第52話 一人だけ

 聖演武祭から数日後。

 少しだけ涼しさが増し、長袖の制服でも寒い朝が増えてくる。

 登校途中の坂から見える海の色が、夏の青から冬の黒へと変わりつつあった。

汐音高校の校門をくぐると、体育会系の男子や少しチャラめの男子が声をかけてくる。

「オッス! おはようございます!」

「アニキ!」

 僕は苦笑しながら適当に手を振って答える。

 聖演武祭に準優勝したこともあり、こうやって声をかけられることも多くなった。

 男子は勝手にアニキ扱いしたり、興味本位で話しかけてきたり。

 女子もまあ、似たようなものだ。

 登校中、遠巻きに僕を見て黄色い声を上げる場面も何度かあった。

 胸がくすぐったく、嬉しいと思うこともあるけれど。

 ふと虚しくなることもある。こんな関係が、何の役に立つのかと思うと。

 彼らは僕が昔いじめられた時、助けてくれた人間なのか。そう疑ってしまう。

 余計なことばかり考えているためか。僕はこういう時どうやって話したらいいのかわからず、適当に相槌を打つしかできない。

 ノリが悪い、クールぶってる、結局北辰一刀流に負けたくせに、そういった批判も聞かれるようになった。

 こういう時、葵さんなら上手くやっていけるんだろうか。



 授業と授業の合間の休み時間、スマホを開いて僕の試合の動画を閲覧する。

 動画サイト下に表示される閲覧数の数値が急上昇していた。

 コメント数が目に見えて増えていき、十万を突破してもまだ増え続けている。詳しくは知らないけど、この再生数なら動画でも収入が入ってくるそうだ。

 それまでは動画なんて見る側にすぎず、アップロードしたことさえなかった。というかアップロードという言葉の意味がよくわからなかった。

 まずティックやらインスタやら、動画アプリもろくにダウンロードしていない。

 というかアプリ自体ほぼダウンロードしてない。

 アプリを使う機会も、興味も、相手もいなかったから。

 スマホは動画を見て電子書籍見て役所からの連絡が来る薄い板でしかなかった。

『ソウタ…… この情報化社会に、あまりにも無知すぎまス』

『柳生くん…… せっかく柳生流剣術を活かしてお金を稼げる手段があるんだから、ちゃんと使わないと』

 そうアレクシアや中島さんに散々に言われて、僕関連の動画チャンネルを開設してもらった。

 柳生流宗家である僕はほぼノータッチだ。

『こういうのはプロに任せるものでス』

『気持ちだけ受け取っておくね』

 手伝おうとしたらにこやかな笑顔でこう返されたからだ。

 それまでは試合場で僕を撮影した動画が雑多に出回っていたので、収入が見も知らぬ人に回っていたらしい。そこで彼女たちが管理者に連絡し、まずは削除するべきものを削除してもらった。

 同時に僕の動画や道場での風景を編集して、BGMなどもつけてアップ。そうすると、たちまち再生数がうなぎのぼりになった。

 まるで映画のワンシーンのようで、僕が一度だけ試しに取った動画とも、削除された動画ともその迫力は雲泥の差だ。

 まさか古流の継承者がユーチューバーになるとは。そう思ったけど、

『北辰一刀流はもっとえげつないですヨ?』

『うん…… それに少し調べてみたけど、格闘技やってる人のユーチューバーも珍しくないみたいだし』

 もう、ぐうの音も出ない。

 ネットでは柳生流、というワードも有名になり、学校で僕に話しかけてくる人は増えた。

 柳生流をやってみたいと話しかけてくる人もいた。でも。

 本当に? 柳生流をやってみたいんじゃなく、ちやほやのおこぼれに預かりたいだけじゃないの?

 僕と一緒に練習すれば、自分もちやほやされると思ってるだけじゃないの?

 そう冷めた目で疑って見てしまう。

 父さんが生きていたころの古武術ブームを思い出す。

ブームの際に一時的に道場に入門し、ブームが去るとやめていった多くの人たち。

 それに実際に体験してもらっても、ほとんどの人が入門までは至らなかった。

『型ばっかりでつまらない』

『もっと派手な技ないの? 試合で見せたようなやつ』

『竹刀で打ちあったほうが、面白いのに』

 感想はこんな感じだ。もともと武道に興味がある人はすでに別の武道に青春をささげているだろうし、無理もないと思った。

 何しろ入門希望者のほとんどが、明らかにスポーツ歴のない貧弱な体格の人ばかりだった。

 でもそれでもいいと思う。父さんに言われた通り、柳生流は教える人を選ばないといけないから。目を突いたり頭から投げ落とすような技があるのだ。

 僕は再び自分の動画を見る。

 再生数もコメント数もうなぎのぼりで、県外や海外からもコメントはある。その中には好意的なものも多い。

でも興味は持っても、動画のアクセス数やコメント欄が増えても、入門者は増えない。

 同じ古流である北辰一刀流と何が違うのか。

 元々の知名度の差もあるだろう。だけど、そもそもこんな都心から離れた町、しかも駅から離れた道場までやってきて入門するという行為自体のハードルが高いのだと思う。

 北辰一刀流はその点をうまくやっている。

 交通アクセスのよい場所に支部道場を構え、入門希望者が通いやすいようにした。

 また師範が公教育をはじめ、多くの地域に出向いて教授を行うことで北辰一刀流を体験する機会を増やした。

 体験でも一度やってみればもう一度、と思う人は多いのだろう。

 でも師範が僕一人しかいない新陰流では、それはできない。公教育とのつながりもない。

 でも。そんな中でも、まじめに入門したいと言ってくれた人は一人だけいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る