第2話 vacant(中)

午前4時のとある町中、朝焼けに照らされる10人の男たちがいる。

いずれも魔法重火器やコンバットナイフ、悪霊グレネードで武装した、屈強な兵士たちである。

彼らは危険な魔術結社の一員であり、堂々と行動できない。

そのため街灯の光を避けて動いていたが、これ以上は無理だろう。


「…ヤツらはどうした」


廃屋を調べに行った隊員のことである。あれから30分は経っている。

彼らのように優れた兵士がこれだけの長時間音信不通になるというのは、はっきり言って異常事態であった。


「…死んだな。驚くべきことだが。となるとあの女はもう町の外へ…」


他の隊員も頷く。その中の1人が言う。


「夜明けだ。どちらにせよ捜索は中止しなければならん」


「まあ、仕方あるまい…」


彼らは決して諦めた訳ではない。『虹色のざわめき団』は極めて執念深い。

アニマをどこまでも追い回し、残虐な刑罰を与えるだろう。

だがともかく、ここは撤退するしかない。


「…チィッ!」


隊員の一人が、苛立ちながら地面に模様を描き始める。

赤いチョークのようなもので刻まれたそれは、誰がどう見ても『魔法陣』だ。

これは『虹色のざわめき団』の秘儀のひとつ、『空間転移』の術式である!

彼ら選ばれし兵士たちのみが、この術の使用を許可されているのだ!


「…我々があのような胡乱な輩に…たった女一人に…!」


この屈辱が、彼らの執念を強くする。そしてよりたちの悪い集団となってアニマに付きまとうのだ。

…そうなるはずであった!


「貴様、何のつもりだ」


昇りゆく陽を背にして、現れた女がいる。

乱れた白い長髪。陰の中で輝く赤い眼。血染めのジャージ。


「…なぜ戻ってきた!」


言ってしまえば油断である。

3週間仕事をしてみて生まれた『慣れ』。

既に隊員を半数殺しているという『実績』。

この2つが相まって完成したのは、『傲慢』である。

オレなら殺せる、大した敵じゃない、というのがこの時の彼女の気持ちだ。


「いや、聞くまい!どんな理由にせよ、お前は帰ってきた。

自殺しに戻ってきたのだ。全力で歓迎しようではないか!」


一斉に銃を構える!


「あァ?てめェらオレを殺せるとでも思ってんのか?」


アニマは躱そうともせず、ただそこに立ち尽くした。


「撃てェ!」


ただならぬ力を秘める魔弾が、数千発!恐ろしいほど濃密な弾幕!

おびただしい面射撃!躱せない!かと言って回避しなければズタズタの肉片になる!


(…あれ、これヤバいかも)


押し寄せる魔弾の波を一度に浴びる!

手足が折れ、鎖骨が砕け、肺と心臓に大量の穴が開く!


今更になって分かり始める、自身の見通しの甘さ!

これで2度目だ!いつまでも学ばない!


「ヤバッ、し、死ぬ!」


飛び上がろうとして、派手にずっこける!


「ぎゃっ」


なおも銃撃は続き、ぼろクズのようになった女を執拗に苛む!

結局銃撃が止んだのは、開始してから3分後であった!

もはやボロクズどころか血だまりしか残っていない。


「油断するなよ!相手は得体の知れない力を持っているやもしれん!」


「分かってるっての!」


隊員のうち数名がナイフを抜いて血だまりに近づく。

そしてナイフの先端で肉塊をかき分けた。


「…こんなんになっちまったら流石に生きちゃいねえだろ…」


念のため丁寧に調べるが、特に異常はない。…そのはずだが。


「見なくても分かるだろう、ほら、死んでる」


そう報告するが、何か妙な感じがする。すると1人の隊員がその違和感の正体に気づく。


「…肉しかないな」


その通りである!あれだけ盛大に弾丸を浴びせかけたにも関わらず、残っているのは肉片のみ!

骨や脳みそはどこにもーー


「ごへっ」


それを指摘した隊員は3秒後に肉片の仲間入りをした。


「!!?」


これはいかなる怪奇現象か!?

