第22話 四菱工業
試合場に入る。ここ国立武道館は緑と赤の畳の柔道場八面、板張りの剣道場が八面ずつ設置されており、周囲をスタンド席で囲まれている。
白いプラスチックの一般席の他、一際高い位置に据えられたガラス張りの貴賓席があり高位の師範や皇族、各国の王族や重鎮が来たときはあの位置で観戦するそうだ。
僕らと同じ用向きなのか、白いスタンド席や試合場にちらほらと出場選手らしき人が畳や板の感触を確かめていた。
中島さんは広い試合場に出て少し安心したようで、計十六面ある試合場を物珍しそうに眺めている。
出場選手と思われる体格のがっちりとした選手のほかに、大会で使われる選手たちへの安全装置、マヨイガの調整か開発元である四菱工業の社員証をつけた従業員たちが会場を歩いたり、床に触れて手元のノートパソコンに何かを入力している。
アレクシアが彼らに何気ない足取りで近づくと、日本屈指の巨大企業である四菱工業の社員たちが驚いたように立ち上がった。
「これは、シーメンス社の……」
「お久しぶりでス」
「前回はテレワークということでパソコン越しでしたからネ。お忙しい仲、こうして会える機会を設けていただいただけでも感謝いたしまス」
スーツや作業着を身にまとった大の男数人が、自分たちより二回りは年下であろうブラウス姿の女子に頭を下げていた。
そんな異様な光景の中、アレクシアは淡々と世間話でもするかのように言葉を交わした後、僕たちの方へ向き直る。
「そちらの方は?」
「ワタシの友人でス。ホームステイ先でお世話になっていまス」
アレクシアの簡潔な紹介に、僕たちは軽く頭を下げた。シンプルかつ角が立たず、嘘は言っていない。理想的な紹介の仕方だ。
四菱工業の社員たちは僕と中島さんにも慇懃に頭を下げ、中には握手を求めてくる人もいた。重要人物の機嫌を損ねてはいけないという大人の判断だろう。
それに反発するほど僕も子供じゃない。いつかみたいにクラスメイトから迫害されるよりかは気分はいい。
形だけの笑顔を浮かべ、握手を返した。中島さんも同じように握手を返すけど、さすがは中島工業の令嬢、笑顔は僕よりもずっと自然だった。
そこで作業着を着た社員の一人が中島さんの顔を見て話しかけてくる。
「これは彩お嬢様、お待ちしていました」
「久しぶりです。本日はお忙しい仲、貴重なお時間をいただきありがとうございます」
「いえ、将来仕事を一緒にする予定ですからね。未来の上司か後輩と仕事の話をするのは有意義です」
さすが日本でも優良企業である中島工業のご令嬢だ。ハイヤーじゃなく自転車でアレクシアを追ってきたけど、四菱工業の社員とも付き合いがあるくらいなのか。
「そこの彼は?」
「今度聖演武祭に古流枠で出場することになりました、柳生宗太といいます」
二井さんと名乗った作業着姿の男性に、僕も挨拶した。
僕は出場選手であり、アレクシアたちの知人ということで彼らとそのまま軽く世間話をしたが、コミュ障で共通の話題もない僕はすぐに会話が終わってしまった。一方、大会関係者でもあるアレクシアはスーツ姿の人たちとも熱心に会話している。中島さんは二井さんをはじめとする作業着姿の人たちと色々な話をしていた。
会議室にでも移動するのかと思ったが、人工知能・技術関係の話もあるためか試合場でそのまま話している。
喋っていることの半分も理解できないが、アレクシアの方からはシーメンス社、運営、来年度、選手の選定などの単語が聞こえることからおそらく聖演武祭にかかわる話だろう。
中島さんからは演算とか人工知能とか衝撃度数とか理系っぽい単語が聞こえてくる。 さっき床に触れていたのは、投げ技の使用も想定していたとのこと。地面にたたきつけられた時の衝撃力も計算し、マヨイガの特殊人工知能に組み込んでいたそうだ。
作業着姿の二井さんが真っ先に話しかけてきたことといい、中島さんはどちらかといえば技術開発の方の道へ進みたいのかもしれない。
僕がいても邪魔だろうし、席をはずそうかと考えていると。
ふと、会話が途切れて四菱工業の社員の視線が一点に集まる。
遠目に見える、筋肉質とスーツと作業着の男性の集団の中では異彩を放つ、チェックのスカートにサマーベストを羽織った制服姿の女子。ぬばたまの闇のような黒髪のポニーテールにやや幼さの残る顔立ち。
この試合場にいる中で最も小柄なのに、全身から漂うオーラが彼女を大きく見せている。
北辰一刀流宗家の娘、北辰葵だった。
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