第2話 vacant(上)

アニマは生前、男であった、というのは皆さんもご存じのことであろう。


いわゆる高校生である。

その頃の彼は運動の類が苦手だったが、かと言って勉強ができるわけでもなかった。

根本的に、『努力』というものが大嫌いだったからだ。

必然、どんどんとひ弱で陰気な少年になっていく。


それでも小学生あたりまでは友達がいた。

だが、中学、高校と成長していくにつれ、そんな人間は敬遠される。

彼自身、他人と関わり合うのが煩わしいというのもあり、どんどん孤立していったのだ。


…さて、これらの情報を踏まえた上で、生前の彼の様子を見ていただこう。




「…」


肩をすくめ、俯いて廊下を歩く少年が生前のアニマだ。


「だからお前そりゃアメリカシロヒトリだっつうの!」


「ぎゃはは!」


その向こうから、大声で喋りながら歩いてくる集団が同級生たちである。お互いまともに前を見ていないので、自然と肩がぶつかる。


「あ…」


「って!」


その一瞬、廊下に静寂が広がった。


「…おっと、ごめん」


「…あ、いや…」


この距離感である!読者の皆さんの中には覚えのある方もおられるかもしれない。


いじめられているわけではない。かといって仲が良いわけでもない。

独特の疎外感、互いに気まずい感じが漂い続けた高校生活であった。

何ひとつ楽しいことはなかったし、これといって嫌なこともなかった。

『冴えない』を通り越して『虚無』のような人生だった。




…では転生した今、その退屈は癒されたのか?

過酷な使命を課せられたとはいえ、強大な力を与えられて異世界に送られたのだ、それなりに刺激的な日々を過ごしているはずだろう。


「…あー、クソッ…」


ところがである。その力を振るうたび、彼(女)の心は平坦になっていくのだ。

初めて人を痛めつけ、殺したあの日から、全てが悪い方向に進んでいた。


「どうしたもんかな…」


今彼女は、重火器と魔弾で完全武装した兵士20名に追われている。

彼女は町中を逃走しつつ3名を殺害、廃屋に潜伏して反撃のタイミングを伺っていた。午前3時半の出来事であった。


(…標的はもう殺したんだ。こんな所で死ねるか…!)


右手に持った安酒の残りを一気に呷る。

憂鬱な気分を消し去るために飲み始めた酒ではあるが、彼女の体質はアルコールを瞬時に分解してしまい、たいした効果はなかった。

むしろ苛立ちが募るばかりだ。空の酒瓶を投げ捨てようとした時、扉の外で声が聞こえた。


「おい、ここ、見てみろ!民家があるぞ…おあつらえ向きに廃屋ときてる。

いかにもドブネズミの隠れてそうな所じゃないか」


「…よし、こっちに5人回せ。こン中徹底的に探すぞ」


踏み込んでくる。アニマは息を止めた。彼女の肉体の性能なら、1時間ほど無呼吸でも活動できる。


(喋ってた2人と追加の5人で合わせて7人。こいつらを殺せば3+7でちょうど10人殺したことになるな)


「よし、やれ!」


扉を開け、呪いをまき散らす『悪霊グレネード』を投擲!


「死ねドブネズミがァァァッ!」


BARARARARARARARARA!

魔弾による掃射は並みのマシンガンとは比べ物にならない殺傷力を誇る!


(派手にやりやがって…耳キーンなるわ)


銃撃を避けるため台所に隠れ、殺しの予定を立てる。最初の仕事から3週間が経ち、既に標的たちとその部下合わせて11人を殺していた。もはや躊躇いは無い。


「我ら『虹色のざわめき団』を敵に回して無事でいられると思うな!」


名前こそクソダサいが、『虹色のざわめき団』といえばその筋では有名な魔術結社だ。そのボスを殺して逃げたわけだから、相応の報復を覚悟せねばなるまい。

穴だらけの廃屋に入り込んできた7名の兵士たちも、それぞれかなり鍛えられた精鋭である。

それをかいくぐって逃げることなど、不可能だ。


「ハハハ!言っても無駄だ、今ので死んだに決まって…」


声が消える。


「…どうした。何か見つけたか?」


室内はかなり暗く、銃についたライトでも全体を照らすことは出来ない。

そのため口頭で確認したのだが、いつまでたっても返事がない。


「反応くらいしろ、バカが!」


思わず声が消えた方向をライトで照らした。いない。


「…?」


天井を照らす。いない。


「…おい?」


床を照らす。…いた。


「!!?」


首が奇妙な向きに折れ曲がった死体。それがさっきまで会話していた同僚だと気づくのに、1秒かかった。その1秒が、彼の人生を決した。


「…んなバカな」


『バカな』の『な』で首が折れ、地面にばたりと倒れ込んだ。


「…クソッ!やられたッ!」


残る5人の中のリーダー格が、瞬時に状況を把握して言った。

…とはいえ『やられた』はまずかった。


「ち、畜生!そんなわけあるか!死ねェーッ!」


兵士の1人がその言葉でテンパり、魔弾を乱射しだしたからだ。


「バ、バカ者!落ち着いて状況を整理しろ!」


こうなるともはや誰の言葉も届かぬ。恐怖はたちまち全員に伝染した。

取り乱して味方を撃つ者。弾切れの銃を捨ててナイフを振り回す者。

廃屋を絶叫が満たした。


(~~ッ!)


リーダー格の男は、フレンドリーファイアを避けるため、物陰へ隠れた。

そして気づいた。絶叫が1人ずつ止んでいることに。

1人、2人、3人、4人。

全員の声が消えるまで、10秒とかからなかった。


「…ぬぅ」


震えが止まらなかった。今自分が相手にしているのは人間なのか?

その疑問だけが脳内を駆け巡っていた。

深呼吸をして、額の汗を拭おうとして、できなかった。自分の首に、女の両腕が絡みついていたからだ。


「…お前は人間か?」


乾いた笑い声が背後から聞こえた。


「天使様だよ」


その声を聴いた瞬間、視界がぐりん、と一回転した。


「…」


もはや物音ひとつしない室内に、朝日が差し込む。その光に照らし出されたのは、白髪の女ただ一人であった。


「あと10人。…オレこの仕事向いてるかも」


〈つづく〉


どうしようもない名鑑No.4【『神』】

アニマを欺き、異世界救済の任務を与えた神。悪意はカケラも持ち合わせておらず、誠実さと正義感のみで行動している厄介なタイプ。実は1号から11号まで存在しており、彼女は8号。

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