第27話 許せませんネ

 まだ四菱工業の人たちと話し込んでいた、アレクシアの所へ戻る。

 といってもさっきまでのような難しい単語は飛び交っておらず、社交話といった感じだ。

 大の大人数人に囲まれても嫌な顔も疲れた顔も見せず、堂々と話し込んでいる。

「時間がかかりましたネ」

「うん。色々あって……」

 中島さんが力なく答える。さっきのことがよほどショックだったのだろうか、まだ尾を引いている感じだ。

 アレクシアはそれを見て、中島さんに大変なことがあったのを察したらしい。

 彼女の行動は早かった。

 流れるようにスマホを取り出すと、素早く数度タップする。

 それから四菱工業の人たちに軽く頭を下げた。

「友人とも用がありますシ、今日の所はこれで失礼しまス」

 アレクシアの立場がすごいのか、話のきりが良かったのか、日本有数の企業である四菱工業の社員たちは異論を唱えなかった。

「彩お嬢様、また今度」

 でも、その中で二井さんという作業着の男性だけは、中島さんに挨拶をしていた。

 彼の中島さんを見つめる表情に、少しだけ心がもやもやする。



 アレクシアが通学するときに使っていた黒塗りの車に三人で乗り込み、国立武道館を後にする。

 アレクシアの車に乗り込んだのは初めてだ。

 僕は二人とは別に帰ろうかと提案したけど、アレクシアに耳打ちされて止められた。

「空気読んでくださイ。あの状態のアヤをワタシ一人に任せる気ですカ」

 とりあえず奥から中島さん、アレクシア、僕の順で乗り込む。女子二人に挟まれなかったのは別にまったく全然これっぽっちも残念じゃない。

 人付き合いは嫌いで苦手だ。これくらいが丁度いい。

 運転手さんは以前僕の家にアレクシアを迎えに来た、本国から連れてきたという護衛を兼ねている人だ。白髪の混じる初老の男性だけど後ろ姿から漂うオーラだけでも只者じゃないと分かる。少なくとも中島さんに絡んでいたダボダボした服の男より格段に強い。

 引き締まった体格はボクシング系の使い手だろうか、蝶のように舞い、蜂のように刺すという有名ボクサーをふと思い出す。

タクシーのように自動でドアが閉められ、黒塗りの車が走り出した。

 小説の描写にあるハイヤーのようにほぼ揺れないということはなかったけど、運転が上手なのか今まで乗ったどんな車よりも快適な乗り心地だった。

「アレクシア様」

 初老の男性が声をかけると、アレクシアが軽くうなずく。

 何が起こるかと思ったら、前の運転席と僕たちが座る後方の座席の間に透明な仕切りのようなものが下りた。車の窓が自動で開閉するときと同じようなものが車中にもついている感じだ。

「これで、大声を出さなければ運転席には聞こえませン」

 アレクシアは柔らかい笑顔でそれだけ言う。さすがのコミュ強だ。

 何があったの? なんて野暮なことは聞かない。

 中島さんが話してくれるのを、ただじっと待っている。

 車の外を見ると、街路樹交じりのビルが勢い良く後ろへ流れていった。

 沈黙だけど、気まずいものではない。

 中島さんの表情が少し緩んだ頃、彼女は堰を切ったようにさっきあったことをアレクシアにも話し始めた。



「そんなことガ…… 許せませんネ、そいつらハ」

 中島さんの話を聞き終わったアレクシアが、眉尻を吊り上げる。

「しかし失礼ですガ、その時のソウタの戦いぶりを見られなかったのは残念ではありまス。試合でない、サムライの実戦というものヲ」

「そうだね。暴力的でない戦いっていうのを見たのは初めてかも」

 中島さんの声音にほんの少しだけ甘い艶が混じる。戦いぶりでドン引きされずに、ほっとした。

 だけどその様子を見たアレクシアの金髪の奥の瞳が怪しげな輝きを帯びる。

「なるほド…… 隅におけませんネ、ソウタも」

「どういうこと?」

「いえいえ、なんでもありませン」

 僕の話を某有名ボクサーのように、蝶が舞うがごとく華麗にスルーするアレクシア。

 でも次の瞬間、中島さんは僕とアレクシアに向かって頭を下げた。

「ごめんなさい。私がバカなせいで、彼らの下心に気が付けなかった」

 彼女の言葉を聞いて、アレクシアがうちに来た時に言ったセリフを思い出す。


『辛い思いをした人間が、善人とは限りませン』

『相手の同情を誘って自分の利益へ誘導しようとする輩さえいまス。かわいそうな人間の振りをする者だって。いつか彼女が、そのせいで怖い目にあわないカ、心配でス』


 そんなことない、中島さんのせいじゃないって言ってあげたかった。

 でもそれじゃ同じことを繰り返すだけだ。

それに、そんな気休めを彼女は望んでないと思う。

 中島さんと過ごした時間は短いけど、彼女はとても芯の強い人間だ。

 でもなんて言えばいいのか。もしくはさっきみたいに何も言わないでいたほうがいいのか。わからない。

「はい、落ち込むのはそこまででス」

 アレクシアが場違いなほど明るい声でそう言って、軽く手を叩いた。

 冷房の効いた車内に乾いた音が反響する。

「とりあえず今日の四菱工業との話のまとめもしたいですシ、今日はアヤの家に泊まりまス。最低限の着替えやアニメティは置いてありますシ」

 アレクシアはそれから明るい声で帰ったら何をしようか、何が食べたいか、と中島さんと話し込んでいた。

 はじめは戸惑っていた中島さんもアレクシアの明るさにつられたのか徐々に表情が明るくなっていく。

 さすがはアレクシアだ。

 武術は一対一の型が多いせいか、それとも自分一人で何とかしようとしてきたせいか、こういう時にどうしても他人を頼るということを忘れてしまう。

 


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