第42話 先に仕掛けたのは
試合会場への扉を開けると、大勢の観客と目を焼かんばかりの照明が僕を出迎えた。
予選までは何組もの試合が同時に行われていた試合場。
そこに立つのは、今僕と葵さんしかいない。
剣道場と柔道場が十数面並ぶ試合場の真ん中に向かって、僕と彼女はゆっくりと歩く。
試合場そばの長机にはマイクが二つ置かれ、銀色に輝いている。
その前の椅子に茶髪をアップにしたレポーターと、道着を着た師範が腰を下ろしていた。
『いよいよやってきました聖演武祭決勝! 今回はここ数年優勝旗を独占している、北辰一刀流宗家の北辰七星朗さんにお越しいただいています』
『よろしくお願いします』
『では早速。決勝戦の見立てはズバリ如何でしょう?』
『初出場にして決勝まで勝ち上がってきた。柳生宗太選手は中々の強者ですな。しかしいくら強くても、うちの葵の勝ちは揺るがないでしょう』
『おお! 父親ならではの信頼が伝わってくるお言葉です!』
『それにマヨイガもありますからな、万が一にも事故はありませんし、安心して試合を見ていられます』
『そうですね、北辰葵さんはとてもお綺麗ですからね』
『ああ。マヨイガを開発した四菱工業の方々には、感謝してもしきれません。本当に…… 今の古流の隆盛は彼らのお陰と言っても過言ではありません』
実況がマイク越しでなく直接耳に届くのは、なんだか不思議な気がした。
少し視線を上げると、観客で埋め尽くされたスタンド席のところどころに横断幕が飾ってあるのが見える。
「葵様―!」
「かわいい! 強い! 格好いい!」
「結婚してくれー!」
ファンクラブのような熱い声援があちこちかラ聞こえる。
当然のことながら、声援のほとんどが葵さんに向けられていた。
でも僕にもないわけじゃない。
「頑張れよー」
「柳生流、ファイトー」
古流をやっていることで、僕は称賛を浴びたことがなかった。
常にいじめやからかいの種にされ、珍しいものを見る目で見られた。
それが今、応援を浴びている。
応援してくれた人の方を向いて軽く手を振ると、声援の大きさと数が増えた気がした。
こういう応援なら、悪くない。
やがて白線で四角を囲い、中央に描かれたバツ印を試合線で挟んだ一番中央の剣道場に到達する。
「まさか本当にここまで勝ち上がってくるとは……」
僕と対峙した葵さんは、ちっとも驚いた様子がない顔でそう言う。
腰の刀は黒漆に金箔で亀の絵が彫られ、柄も黒糸で巻かれている。本部道場、玄武館の名にあやかって作られたのだろう。
お互いに四角を描いた白線、境界線の外に立ち、会場のアナウンスから試合の注意点や艦船の際の注意点が流れる。
すべて常識的なことばかりで、気が焦る。
始めるなら早くしてほしい。
葵さんも同じ気持ちのようで、足の指がせわしなく動き、そのためか結ったポニーテールが左右に揺れていた。
やがて説明が終わり境界線の外でお互いに一礼した後、開始線に立つ。
彼我の距離は二メートル前後。葵さんは僕よりも頭一つ分は小さい。
にもかかわらず、今まで戦ったどの相手よりも巨大に感じた。
お互いに刀を抜き、構える。
僕は体を斜めに向けた中段、「青眼」の構え。葵さんは体をまっすぐに向けて切っ先を僕の喉に向ける普通の正眼だ。
北辰一刀流は古流に分類されるが、最も剣道に近い流派とされる。後ろ足の踵を浮かせた足さばきや構え方は、剣道そっくりだ。
さっきまでざわめいていた会場が、物音一つ、咳払い一つしなくなる。
文字通りに水を打ったような静けさに包まれ、自分の呼吸の音すら聞こえてくるような気がした。
「はじめ!」
その静けさが打ち破られた時。
先に仕掛けたのは、葵さんだった。
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