第34話 マヨイガを装着して打ちあい
「宣誓! 選手一同、武士道精神にのっとり正々堂々と戦い抜くことを誓います。選手代表、北辰一刀流、北条葵」
前回優勝者の葵さんの宣誓の後、大会主催者に優勝旗が返還されて壇上に掲げられる。
その後、四菱工業の社員たちがパソコンが入っているような段ボールを慎重な手つきで運んでくる。四菱の社名ロゴが入ったそれは、選手の視線を一手に集める。
段ボールから出てきた白い発泡スチロールの中には、一見何の変哲もない黒いリストバンドのようなものが入っていた。
しかしそれは、究極の人工知能の一つ。
大会直前まで厳重に管理されていたマヨイガが、今取り出される。
マヨイガ。それは四菱工業が作り出した究極の人工知能であり、人体に与えるダメージを完全に防ぐ奇跡のごとき機械。
社員さんはゆっくりと、マヨイガを取り出す。
発泡スチロールのこすれる音がいやに大きく聞こえた。
それからマヨイガに記されている番号と選手の名前を照会し、丁寧な手つきで選手一人一人の手首に取り付けていく。
装着した瞬間はすごく緊張したけれど、装着してみるとすごく軽い。
これが最先端の人工知能を搭載しているのか、と思うくらいにシンプルなデザイン。
つけている感じがしないくらいにフィットする着け心地。
「当然ですよ…… 選手の動きの邪魔にならないように重量はおろか空気抵抗まで計算して作られているんですから」
以前も出会った四菱工業の技術社員、二井さんが僕にマヨイガを装着しながら苦笑いしていた。
剣術でも恐ろしい技ほど何気なく放たれるし、それと同じということだろうか。
次はマヨイガや大会のルールの説明が行われる。
・マヨイガは組み込まれた人工知能、選手の肉体の強度などを瞬時に計算する
・勝敗が決定するほどのダメージを受けたと計算すると装着者の全身を黒い繭で包む
・一定以下のダメージは黒い繭に包まれないが、人工知能が装着者の脳神経を刺激することで痛みは伝わる。試合終了後に痛みは消え
・手足などへの攻撃の場合、その部分だけがマヨイガに包まれ運動神経は封じられる
・この大会は各自が持った武器・徒手によるあらゆる攻撃・防御はすべて認められる
・勝敗は五分経つ前にマヨイガが発動するか、五分後のマヨイガの判定により敗者にマヨイガが発動することで決まる
その後、マヨイガを装着したままで軽く打ちあうことになった。
といっても出場者同士で打ちあうと手の内がばれてしまうので、マヨイガを装着した古流連盟の師範や師範代が相手になる。
僕はその中の一人と剣を抜き、向かい合う。
真剣を人に向けるのはためらいがあるが、向かい合った人は全く気負った様子がない。
亀の甲より年の劫、というやつか。年のころは三十くらいといったところで、僕より背が高く広田よりも低い。
「よろしくお願いします」
「うむ」
お互いに立礼をして向かい合う。
まずは慣れるために軽く隙を見せて打ち込ませたりしてくれる。
はじめはおっかなびっくりだったけれど、小手を軽く打つと手だけがマヨイガによって黒い繭で包まれるのは見ていて面白かった。
それからかなり強く打ったり、打たれたりする。
竹刀や木刀とは比べ物にならないくらいに痛い。
痛みのあまり、腰が引けそうになるが厳しく叱咤された。
「恐れるな。恐れては剣が鈍る。実際に腕が落ちるわけではない」
言われた通り、マヨイガに包まれた後は痛みが消え去る。
慣れてくるとそんなに怖くなくなってきた。
面や胴を打っても怪我一つ残さず、目を突いても大丈夫。
マヨイガのすばらしさを実感すると同時に、少し怖くもなる。
実戦では一度負ければそれで終わりだから。
でもとりあえず、マヨイガを装着することで真剣で打ちあえるようにはなった。
こうして実際に使用してみるとマヨイガの凄さがよくわかる。
剣道の試合でも経験があるけれど、防具は必ず隙間があるから、そこから竹刀が当たって怪我をすることもある。
でもマヨイガには隙間がなく、一定量のダメージで必ず発動する。
しかも痛みは脳に送られた疑似信号だから、稽古後にまで残らない。
木刀とさえ比較にならない痛みを感じ、普通なら患部が腫れあがっているはずなのに稽古を終えた後は痛みも傷跡さえもない。
「ありがとうございました」
「なかなか筋が良い。今回初出場のようだが、期待しているぞ」
励ましの言葉をもらい、僕は刀を鞘に納める。今度は手を切ることはなかった。
「ではそろそろ、第一試合出場の選手は試合場へ。それ以外の方は控え席で待機してください」
いよいよ、試合開始だ。
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