第36話 大舞台

 僕は普通の正眼の構えから体を斜め四十五度に向ける。

 柳生流剣術独特の「青眼」の構えだ。

「なんだその構えは……?」

 合田は、完全に僕を飲んでかかっている感じで、上段の構えを取って鋭い眼光で僕を睨みつける。

 ただでさえ身長差がある相手に上段に構えられると、まるで山を相手にしているような気分になる。

 動画で研究した通り、剣道を真剣に応用し、大柄な体格を生かした戦闘スタイルらしい。

 僕は上背がある相手に対し、敢えて切っ先を下げた。

「きえエエー!」

 合田はオオカミの雄叫びのような気合とともに、鋭く右足で踏み込んできた。

 隙ができた僕の面を目掛けて長尺の刀が振り下ろされる。

 稲妻のように鋭く、体重を乗せた一撃。

 それが僕の脳天を一直線に狙う。

 だけど、僕の体を捉えることはない。

金属同士がぶつかり合う、鋭く大きな音が会場中に響きわたる。

 僕が青眼の構えから腰を落とし、その反動で刀を振り上げて一撃を防いだからだ。

 肩も膝も刀を持つ手首もほとんど動かさない、瞬時の構えの変化。

 腰の動きをダイレクトに剣に伝える古流剣術独特の技法。その一端。


『速い! 柳生選手、斜めの正眼の構えを一瞬で変化させて面打ちを防ぎました!』


 会場が大歓声に沸く。

 合田の顔が驚愕に彩られたかと思うと、即座に愉快そうに笑った。

「君は戦いが好きだね。本当に」

 合田は面打ちを防がれた刀にさらに全体重をかけて押し込んできた。

 前へ前へ、というスタイルか。

 いいね。

 そういうの、嫌いじゃない。

 それに柳生流剣術が得意とする相手だ。

 僕は合田の力に逆らわず、かといって足さばきで横に避けることもしない。

逆に右手の力を抜いた。

片側の力だけを抜いたから当然、僕の刀は斜めに傾く。

力を斜めに流された合田が、軽くつんのめってバランスを崩した。

「ちいっ!」

 しかし合田も弱くない。わずかしか態勢が崩れない。

だけど僕は左手首と指を利かせ、押し込まれた刀の反動を利用して体の脇で刀を回す。

合田の力を受け流した軌道そのままに、円を描いて僕の刀は合田の左こめかみへ吸い込まれていく。

「くっ!」

 合田は鋭くバックステップを用いて後退し、僕の刀は虚しく宙を切った。

 今度は中段に構えなおした合田が、息を切らせながら言う。

「今の一撃を止めるとはな。しかも衝撃を殺して、受け流して、反撃に移るまで一切動作が途切れねえ」

「柳生流は円の動き、変幻自在の技が持ち味だからね」

 僕は返答を最小限にして、合田の目を狙って突いた。

 型の中では牽制にしか使われない、目への突き。

 剣道の時間では使えなかった、危険な技。

 しかし顔を横に振ることで空を切り、再び合田の反撃が来る。

 それからは一進一退の攻防だ。

 面、胴、小手、そして突き。剣道の技をそのまま真剣で使うような合田の剣。

 剣道のセオリー通りにこちらが切っ先を下げれば面打ちや突き、切っ先を上げれば小手や胴を狙って鋭く踏み込んでくる。

 重さが違うから剣道の技は真剣では使えない、とかネット上ではドヤ顔で書き込む人もいる。

だが合田にとってあの体力で扱う真剣は竹刀も同然らしい。

 僕を上回るリーチと力に、苦戦を強いられる。

 真剣が僕の体を捉えようとするたびに、師範との練習で味わった痛みを思い出す。

心臓が縮むような怖さを感じる。

でもそれ以上に、楽しい。

 自分が今まで修行してきたものが、初めて自由に使える。

 こんな大舞台で、剣を振るえる。



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