第37話 剣術は剣だけじゃない。

 でも試合時間が経つたびに、僕に不利になっていくのがわかる。

 そもそも、武術にしろ格闘技にしろ体格の占める要素は大きい。

 体が大きければ筋肉も多いし、体重も増えるからパワーも上がる。スタミナも同じだ。

 それに合田の方がリーチも刀も長い。

 僕より遠い間合いから攻撃を繰り出す限り、僕の攻撃は合田に届かず防戦一方になる。

「結局はガタイだぜ」

 大事なことだからか、合田はさっきと同じセリフを二度言った。

 試合開始直後のように僕は青眼、合田は上段に構えたまま向かい合う。

「きえエエッ!」

 再び合田が雄たけびを上げながら切りかかってくる。

 僕は腰を落とし、刀を振り上げて防ぐ。

 だけど、今度は押し切られそうになる。

 スタミナの差か。

 すでにだいぶ息が上がっている僕に対し、合田はまだ余裕がある。

 右手の力を抜いて刀を受け流そうとしても、一度見せた技だ。 

 合田は警戒してそれ以上踏み込んでこない。

 このままだとじわじわと追い込まれる。

 五分待てばマヨイガによって判定だけど、後半徐々に劣勢になった僕が勝てるとも思えない。


『柳生選手、動けない! 押し込まれている! そろそろ決着か!』


 レポーターさんが勝手なことを言ってるので少しだけイラっと来る。

 そうだね、そろそろ決着だ。

 僕は、「両手から」力を抜いた。

 当然、支える力を失った刀は空中に投げ出される。

 突如武器を手放した僕に、わずかな拍子だが合田が呆気にとられる。

 それで十分だった。

 僕は刀の代わりに合田の手首を取り、足を払う。

 聖演武祭ルールでは素手での攻撃も認められているから、ルール違反ではない。

 柳生流剣術の素手への応用技は、以前中島さんに見せた技だけじゃない。

 それに関節技は人体の弱いところを攻めるから、体力差を覆しやすい。

 だが合田は手と肩の関節を極められ、後方に倒れそうになるのにまだ踏ん張っていた。

 これでも効かないのか。

 僕は体勢を崩された合田の顔に掌を当て、柔道の大外刈りのように足を後方へ刈り上げる。

 同時に合田の顎を上へ押し上げた。

 頭部の重量までが後方にかかり、合田は後頭部から床に落ちていった。

 ほぼ同時。合田のマヨイガが発動し、手首の黒いバンドが解けたと思うと合田の全身を覆って文字通りに黒い繭と化す。

 僕の勝ちが確定すると同時に、父さんから受け継いだ柳生流の刀を空中でキャッチした。


『マヨイガの発動です! 第二試合場、勝者、柳生宗太選手!』


 レポーターの声で勝利を確信し、拳を握りしめて叫びたくなる。

でもぐっとこらえて刀を静かに鞘に納め、姿勢を正す。

 ガッツポーズなんてやったら剣道と同じで反則負けだ。

 白いスタンド席はあえて見ないようにし、ガラス張りの貴賓席に目を向ける。

 アレクシアと中島さんが、手を振って相好を崩すのが遠目に見えた。

 ごそごそという音が聞こえ、僕はそちらに目を向ける。マヨイガが解け、合田が黒い繭から這い出してきたところだった。

 なぜかわからないが、負けたというのに口元が歪み、目を細めていた。

 どういう意図だろう。

 卑怯と思われるだろうか。

 剣しか使っていなかった相手にいきなり体術を使用したのだから、ほとんどズルだ。

 だが合田はすっきりとした顔で大笑いして言った。

「完敗だぜ! そんな細い体でやるじゃねえか」

 礼が終わった後で互いに握手する。

こうして改めて手を握ると体格の差がよくわかる。

手は僕よりも二回りほど大きいんじゃないだろうか。よく技が極まったものだ。

合田は背中をバンバンと叩いてきて。

「優勝は無理だろうけどな、せいぜいいいところまで行けよ。そうしてもらわねえと一回戦負けした俺の立場がねえ」

「いや…… 技を研究されてたら負けたのは僕の方だったと思う」

 実際、体術をかわされたらもう決め手がなかった。

「何言ってやがる。ちまちま研究しても体がいざってときに動かねえ。実戦じゃ磨きぬいた自分の技を信じるだけだ」

 合田は小山のように盛り上がった力こぶを見せつけながら言った。

「今回はお前が勝った。だが次は俺が勝つからな!」

 合田は親指を立ててそう言うと、試合場から外に出ていった。

 なんというか嵐みたいな奴だな…… 急に現れて、勝手なことを言って、急に消える。

 目の前の問題が片付くと、別のことが気になる。

 葵さんの試合はどうなったんだろう?

 そう思い、隣の試合場を見るがすでに別の選手の試合が始まっていた。

 もう終わったのか。そう思いながら僕も出口のほうに歩いていく。

 観客席との距離が縮まったことで、声が僕の耳に飛び込んできた。


「さっきの北辰葵の試合、すごかったね。瞬殺だったし」



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