第4話 Erlkonig(2)

フロウラ聖国都下の某所、18階建てビルの1室に、APFMRの会長室はある。

…え?APFMRをご存じない?

よろしい、ご説明しよう。Association for the Protection of Fundamental Monster Rights、すなわち魔族の人権保護団体である。

これは無論、読者の皆様方に分かりやすいよう英訳及び日本語訳させていただいた名称であり、本来は異世界の言葉で名前がつけられている。

…まあ、どうでもいいか。


その組織の会長が、会長室にいる。それは当然のことなのだが、今日に限っては少し違う。


「…私をお呼びですか」


「いやあ、すまないねえ、急に呼んでしまって」


会長の肌は硬い鱗で覆われており、その頭部はまるでトカゲだ。

彼はリザードマンなのだ。

対する客人は、いたって普通のゴスロリ少女に見える。

だが、肌が異様に青白い。ゾンビである。2人とも、魔族なのだ。


「実はね…我々魔族のピンチなんだよ」


「と、おっしゃいますと?」


会長はため息をついた。


「…魔王が復活したそうだ」


「はあ」


ゾンビ少女が気の抜けた返答をする。


「これがどういうことか分かるかね?また魔王と人類の戦争になれば、魔族への差別は強くなる!

やっと人間社会に溶け込んだというのに…余計な事をされては困るのだよ」


「そりゃ、まあ、確かに」


爬虫類特有の縦に細い瞳孔が、更に細くなる。


「つまり、君に頼みたいのは…魔王の討伐なのだッ!」


「お、おお~っ」


会長の凄まじい圧に、ゾンビ少女が引く。


「頼む!この過酷な任務を任せられるのは、君しかいないのだッ!」


ゾンビ少女はしばらく俯いていたが、青白い肌を紅潮させ、頷いた。


「よ、よろしい!最強の死霊術師である、このキャスパーちゃんにお任せあれ!」








とある大企業の本社ビル。その応接室で、2人の男が密談を行っていた。


「カラン島、ご存じですか?」


「ああ、魔王が昔住んでたとかいう城がある…なんか今立ち入り禁止らしいな」


ハンサムな青年が尋ね、ガラの悪い男が答える。


「ええ、その理由はご存じで?」


「さあ、知らんな」


青年がずずいと近寄る。ガラの悪い方が下がる。


「実はですね、魔王が復活したかららしいんですよ」


「…はあ?湧いとんのか?」


「まあ、本物の魔王かどうかは知りませんよ?

ただ、魔王を名乗る何者かが、あの島に現れたということだけは確かです。

…そこでッ!」


青年は更に身を乗り出す!


「貴方には、魔王を倒していただきたいッ!」


「…やっぱり湧いてるだろ、あんた」


ガラの悪い男は立ち上がり、帰り支度を始める。青年は引き留めもせず、話し続ける。


「カラン島は龍脈の重なる地、上質な魔力を採取することができる。

そのことに眼を付けた我が社はこの島の魔力採掘権を二束三文で買い取りました。

その矢先です、魔王の復活は」


男の動きが止まり、ゆっくりと座り直し、続きを促す。


「…それで?」

「困るんですよねえ、勝手なことされたら。でしょ?

だから組長に頼みたいのは、『地上げ』なのです」


男のサングラスの奥で、狂暴な瞳が輝いた。彼は金もうけのうまい話を見つけると、このように眼を光らせる。


「『地上げ』なあ…それはワシらの専門じゃがのう」


男は、ヤクザであった。

神龍会直系、吾虎組あがとらぐみ組長、吾虎あがとら武蔵むさしである。

武闘派で鳴らし、多くの組を潰してきた、本物の極道者なのだ。


「当然、組長お一人で挑むという訳ではありませんが…どうでしょう?」


「『魔王を地上げする』か…面白いのう」


吾虎組長はニヤリと笑った。獣の如く獰猛な笑みだ。

彼の関心は既に損得勘定から離れ、喧嘩師としての本能のみがうずいていた。


「では、商談成立ということで」


「おう、ええじゃろ」


2人は固く握手した。2人は笑っていた。邪悪というか、狂暴というか…常人ならば失禁を免れぬ程、凄まじい空気であった。








飲み屋で、1人の男が酔いつぶれていた。

黒衣の老人、その名をゴーシュ・セルバンテスといった。

皆さんも、勇者の末裔としての彼の活躍をご存じのことだろう。

その彼が、なぜこんな所で酔いつぶれているのか?

