第41話 奥義?
僕は貴賓室に戻って、刀の手入れをすることにした。
決勝戦までは少し時間があるが、稽古するには疲労が残ってしまう。かといって何もしないのは一番落ち着かない。
どうしようかと悩んだ挙句、左腰の刀に手が触れて思い至った。
そういえば準優勝まで刀を抜いたのは五回、碌に手入れをしていない。
鋼で作られた真剣は合金製の居合刀と違って錆びやすい。汗で一日たたず錆が浮くぐらいなのだ。
貴賓室にいた壮年老年の紳士淑女たちに軽くではなく丁寧に頭を下げると、あちらもにこやかに笑顔を浮かべ礼を返してくれた。
何度か接すると、彼らの対応の意図が少しだけ伝わってくる。
聖演武祭という大舞台で活躍した僕という人間を見極めようとしている、というところか。
人付き合いは嫌いだけど、人に嫌われたくはない。
彼らの目に、僕という人間はどう映ったのだろうか。
でも今はそれどころじゃない。ティールームへとつながる扉を、後ろ手ではなく振り返りながらゆっくりと閉めた。
ティールームの壁際に正座し、ゆっくりと鞘から刀を抜く。
ところどころ刃こぼれしていたが、研ぎに出せば問題なく使えそうだ。
丁子油を刃に塗り、打ち粉で刀身をぬぐう。柄を刀身に固定する目釘や柄の緩みも確認した。
刀を手入れすると心が落ち着いてくる。同時に、決勝の舞台へのモチベーションも上がる。
藤の蔓を巻いて作られた鞘に刀を修めると同時に、アナウンスで僕と葵さんの名前が呼ばれた。
「いよいよですネ」
「頑張って! 応援してるから!」
アレクシアと中島さんの声援を背中に受けながら、僕は試合場に向かう。
手首に巻いたマヨイガを見るたびに、さっきまで必死に調整してくれた二井さんたちを思い出す。
決勝戦は十六もの柔道・剣道場が入っている試合場で、たった二人が向かい合って行う。
通路を歩く時からすでに、すれ違う選手やコーチ、師範たちの視線が僕に向けられていた。
「あれが今回決勝にまで勝ち抜いた柳生流剣術とかいう流派の選手か」
「細身だが……並みいる強豪をすべて討ち果たしてきたと」
「まじかっけえっすね、師範」
「バカ者! 古流連盟にも属していない田舎剣法だぞ、まぐれにきまっている」
「北辰一刀流と戦えば化けの皮がはがれる」
「そうだ、北辰一刀流に勝てるわけがない」
なんだか、選手と違い僕に向ける師範たちの視線が険しい。
なんというか、村八分だ。
まあいきなり出てきたよそ者が大会を荒らした形になったわけだし、無理もない。それに見方を変えれば、僕が勝ったということは彼らの夢を潰したということでもある。
でもそれが勝負の世界。
どんな形かは知らないけれど、彼らに夢があるのなら僕にだってある。
この大会で優勝し、柳生流の道場を存続させるという夢が。
悪いけど、勝つ。
僕は腰に差した刀を軽く握り、彼らの視線を真っ向から受け止めながら会場へ向かう。
「ふん。『今年の』聖演武祭で北辰一刀流に勝つことなど、不可能だというのに」
「『イワナガ』の力、思い知るがいい」
ふと、師範の一人が口にした言葉が妙に耳に残った。
イワナガとは、何のことだろう。北辰一刀流の奥義だろうか。
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