それはコミュニケーション能力が低いからである。3人の中では唯一の独身。

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