第49話 憧れ

 ひとまず落ち着こうよ、そう言って中島さんが淹れてくれたお茶に口をつける。貴賓室のティールームだけあって、色々な客をもてなすためか、紅茶、コーヒーだけでなく緑茶やほうじ茶も準備してあった。

 汗を流してカラカラだった体には、熱い緑茶も沁みとおるように感じた。

 湯呑をゆっくりと机に置いたアレクシアは、まず僕たちに頭を下げた。

「先ほどは見苦しいところをお見せしましタ。特にソウタ、アナタには無礼を言ってしまっタ、謝罪を」

 僕も中島さんも気にしてないことをアレクシアに告げ、彼女が一呼吸するのを待って続きを促した。

「転校初日に言いましたとおリ、ワタシはサムライというものに憧れていましタ」

「もちろん本に出てくるような理想的な存在がいるわけでないことくらいわかっていまス。フィクションと現実をごっちゃにしているわけでもありませン。でも」

「毎日毎日ビジネスと、自分にすり寄ってくるティーンエイジャーばかり相手にしていると、そういうものと無縁な存在に憧れを抱くものなのでス。ビジネス書に紹介してあったサムライの記事を見て興味を引かれたのがきっかけデ、ワタシはサムライに惹かれましタ」

「名声を求めず、ただ主君のために生き、そして死ヌ。合理性に欠ける生き方ですガ。金と評判ばかりにあくせくする、シーメンス社に群がる金の亡者に比べればよほど民度が高いと言える生きざまと感じましタ」

「それから、いわゆる『はまり』ましたネ。様々な流派の演武や試合の動画をチェックし、ヤーパンのマンガや本を取り寄せては読みましタ。『ナ〇ト』は一番好きですネ。書籍では『宮本武蔵』や『武士道』『葉隠』が好みでしょうカ」

 ナ〇トってサムライじゃなくて忍者では、そうつっこみたくなるのをぐっとこらえた。

「ナ〇トは忍者マンガですが描かれ方はヤーパンらしいでス。深いメッセージとエンターテインメント性を両立させた、傑作ですネ」

 と思ったら意外と考察が深かった。

「それから翻訳されていない書籍を読むために日本語を勉強し、日本の会社ともつながりを持って、聖演武祭に出資するまで頑張りましタ」

 僕が手を上げる前に、中島さんが先の先を取る。

「アレクシアさん…… 私たちと変わらない年齢なのに会社役員でもやってるの?」

「ハイ。まだ学生の身分なのデできることは限られますガ」

 限られて、であれか……

 二千万円のお金を出すと言ったり、いきなり引っ越ししたり、どうやってるのかと思ってたけどそういうことか。

「そして聖演武祭、そこで毎年優勝している北辰一刀流の存在を知り、母国で必要な単位をすべて習得してこのヤーパンにやってきましタ。希望を胸に北辰一刀流の本部道場に行ったのですガ……」

 アレクシアはぬるくなったお茶を一飲みに飲み干し、湯呑を叩きつけるようにテーブルに置いた。

「帰ってきてから、様子がおかしかったよね。学校でもそうだったし」

 中島さんが言葉をつづけた。

「そうでス。体験が一通り終わった後、聖演武祭がらみということで別室で大会委員の一人と話をしたのですガ、そこで委員の一人がうっかりと口を滑らせましテ。どうやらワタシがすでに八百長を知っていると思っていたようでス」

 アレクシアが透き通るような肌の色の白い指で、湯呑の縁をそっとなぞる。

 その指使いは優雅なのに、もう片方の手の拳は握りしめられていた。

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