空に走る

くるくま

空に走る

ヤマガタ・ツカサが死んだらしい。


その噂はあっという間に宇宙を駆け巡り、宇宙空間警備隊のモリタ・アオイの耳にも入った。


話では、ヤマガタの駆る宇宙船が操舵不能に陥り、船を放棄せざるをえなかった。その際、ヤマガタだけが船に残り運命を共にしたという。船はヤマガタを乗せたまま、小爆発を繰り返しながら宇宙の彼方へと飛び去ったそうだ。


ヤマガタ・ツカサの名を知らないものは船乗りの中にいなかった。


ある者には恐れられ、ある者には忌み嫌われ、またある者には憧れられる、宇宙海賊であった。


大手財閥の貨物船だけを襲う海賊だった。人を殺すことも、船を沈めることもなく、ただ積み荷だけを奪っていった。そうしてがっぽりせしめた積み荷を売り飛ばして、得た利益を貧しい人々に寄付しているらしいという噂が立ち、義賊と呼ばれるようにさえなった。


モリタ・アオイがヤマガタ・ツカサと出会ったのはもう何年も昔、まだヤマガタが宇宙空間警備隊に在籍していたころだ。


ヤマガタはモリタの5年先輩にあたり、まだ新人だったモリタの教官として手取り足取りさまざまなことを叩き込んだ。きびしさと、やさしさのこもった指導だった。


教育期間が終わると、モリタはヤマガタが指揮する小型警備艇に配属され、ヤマガタの背を見ながら一人前の隊員へと育っていった。


やがてモリタが昇進して小さな警備艇の艇長を任せられるようになったころ、ヤマガタは警備隊を去った。


上官と対立したとか、部下の事故死の責任を取ったとかさまざまな噂が流れたが、詳しいところはわからない。


ヤマガタは、どこかの組織が手放したオンボロの哨戒艇をただ同然で手に入れ、改造を施して「自由同盟」なる海賊組織を立ち上げた。


時は流れ、モリタは大型警備船の船長を務めるようになった。宇宙では相変わらず「自由同盟」がどこそこに出た、という噂が絶えなかった。


そして、3年前、モリタの駆る船は新設された宇宙海賊対策の特別部隊に編入された。


宇宙では様々な海賊が跳梁跋扈していたが、やはり一番の脅威とされていたのは「自由同盟」であった。人的な被害はほとんど出ていなかったものの、「自由同盟」による襲撃だと特定できたものだけでも、その被害総額は膨大な額に上った。


かつての師ともいえるような人物を、今は犯罪者として追っていることに運命の皮肉を感じざるを得ないモリタではあったが、任務には全力で打ち込んだ。


モリタのあげた成果は、目覚ましいものだった。


これまでの攻撃の傾向を丁寧に分析し、いくつもの略奪を未然に防いだ。


さらに、「自由同盟」に対する包囲作戦を主導し、一時はあと一歩で拿捕、というところまで追いつめた。


ヤマガタ・ツカサとモリタ・アオイの駆け引きは「義賊と警備隊エースの頭脳戦」「宿命の対決」などと呼ばれるまでになった。


その「戦い」の片方の主役が死んだ。


その死は、多くの船乗りにとって不可解なものであった。


人類が宇宙へ乗り出したとき海洋から宇宙へとさまざまな習慣や概念が持ち込まれたが、「船長は船と運命を共にする」という習慣は地球に置き去りにされ、葬り去られた。


もちろん事故が発生した場合、船長には最後まで船に残って復旧・救助活動にあたる義務があるが、最後は船を脱出して詳細を報告する義務もあるというのが船乗りの常識となっていたからだ。





首謀者を失った「自由同盟」は崩壊し、逮捕される者も出てきた。しかしその中に、ヤマガタが船に残ったのはなぜかという、その理由を知る者はなかった。


モリタ・アオイはヤマガタの死に大きく動揺した。そして、ヤマガタの死に動揺する、自分自身の姿に困惑した。


それまでのモリタには、自らに与えられた任務には私情を挟まず取り組んできたという自負があった。その自負が、ヤマガタの死を前にしてあっけなく崩れ去ったのだ。


なぜヤマガタは自ら死を選んだのか。


なぜ自分はヤマガタの死にこんなにも動揺しているのか。


ここまで自分を苦しめるヤマガタ・ツカサとは、自身にとっていったいどういう存在だったのか。


モリタはこのような思いにとらわれ、船長室に閉じこもることが多くなった。


「自由同盟」の件がひとまず落ち着いたことで、モリタは海賊対策の担当を外れ、日常的に生じる些末な業務をこなすだけの日々が続いた。


そこに、以前のような熱意と、気概に満ちたモリタの姿はなかった。





ヤマガタの死から3ヶ月ほどたったある日、モリタの船は定期パトロールの経路を巡回していた。警備船は、住む人とてないとある惑星に近づこうとしていて、モリタはこのごろでは珍しくブリッジにいて船員に指示を出していた。


