第18話 出場選手発表

 教室に入ると、僕はクラスメイトと形だけの挨拶を交わし、そのまま机に腰掛けた。

 特別仲の良い友達はいない。部活もやめてしまったし、道場の管理、役所や不動産屋との交渉、家事などで忙しく友達と遊びに行く時間などほとんどとれなかった。

 それに無理して友達を作ろうという気にもなれなかった。

 自然にできることを期待して、でも話が合わずいつの間にか疎遠になって、せっかく交換した連絡先もほとんど使わずに終わる、というのが高校に入ってからの僕のスタンスだ。

 いじめられても無視されてもおらず、挨拶と事務連絡程度の会話はするがプライベートな時間を割くほどの仲ではない。

 ある意味では理想形かもしれない。コミュ強がいつも忙しそうにスマホをいじっているのを見ると、羨ましいと思うよりも心休まる暇がなさそうだと思ってしまう。

 鞄から教科書やノートを取り出していると、クラスメイトに囲まれているアレクシアとも目が合う。彼女は聖徳太子のように多くの人間を話をしながらだというのに僕に軽く手を振った。

 今日の教室は、普段とは違った熱気に包まれている。

 昼は聖演武祭の参加選手が一般発表される日だ。

 聖演武祭を毎年見ている人も多いから、そういう人たちには当然ひいきの参加選手もいる。

「今年はあの人出るのかな?」

「あのイケメンまた出るって? やばくない?」

 などのセリフが飛び交っている。

 そんな中で、頭を角刈りにした男子だけが誰とも話さず、不機嫌そうに俯いていた。

 剣道部の広田だ。

 彼は聖演武祭に出たくて、毎年剣道の大会に死に物狂いで出場していたけれど聖演武祭の出場資格まであと一歩手が届かず、今年も歯噛みしていた。

教室の空気に耐えきれなくなったのか、広田は静かに席を立ち、教室を出ていく。

 普段は大きく頼もしく見える彼の背中が、今日はいやに小さく見えた。

 二時限目の授業が終わり、休み時間になる。

 僕は恐る恐る鞄にしまってあるスマホを確認する。今日で三度目だ。

 普通ならこの奇行を見た周囲からなんらかの冷やかしがあるのだろうけど、ぼっちの僕には関係がない。

 震える指先でスマホを持ち、ゆっくりと目を開ける。

 普段は電子書籍を見るくらいしか使わない僕のスマホに一件の着信があった。

 それを恐る恐る開き、内容を確認する。

 聖演武祭事務局からのメールだった。参加者の僕には、一般発表よりも早く来る。  

 この度は古流の参加枠として聖演武祭に参加されることとなりました、などの定型の決まり文句に始まり、ルールの詳細や注意事項、細かい集合場所や時刻などが書かれている。

やった。

 僕はみんなに見えないように机の陰で拳を握りしめ、ガッツポーズを取った。

 胸から熱いものがこみあげてくる。快感と達成感がないまぜになった気持ちがくすぐったくて、どうしようもないほどに心地が良い。

 アレクシアに言われた時も嬉しかったけど、こうして文書になると、聖演武祭事務局からのメールが送られてくると実感がさらに湧いてくる。

 僕は聖演武祭に今年出場するんだ、そう実感して、アレクシアから言われたことが夢じゃなかったと思えて。

 にやける顔が抑えきれなかったので、視線を教室の外にそらす。

 青空には雲一つなく、教室の窓から見える大海原には白日を反射して金色の波が泳いでいた。

 数分ほど眺めているとだいぶ興奮が落ち着いてきたので、視線を戻す。

 いつの間にか教室に戻っていたのか、入り口のところに立っていた広田と目が合う。

浮かれていた気持ちに冷や水を浴びせられたような気分になり、僕は机に突っ伏した。

 額に机の冷たい感触を感じる直前、彼の手がスマホを握りしめていたのが見えた。

やがて午前中最後の授業が終わる。

 教師が教室から出ると同時に、みんな弾かれたように鞄に手を入れたり、ポケットからスマホを取り出す。 

聖演舞祭の参加者発表は今日の正午なので、皆この時間を心待ちにしていたのだ。

 教室も、他の教室も蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。

 興奮と熱狂、というのはこういうのをいうのだろう。

「あ、この人今年も出るんだ」

「北辰一刀流からはあの北辰葵が出るって、やっぱり凛々しいよねー」

「名前がない…… あの人、今年は出ないのか」

 参加者名簿の中には古流枠で僕の名前もあるけれど、誰一人気が付く様子はない。

 僕が出るなんて思いもよらないだろうし、まして僕は名前をほとんどの人に覚えられていない。

 それからクラスの皆は聖演武祭の出場選手紹介や試合予測、過去の対戦の動画など繰り返し見ていた。

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