早い話が、魔王討伐隊の人選であった。


(他の2人は個人的なツテをたどって、早くも候補者を見つけたらしい。

なのにわしときたら…)


ゴーシュには、友人が少なかった。

この歳になって、気心知れた仲間は、同じ勇者の末裔であるあの2人のみなのだ。


(わしのバカ!どうしてもっと交友関係を広めなかったのか!若いうちにもっと色んな人と関わっておくべきじゃった!)


後悔先に立たず。

自らのコミュニケーション能力不足を呪いつつ、ヤケ酒を呷っていたゴーシュに、話しかけてきた人間がいた。


「旦那はん、随分酔うてはるみたいやけど、どないしはりました?」


古代アトランティス訛りの言葉。声の方を見ると、褐色の肌の少年が立っていた。

その立ち居振る舞いや言葉づかいは、どことなく女性的であった。


「隣、よろしい?」


「あ…ああ、いや、別に…」


こういう時にまともな返しができない所が、彼の口下手たるゆえんだ。


「何ぞ嫌なことでも?」


「いや、まあ…自業自得じゃよ。気にせんでくれ」


少年は微笑みつつ頷いた。


「ウチはケサルいいます。

何や悩んではることでもおましたら、ウチに話してもらしまへんやろか?」


悩みがあるなら聞かせてください、というのだ。


「いや、少々トラブルがあってのう…とびきり優秀な戦士が必要なのだ」


ケサルは目を丸くした。


「何や物騒な話やわぁ。

…せやけど旦那はん、ウチも一応戦士やさかい、手伝えることがあるんとちがう?」


今度はゴーシュが目を丸くする番だった。


「戦士?お前さんが?」


よく見ると四肢は細いながらも筋肉質で、腰には曲刀を佩いている。

その立ち姿から、隙の無さや体幹の強さを見て取れる。

意外と優れた戦士なのかもしれない。


「いや、しかしのう…相手は凄まじい強敵、死の覚悟をせにゃならんのだぞ?」


「あら、せやったら心配おへん。

ウチ、どうせ死んだんとおんなじやから。

命くらい、懸けさしてもらいます」


妙なことを言う、とゴーシュは不審に思ったが、それより感動が勝った。

たった今知り合ったばかりの若者が、悩んでいる自分のために命を懸けるというのだ。

酔いも相まって、老人の涙腺は崩壊した。


「うっうっう~、今時の若者も捨てたもんじゃないのう!

そうか、やってくれるか!実は、その強敵というのは…」


一瞬、この最高機密を、居酒屋で出会ったばかりの少年に話してもよいものか考えた。

しかしこんな老いぼれのために命を懸けるといった若者が、悪い人の訳がない。

ということで、魔王復活について全てを伝えた。


ケサルは、一切たじろがずに話を聞き終えた。


「あらあら、あんまり大きい話やからびっくりしてしもたけど…

一度引き受けたもんは、最後までやらせてもらいますわぁ」


その言葉にまた感動して、男泣きする。


「よく言った!お前さんは偉い!漢の鑑じゃ!」


こうしてゴーシュは、世界の命運を居酒屋で会った少年に託した。








「…はい、ということで…皆様にお集まりいただいたんですけども」


早朝、魔王城前。

メガホンを持って喋るのは、ローブの老人、アラナン・ゼパルである。


「え~、色んな所に募集かけさせていただきました、それでですね、え~ようやく、ここに5人の戦士が集まったということで、ええ、さっそく紹介の方、させていただきたいと思います」


ひとつふたつ、咳払いをして声を調える。


「魔族人権保護団体、APFMRからお越しの、キャスパー・レヴェナントさん!」


「どもっス!」


青白い少女がお辞儀をする。


「エネルギー企業、レーヴァテイン社の代理人、吾虎武蔵さん!」


「ま、短い付き合いじゃがよろしく」


角刈りにサングラス、ダブルのスーツで決めた男が挨拶する。


「え~続いてわしら3人の推薦によって選ばれた3名をご紹介したいと存じます!

