第38話 動画のコメント
休憩のために試合場を出ようとすると、僕にマイクを向けてくる人がいた。
国立武道館に入る時にも見かけた、タイトスカートに茶髪をアップにしたレポーター。
今度はアレクシア目当てじゃない。
僕の隣には彼女も葵さんもいないからだ。
彼女が営業スマイルを顔いっぱいに浮かべ、快活な声で話しかけてくる。
「一回戦突破おめでとうございます! 一言お願いしまーす!」
いつかテレビで見た葵さんの優勝会見に比べれば、マイクを向けてくる数も少ないし周囲からの注目も小さい。
実際、横目で見ると会場の隅では僕と同じようにマイクを向けられている人がたくさんいて。
僕はその他大勢の中の一人でしかない。
でも。
それでも、勝ったと言われてマイクを向けられるのは嬉しい。
胸の奥からじわじわと喜びが湧いてくる。
「いやー、お見事でしたねー! 独特の姿勢に円を描くような剣捌き! それに最後の投げ技!」
レポーターさんは変わらずぐいぐい来るけど、僕は胸が詰まってうまく言葉が出てこない。
喋ろうと焦れば焦るほど、うまく行かない。
でもレポーターさんはこういう反応にも慣れているのか、「何泣いてんの?」とか「だっさ」とか言わずに待っていてくれた。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、少し頭の中で言うことを整理する。
それからゆっくりと口を開いた。
「剣捌きは、回し打ち、っていう振り方です。それに『斬釘切鉄』っていう技も…… ああ、漢字は釘を斬り、鉄を切るって書きます」
「漢字が多くていかにも古流の技って感じですねー」
「そうですね。習ったときは小学生でしたから、漢字は覚えてなかったくらいです」
こうした大舞台で柳生流の技の解説ができる日が来るなんて夢にも思わなかった。
ずっと日陰者だった僕が、こうしてテレビ局にインタビューされている。
たったそれだけなのに。
胸に熱いものがこみあげて、目頭が熱くなって、鼻の奥がツンとする。
『さっきの北辰葵の試合、すごかったね。瞬殺だったし』
でも浮ついていた僕の心に、さっきの声がよみがえる。
そうだ。まだ試合は始まったばかりだ。
優勝しないと、アレクシアからの援助が全額下りない。道場を続けていくこともできない。
数百年続いた柳生流の道場が、僕の代で終わってしまう。
「すいません。まだまだ試合がありますから……」
僕はそう言って、話を切り上げた。
一度更衣室に戻り、ロッカーから水筒とスマホを取り出して武道館の休憩スペースに行く。
以前中島さんが絡まれた場所とは別のスペースに腰掛け、水筒に入れた麦茶でのどを潤す。
喉が渇いた時には麦茶に限る。麦の香ばしさ、自然な甘み、体に沁みとおっていくようなこの感じ。
日本人でよかったと思える、至福のひと時だ。
大勢の選手やその関係者が談笑したり、次の試合に向けて作戦を話し合ったり、軽くストレッチしたりしていた。
僕はスマホで聖演武祭関係の動画を検索する。
スマホが普及したこの時代、聖演武祭の試合動画はすぐにネットにアップされるのだ。
その中で僕の名前や流派がないか検索するけれど、ほぼない。
あっても他の試合のついでに映っているような動画ばかりだ。
『こいつ誰?』
『柳生流剣術って…… 聞いたことねえwww』
『そもそも何で出場できたのか謎』
『でも結構強くね? あの合田に勝ってるし』
コメントも僕を揶揄するようなものが多い。多少は僕を持ち上げてくれるものが入ってるのが救いだ。
逆に北辰葵の動画は検索している間にすら次から次へと新しい動画、コメントが出てくる。コメントも好意的なものばかりだ。
『葵様マジ強い』
『瞬殺って……』
『相手の子可哀想』
