第39話 冷めた紅茶
決勝戦の前には選手たちの休憩を兼ね、各流派の師範たちによる演武が行われることになっている。
巻き藁や竹を真剣でまっぶたつにしたり、ぶつかり合う木刀同士が焦げるほどの型を師範たちが披露するたびに会場からは大きな拍手が沸くのが壁越しに聞こえてきた。
今僕たちがいるのは、貴賓席の奥に備えられたティールームだ。
ガラスで区切られた貴賓席はアレクシアの護衛や、他に招待されたと思われる品のよさそうな壮年・老年の人たちもいて道着姿の僕は入室した時に完全に浮いていた。
帰りたいな……
そう思ったほどだ。
けど決勝まで勝ち上がったという実績も手伝ってか、アレクシアがあらかじめ紹介しておいてくれたのか、僕の登場は好意的な視線で出迎えられた。
「そちらが今回決勝まで勝ち上がったご子息かい?」
「ぜひともお話を拝聴したいものですわね」
学校生活では耳慣れない言葉で、笑顔とともに僕に話しかけてきた。アレクシアが間に入って少しだけ会話をした後、決勝の準備があるということで奥のティールームを貸し切りにしてもらえた。
良かった。
あの仮面にさらに仮面をつけたような笑顔からは、本音がまったく見通せなくて怖い。
あんな相手と日常的に接してきただろうアレクシアの心労が偲ばれた。
ティールームには木目調の重厚なテーブルにポットやティーカップ、茶葉などが備えられており、今僕たちの前には湯気を立てる紅茶が置かれている。
決勝前にそこでアレクシアや中島さんと動画のチェックをすることにした。
葵さんは前回優勝者であり、北辰一刀流宗家の娘なだけあって多くの動画がアップされているけれど、今大会の動画に絞って見ていく。
綺麗な正眼の構え。
相手と切っ先を合わせない、独特の剣捌き。
古流と剣道の中間のような、無駄を削ぎ落した合理的な動き。
剣道に最も近い古流と言われるだけはある。
しかし彼女の凄さは、そんな小手先のテクニックじゃない。
「何度見ても、ため息が出るな」
「そうですネ…… 他の参加者とは比べ物になりませン」
「私には差が良くわからないんだけど…… そんなに?」
アレクシアは神妙な面持ちで頷く。
「とにかく速いんだよ。今回戦った合田よりも、いや出場選手の誰よりも速い」
中島さんに初戦の伯耆流居合の選手と戦った映像を見せる。
正眼で構える葵さんと、鞘に納めた刀に手をかけて、腰を落とす伯耆初香。
身長も体格も、大体同じくらいだ。
違いは髪形くらいか。黒髪にポニーテールの葵さんと、ベリーショートの伯耆。
黒い尾の鶺鴒と、小柄な狼の対決といったところか。
「はじ……」
審判がその言葉を言い終わる前に、黒い尾をたなびかせて鶺鴒が翔けた。
正眼に構えた刀から繰り出された突きが、寸分たがうことなく水月に吸い込まれていく。
ほぼ同時に伯耆初香のマヨイガが発動し、体が黒い繭に包まれた。
レポーターのアナウンスをかき消すほどの大歓声が会場に響き渡り、そこで動画が終わる。
「なんというか……人間技なのかな、これって?」
一瞬で勝負がついた試合の動画を見て中島さんは凄さを知ったらしい。
動画の再生が終わっても、口を半開きにしていた。
「ソウタ。彼女に対抗する方法は、あるのですカ?」
「いくつかはあるけど……」
葵さんに通じるかどうかは、わからない。
「それって、どんな?」
僕が口を開けようとした瞬間、突然流れるアナウンスがそれを遮った。決勝の時間にはまだ早いはずだけど……
「柳生流剣術、柳生宗太選手。四菱工業技術室まで至急お越しください。繰り返します……」
一体何の用だろうか。
でも至急で呼ばれたからにはすぐ行かないとまずいだろう。
「私も行く」
「右に同じくでス」
アレクシアさんと中島さんは、同時に席を立つ。
すっかり冷めた紅茶は、誰も口をつけていなかった。
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