死体を調べていた兵士たちが、突如として次々吹き飛んでいったのである!


「や、やはり…得体の知れない力を持っていたのか!」


見えざる力!念力か突風か、あるいは全く想像もできないような『何か』が、今目の前で猛威を振るっているのだ!


「『得体の知れない』ってのはねえだろ?」


「!!」


土煙が巻き上がり、血が飛び散る!

土中から出現する、その姿には、傷ひとつ付いていない!


「殺せねえって言っただ…ゲホッ!オレは不死身なん…ゲェーホッ!オ゛ッへ!」


あの悪夢の如き銃撃を、彼女はいかに凌いだのか?

それは実に単純明快な答え。

肉体の圧倒的頑強さである!魔弾を受けても消し飛ばず、致命傷もたちまち癒えるタフネス!

地面に穴を掘って避難するための時間を稼ぐには十分過ぎたのだ!

…だが兵士たちも負けてはいなかった。


「…怪物め!」


意を決した兵士たちは、ナイフを構え、玉砕覚悟で突っ込んだ!

彼らは狂気じみた信念の下、選ばれし才能を以て、想像を絶する訓練を積み重ねてきた。

その精鋭が、死を覚悟して戦おうと言うのだ。手強くないわけがない!


「うわっ、気持ち悪っ!こっち来んな!」


もっとも、あまりに強大な暴力の前ではそれも無力なワケで、この辺りが人の世の無情さを物語っている。


「寄るな寄るな!羽虫かお前らは!」


蹴りひとつ、拳ひとつで人間が死んでいく。

それも実に面倒そうに、何気なく殺していくのだ。

あまりにあっさりと死んでいくものだから、殺している本人も実感が湧かない。


「お前らさ、死人のためによくやるよ、ホント」


目を突き、怯んだところを撲殺する。足を折り、倒れたところを踏み殺す。

殺す工程を最適化し、より簡単に殺せるようにする。

受験勉強より楽だ。


「…まあ何にせよ、全力で取り組めるものがあるってのは良いことだと思うぜ。

ウチの親もよく言ってた」


そう言えば、ウチの親はどんな顔をしていたっけ、と記憶をほじくり回す。


「…ああ、ダメだこりゃ。全然思い出せないわ」


そしてそのことに大して動揺していない自分がいた。

それも当然かも知れぬ。彼女はもう、『あの世界』の住人ではない。

ここは彼女にとって、もはや『異世界』ではないのだ。


「うふふ、あは、どうでもいいか!」


自分が何者であろうと、『虹色のざわめき団』の信念が何であろうと。


「ふふ、っけ、獣風情に我らの理念は理解できまい」


最後の生き残りの男が、誇り高くそう言った。その誇り高さがアニマの癇に障った。


「ああ、そうだろうさ。

…ところでよォ、その獣にボスを殺されて、自分もまた殺されるってのは」


男の胸倉を掴んで持ち上げる。


「どんな気分なんだァ!?おお、コラァ!!」


思いきり拳を振りかぶる。彼女もまた、『キレやすい若者』の1人であった。

そんなアニマに対し、その兵士は実に穏やかに答えた。


「…だから貴様は獣だと言うのだ。我らのボスが、あの程度で死ぬと思うか?

壁に叩きつけたくらいで。首を折ったくらいでだ」


アニマの脳を怒りが支配する。彼女は誇りある人間が嫌いだ。余裕のある人間が嫌いだ。なぜなら、それは全て彼女に無いものだからだ。


「あァ?…そんなら試してやるよォ、首を折っても死なねえかどうかさァ!」


エビの殻を剝くように無造作に、その首を折った。

そしてその死体を放り捨てた。


「…死んでなきゃ、そん時は…また殺してやるさ」


血混じりの唾液を吐き捨てた。陽が高く昇っている。

町の人々が起き始める頃だ。陽のまぶしさに耐えかねたように、アニマは路地裏へ逃げ出した。


〈つづく〉


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