『でも敗者にも手を差し伸べて声をかける葵様、マジ天使』
スマホの電源を少し乱暴に切って、周囲に視線をめぐらす。そろそろ来るはずだ。
北辰葵が出場するとはいえ出場者のほとんどは男子だから、必然男子比率が高くなる。
そんな中で金髪碧眼のドイツ人女子と、黒髪の日本人女子は遠目にも目立った。
僕と目が合うと、中島さんは顔を綻ばせ、アレクシアは満面の笑みを浮かべた。
「やった! 勝ったよ、柳生くん」
「さすがですネ…… ワタシの目に狂いはなかっタ。これならバ……」
中島さんはわがことのように喜び、アレクシアは少し黒い笑みを浮かべる。
「でも中島さん、見てて怖くなかった?」
「それは…… 怖いよ。人と人が真剣で戦うんだよ?」
中島さんの表情に陰が差す。でもそれが当然の反応だ。
素手同士の戦いでさえ怖いと感じる人が多いのだ。マヨイガという安全装置を使っているとはいえ、真剣を持った戦いなんてなおさらだろう。
「そう、だよね」
僕はなんて声を掛けたらいいかわからず、曖昧に笑った。中学生の頃女子に怖がられた時のトラウマが心を侵食しようとする。
「あ、でも柳生くんの試合はそんなことなかったよ?」
「気を使わなくても、いいよ。怖がるのが普通だから」
「ううん、そんなんじゃなくてね、北辰葵さんの試合もそうだったんだけど。怖い、って感じじゃなくて綺麗、って感じだった。無理に相手を倒そうとする感じじゃなくて、無理なく相手を倒す感じっていうか」
でも他の人はまだ怖いけどね、と中島さんは申し訳なさそうにつぶやく。
胸のつかえがとれた気がして、嫌な記憶と感情が追い出されていく。
「ありがとう……」
でも僕がお礼を言うと、中島さんは顔を伏せてしまった。表情は肩まである黒髪に、目はノーフレームの眼鏡に照明が反射されてよくわからない。
アレクシアは僕と中島さんを交互に見て、くすくすと笑いながら目元を綻ばせる。
「ソウタも罪な男ですネ」
何の話だろう? でも今は気にしてる場合じゃない。
僕はスマホに表示された時刻を確認すると、スマホと水筒を手に、席を立つ。
「そろそろ二回戦が始まるから、行くよ」
全部で六十四人の選手がトーナメントで進んでいくから、優勝するには六回勝たないといけない。
以前のことがあって周囲にずっと視線を巡らせていたけど。
さすがに試合が近いせいか、周囲に人目があるせいか。
アレクシアや中島さんにちょっかいを出す人はいなかった。
それからは順当に勝ち上がっていった。
合田との試合で実戦に慣れたのか、緊張も大分ほぐれたのか一回戦よりずいぶんと体が軽く感じた。
途中、総合格闘技や二刀流の選手とも当たったけど。
総合格闘技の選手は回し蹴りに合わせて金的を下から切り上げて勝った。
二刀流の選手は相手が二刀を使いにくい右斜め前から攻めて勝った。
準決勝前の休憩室で、僕は再びスマホを開く。
一回戦を勝ち抜いた時とは比べ物にならないほど僕の試合の動画がアップされ、再生数も伸びていた。
『この柳生流剣術の選手って意外とヤバくね?』
『前評判全然だったから一回戦見逃したわ~。誰か動画アップよろ』
『とりま、これ。二回戦』
『金的を切り上げって…… マジ鬼畜?』
『それが古流。でも卑怯な手を抜きにしても強い』
葵さんや他の有名選手と比べるとまだまだ再生数は少ないけれど。好意的なコメントが意外と多いのが嬉しかった。
まあ一部、微妙なものものあるけれど。
スマホをしまい、再び舞台に上がる。
準決勝も危なげなく勝ち進めた。
「勝者、柳生宗太選手! 初出場にして決勝にまで駒を進めました!」
本日五回目の勝利を手にする。次はいよいよ、決勝戦だ。
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