第47話 ぎこちない
一体なんだ? 何が起こった? 負けたのか?
アナウンスが、僕自身にマヨイガが発動したことが信じられない。悪い夢でも見ているようだった。
そうだ、これは夢だ。
僕は体を丸めて、目を閉じて、耳もふさぐ。自分の体すら見えない暗黒の中に閉じこもろうとする。
「葵さーん!」
「あおいー!」
「あ・お・い!」
でも僕の耳に届く声援が、体を震わせる空気の震えが。これが現実だと、容赦なく僕の心に突き付けてくる。
でも何で負けたのか。急に腕が動かなくなって、そして……
疲労だろうか?
でもそれにしてはおかしい。素振り一万本とか、そういうことをした後に指一本動かせなくなるのは経験したことがあるけれど今回の感覚とは全く違っていた。
でも急に腕の動きが止まるなんて、それしか考えられない。
やがて暗闇に一条、また一条の光が差しこむ。
マヨイガの繭を形作る糸がほどけていき、さっき体に感じた痛みと衝撃がなくなっていることに気が付く。
中から敗者にふさわしく蛆虫のように這い出そうとするが、なかなかうまく行かない。
汗を吸った道着は重たいし、まだ息が切れているし、体中が重たくて這いずるのすら一苦労だ。
何より敗北した事実が体に、心に枷となって絡みついていた。
敗北者として再び開始線に立ち、一礼する。
そのままぼとぼと試合場を立ち去ろうとする。足は枷が付いたかのように重く、腰の刀が邪魔に感じられる。
もう使うこともないだろうし、会場に捨ててしまってもいいかもしれない。
やけっぱちの思考は、後ろから呼び止める声に中断された。
「なぜ、わざと負けたんです」
「それは、君が僕より強いからでしょ」
振り返りざま、ただそう吐き捨てた。
「ふざけないでください! あの刀の軌道、確実にあなたが勝っていたはずです!」
葵さんもそう感じたのか。
彼女のような高校日本一の剣士に、本当なら勝っていたと言ってもらえることが嬉しかった。
でも、負けは負けだ。
「実力差だよ。スタミナ切れで片腕が動かなくなっただけ」
「そんな……」
葵さんは腑に落ちない様子で僕に背を向ける。
その足取りは、栄光を勝ち取った優勝者とは思えないほどに荒々しかった。
試合が終わり、解説者の仕事も終わったためか彼女の父親、七星郎さんが席から立ち上がり、葵さんを出迎えた。彼女の肩を軽くたたく。
「よくやったな」
たった、それだけの一言。
なのに葵さんは今までで一番いい笑顔を浮かべていた。父親を尊敬し、敬愛していることが伝わってくる。
でも七星郎さんが彼女の肩を叩くとき、どこかぎこちなさがあった。
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