…まず剣聖クラウゼヴィッツ・イナバ推薦!弟子のツームストン卿です!」


「よろしく、お願いしま~す!」


黒い甲冑で顔まで隠した剣士が、手を振って紹介に応えた。


「それから暗殺王ゴーシュ・セルバンテス推薦!

飲み屋で会った人、ケサルさんです!」


「よろしゅう」


褐色の少年が愛想よく微笑みかける。


「そして最後にィ、このわし、大賢者アラナン・ゼパル推薦!

この間その辺で知り合った人、アニマさんです!」


「あっ、はい!ど、どうも」


アルビノの美しい女が、戸惑ったように返事した。


「以上5名が、世界の為に立ち上がった!皆様、盛大な拍手をどうぞ!」


観客が、地割れのような轟音で拍手した。観客?そう、観客がいるのだ!

世界中の選ばれた金持ちだけが、ここカラン島に極秘で招待され、世紀の決戦の目撃者となるのだ!

そこら中を魔族の売り子が歩き回り、弁当や酒を売っている。


「魔王様!人間ってどうかしてますよ!自分たちの運命を決める戦いを、お祭り気分で楽しむなんて!」


その様子を城の中から見ていた四天王メルトールは、かなり困惑気味であった。


「確かに、狂っておる。我のおらぬ間に人類もだいぶ変わったようだ」


魔王は、嘲笑しつつも、半ば忌々しそうに、


「ここに集まった金持ちはな、皆いわゆる『贅沢』というやつに飽き、刺激を欲しているのだ。

それこそ身を滅ぼすような刺激をな…飽食の時代の弊害というやつよ」


そしてかつての戦争に思いをはせた。


「かつての人間は違った。皆生きるのに必死であった。

それが、今や見せ物になるとは…」


「で、でも、よく勇者の末裔たちも了承しましたねえ?」


「最初は、我の復活を全世界に知らしめて混乱を起こしてやろうと思っていたのだ。

だが奴らが、『それだけはやめてくれ』と懇願するのでな。

戯れに代案を用意させたのだ。

我も最初聞いた時は驚いたが…とりあえず乗ってやろうと思ってな」


何たる悪辣な交渉術!そして冴えわたる魔王の深謀遠慮か!


「ええ…?人間側の提案なんですかこれ?」


「それより次は我の出番だ、ちょっと行ってくる」


「…へ?」


テレビカメラを構えたオークが、魔王の前に立つ。


「はい放送まで5秒前~!4!3!2!…」


突如魔王城正門前に現れた、巨大な魔王のビジョン!幻影魔法によって投影されているのだ。


「え~、ここに魔王と人類との、戦争を開幕できるのは、我にとっても僥倖の至りであり、人類の皆様方におかれましては、大いにあがいていただきたいと思います。それでは決戦、スタートである!」


割れるような観客の歓声!そして一斉に城に突入する戦士たち!まさに血沸き肉躍る祭典!


「…いやいやいや。おかしいって…」


メルトールは1人、嘆声を上げた。


〈つづく〉


どうしようもない名鑑No.11【吾虎武蔵】

神龍会直系組織『吾虎組』組長。スメラギノ地方で一番強いヤクザ。銀色に輝く右腕を持っており、なんらかの強大な力を秘めているようだ。




どうしようもない名鑑No.12【波濤のバミュラ】

四天王の一人で、魚人。槍術『ポセイドン流』を修得し、師匠から『お前が一番ヌルヌルしている』と言われた。

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