その時、レーダーを監視していた船員から、未知の移動物体を発見したという報告が入った。小惑星と考えるには速度が速く不審で、違法な船舶の可能性もあるという。


念のため調べておくに越したことはない。モリタの船はその不審な物体に接近し、速度を合わせた。


船が接近するにつれて物体の形状が捉えられるようになってきた。あまり光を反射しない、ところどころに傷をもつそれは、明らかに宇宙船の残骸であった。


拡大映像がスクリーンに投影される。それを見た船員から声が漏れる。


「これは……」


「ヤマガタの海賊船だ」


たしかに、真っ黒な塗装に覆われたその宇宙船はまごうことなきヤマガタの海賊船であった。船尾はかなり破損が激しいものの、ブリッジや船体中部に大きな傷はない。


「調査しますか」


「そうだな、そうしよう」


調査隊の乗る小型艇が海賊船に接舷し、ハッチをこじ開けて船内へ入っていく。


しばらくすると、調査隊からの通信が入ってきた。


「ブリッジで人体を発見。死亡しています」


「回収できるか」


「それが、椅子に固定されていてすぐには回収できません。手元の工具では遺体を傷つけてしまいます」


そのとき、通信にノイズが入った。


「どうした」


「船内の機器が爆発しました。危険なので退避します」


「わかった。いったんこちらへ戻れ」


戻ってきた調査隊に随行していた船医から報告を受ける。


「遺体はヤマガタ・ツカサのものと思われます。死因は急減圧による窒息死と思われますが、詳細は不明です。それから、気になる点がひとつ」


「なんだ」


「遺体にみられた斑点から、宇宙放射線病に冒されていたことがうたがわれます。斑点は、病気がかなり進行した患者の死後、現れるものです」


「……そうか」


モリタは船の右舷に浮かぶヤマガタの海賊船を見た。ふたたび爆発が起こったらしくかすかに船が振動したのが見えた。


「これ以上は危険だな。回収は諦めよう。速度落とせ」


海賊船の残骸に合わせていた速度を落とし、徐々に離れていく。


突如、通信士が叫んだ。


「信号を受信しました。『コウカイノ、ブジヲ、イノル』」


「発信源は?」


「あの船です」


モリタは思わず、海賊船に目を向けた。その残骸は、もうだいぶモリタの船から離れたところにある。


「……返信しろ。『ヤスラカナ、タビヲ、イノル』」


やがて、真っ黒な宇宙船の船体は宇宙の闇に紛れて見えなくなった。





数日後、帰途についたモリタの船はふたたびその宙域を通り、近くにある惑星に着陸することになった。

その惑星に設置されている無人観測所からの通信が不規則になっているので調査してほしいという依頼があったのだ。


観測所の装置に異常はなく、おそらくこの星系の主星で起こった磁気嵐による通信障害だろうということになった。


船が着陸したとき、その観測所はちょうど夜だった。装置の検査を終え、夜明けを待って惑星を離れるまでの間、モリタは船の外に出て惑星の大地に立っていた。


その星独特の、紫色の夜明けを見ながら、モリタはヤマガタのことを考えていた。


出会ったときからずっと、モリタはヤマガタのことを尊敬していた。その気持ちは今も変わらない。


運命のいたずらで二人は別々の道を歩むことになり、ヤマガタは宇宙放射線病に冒されてその生涯を終えた。


もはや自分は自分の道を進むしかないのだ、とモリタには思われた。


やがて、その惑星の太陽が地平線に姿を見せた。


ふと、空を見上げたモリタの目に、一つの流れ星が見えた。


夜が明けてだいぶ明るくなった空に、強い、はっきりとした光の筋が、すぅ、と流れて、消えた。





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