第35話 試合開始

「一回戦、第一試合場。北辰一刀流、北辰葵選手と伯耆流居合、伯耆初華選手。第二試合場、柳生流剣術、柳生宗太選手と全日本剣道、合田猛選手。第三試合場……」

 アナウンスと共に僕は指定された第二試合場へ上がる。

隣では葵さんが小柄な体を藍色の道着に包み、観客席に向けて手を振っていた。

「葵さま~!」

「可愛い~! そして強い~!」

「結婚してくれー」

 葵さんは黄色い声援に対して嫌な顔一つせずに笑顔で手を振っている。

 一部変なものも混じっているが華麗にスルーしていた。さすがだ。

 目の前で余裕しゃくしゃくの様子を見せつけられ、対戦相手の東雲選手は苦い顔だ。

 伯耆流といえば居合で有名な流派だが、北辰一刀流はどう戦うのだろうか?

一方、僕の対戦相手である合田猛はまさに武道家という感じだ。

百九十近い長身に、僕の倍はある肩幅。

鋭い眼光に、腰に差した長尺の刀。

 僕を見下ろすように睨みつけてくる。

 怖くなって視線を外すと、鼻を鳴らして見下すように笑った。

「もうビビってんのか?」

「まあね」

 僕は素直に認める。否定してもすぐに見抜かれるからだ。

「それに柳生流剣術なんて初めて聞くな…… 体格もぱっとしねえ。武道はガタイが命だぜ。まあ北辰葵みたいな天才は別だけどよ。一回戦から当たりたかったぜ」

「前回優勝者と一回戦でなんて…… 下手すれば一回戦負けだよ?」

「バッカかお前。強いやつと戦えるから武道ってのは面白いんだろうが」

 ずいぶんと好戦的だな。

 僕に対して強い態度で当たるのも、強い闘争心の表れだろうが。


『さあ! いよいよ本年度聖演武祭が始まります! 全国から集められた六十四人の猛者たち! 優勝旗を勝ち取り、真のサムライの栄冠を手にするのは誰なのか!』

 

 リポーターの声と共に、僕は一つの試合場を四角に囲む白い区画線から開始線に進む。

 正方形の白い区画線の中に、二本の白い開始線が引かれた形になるのが剣道の試合場だ。聖演武祭でもそれは変わらない。

 合田には観客席から大きな声援が向けられており、応援幕まで掲げられていた。

彼は大きく手を振ってそれに答える。一方僕に向けられる声援はない。

流派も、僕自身も無名だからだ。

 聞いていられなくなって、ふと貴賓席の方に視線を向ける。

 試合前にお願いしていた通りに、アレクシアと中島さんが僕の方に向けて小さく手を振っている。僕も軽く手を振った。

 声は聞こえなくても、応援してくれる人が少なくても。

 僕を見てくれる人がいる。そう感じるだけで勇気が湧いてくる。

 大げさな声援も横断幕も音楽もいらない。ああいうのは嫌いだ。うるさいし選手のためじゃなく自分たちのために応援してるって感じがするから。

 もう合田を見ても怖くない。僕はゆっくりと刀の柄に手をかけて、抜刀した。

「はじめ!」

 審査員の師範の声が試合場に響き渡る。いよいよ、試合開始だ。

  

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