第23話 皮肉
「皆さん、お仕事ご苦労様です」
テレビで見た時の声よりももっと涼やかな声が四菱工業の社員たちにかけられる。
それだけで場の雰囲気を支配してしまいそうな、カリスマ性に満ち溢れていた。
「久しぶりですね、シーメンスさん」
「グーテンダーク、こんにちは」
今回ははっきりとわかるほど、アレクシアはわざと「作った」笑顔を北辰葵に向けた。
フラウというのはドイツ語で使う女性への~さん、という意味らしい。
「お会いできてうれしいでス。前回本部道場へお邪魔した時は所用があって長時間滞在できませんでしたのデ」
「そうでしたね、シーメンス社のご令嬢ともなれば色々と忙しいのでしょう。でもせっかく本部道場を訪ねてきてくださったのですから、そのままわが北辰一刀流に入門してくだされば、もっと色々と話ができましたのに」
「そうですね、アレクシアさんはサムライ文化にすごく興味があるんでしょう? それなのに本部道場へ来て、仕事の話をしたらそのまま帰ってしまって」
どうやら北辰一刀流の門下生でもあるのか、四菱工業の社員の一人がそう語ると、アレクシアは眉根をわずかに寄せた。
「……いエ、滞在先からは距離もありますシ」
今度ははっきりと言い淀んだ。態度が明らかにおかしいのに、中島さんも気づいたのか怪訝な顔をしている。
「そうですか。ではまた機会があったらお立ち寄りください。歓迎します」
でも北辰葵は、気づいているのかそうでないのか、曇りの一切ない笑顔でアレクシアの手を取った。
金髪碧眼の美少女と、小柄でポニーテールのサムライ然とした美少女が握手しているのはそれだけで絵になる。
北辰葵と触れるのは多くの女子にとって憧れだ。
彼女は容姿もいいし並の男ではかなわないほどに腕が立つ。北辰一刀流宗家の娘ということでメディアへの露出も多く、特に体育会系の女子にとってはアイドル的な人気もある。
おまけに去年、高一で聖演武祭に出場して優勝した天才剣士だ。
にもかかわらずアレクシアは、耳をそばだてていないと聞こえないようなわずかな声で、吐き捨てるようにつぶやいた。
「小娘ガ」
しかしすぐに花の咲くような笑みを浮かべて、北辰葵に向きなおった。
今度はごく普通の表情。さっきのは気のせいだったのだろうか?
「それで…… そちらの方は?」
北辰葵がアレクシアと一緒にいた僕と中島さんの姿を認め、アレクシアに尋ねる。
「ワタシの知人の中島工業の娘、中島彩と今度ワタシから推薦した柳生流剣術の柳生宗太でス」
アレクシアの紹介で僕と中島さんは軽く頭を下げた。
テレビにも普通に出演する、しかも聖演武祭ではほぼ優勝を勝ち取る流派の娘という有名人。
剣客にはあるまじきことだが、肩に力が入って緊張してしまう。
しかしそんな僕をよそに、僕より頭一つ分は身長が低い彼女から発せられた声はさっきの鈴が鳴るようなカリスマ性あふれたものと違い、随分と気さくな感じだった。
「あなたは、今回初参加の方ですね?」
「ええ、そうですが…… よくわかりましたね?」
「参加者の方々の顔写真や流派、略歴は覚えておくことにしています。それが戦うかもしれない相手に対しての礼儀です」
相当の手間と労力をかけただろうに、北辰葵は何でもないことのように言った。
雲の上の人間と思っていた北辰一刀流宗家の娘が自分を知っていたことに感動する。
「北辰一刀流の北辰葵と申します。古流の剣客とこうして出会えたことを嬉しく思います」
そう言ってアレクシアの時と同じように手を差し出し、握手を求めてきた。
女子の手を握ることに少しためらいがあったけど、断るのも失礼かと思ってそっとその手を握った。
柔らかい。
第一印象がそれだ、人の手を握る動作一つにしてもまったく余分な力が入っていない。
そして触れた感触も柔らかく、剣ダコ一つできていない。
真の剣客には剣ダコなどない、という話もある。剣を握る手の内が柔らかいからタコができないのだ。
「でも試合では正々堂々戦いましょう」
「もし当たったら、その時はよろしく。北辰さん」
「葵、で結構ですよ。北辰などというと分かりづらいですし、なにより女らしさに欠ける苗字なので」
その様子を見ていたアレクシアが、再び小声でつぶやく。
「嘘をついているようには、見えないですネ…… 知らされていないのカ」
葵さんはそのまま中島さんとも話した。中島さんが武術に対しあまり興味を持っていないのを少し話しただけで感じ取ったらしく、後はマヨイガの技術面についての話になった。
高校生なのにそこまで知っておられるのはすごいです、私など剣しか取り柄がないので…… と謙遜しつつも、嫌味ではない感じがすごい。
雄弁ではなく、かといってコミュ障でもなく、わずかな会話で人を心地よくさせ、聞き上手に徹することもできる。
アレクシアとは別タイプのコミュ強だ。
その後、葵さんは他に見るところがあると言って、四菱工業の人と一緒に去って行った。
「意外と気さくな感じだったね」
中島さんは葵さんに対し好感を持ったようだが、アレクシアは冷え切ったような視線を葵さんに向けていた。
「哀れですネ。まるで道化でス」
「アレクシアさん、どういうこと?」
「ただの、ドイッチュラント風の皮肉でス」
アレクシアは、それ以上説明しようとはしなかった。
「ちょっと疲れたから休んでくるね」
葵さんとの話が終わったころ、中島さんはそう言って席を外した。
屈強な男たちや多くの成人男子とすれ違いながら試合場の出口に向かっていく。
その間僕は試合場を見ていたが、十分経っても、ニ十分経っても中島さんは戻らなかった。
アレクシアのスマホに連絡もない。
妙な胸騒ぎがする。
「ちょっと見てくる」
アレクシアにそう断って、僕は中島さんが出ていったのと同じ試合場の出口へと向かった。
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