第17話 しょっぱい風
「では、行きますカ」
食器を洗い、戸締りをしていると青いブレザーにチェック柄のスカートの制服に着替えたアレクシアが鞄を持って玄関に出てきた。
僕の家に制服姿の女の子がいる。
それだけで、見慣れた家がまるで別世界に変わった気がする。
「いつの間に……」
食事を片付けてから十分とたっていない。
「ついさっきですネ。顔を洗い、髪にブラシを入れて制服に着替えましタ」
「女子って、メイクするから朝は男子より時間がかかるって聞いたことあるんだけど」
「ワタシはそもそもメイクしませんシ」
それでその容姿か…… クラスの女子が聞いたら殺意を向けてきそうだな。
「というより、ドイツではメイクをしない女性も多いのでス」
驚愕の事実が飛び出してきた。
「そうなの?」
「ええ。化粧は結婚式か夜遊びの時にするくらいですネ。先日もクラスの女子と話していて思ったのですが、化粧が半ば『マナー』とされている日本との違いを感じました」
そうか。それなら、化粧をめんどくさいと思ったりするんだろうか?
「まあ、常に美しくありたイと思うのは世界共通ですかラ、日本女性の考え方も素敵だと思いまス。高校生からファッション誌で化粧の勉強を欠かさなイ、勤勉な日本人らしいですネ」
玄関の戸を横に開くと、家の前に黒塗りの車が止まっていた。ハイヤーでも外車でもないから、住宅地に泊まっていてもそれほど違和感はなかった。
車の前に立つ白髪の混じる初老の男性。
僕は反射的に腰を落とし、半歩足を引いて半身になる。
強い。そう直感に訴えるだけのものを感じた。
でも彼は僕を見て穏やかに笑っているだけだ。
「ソウタ、ご心配なク。彼はドイツから連れてきタワタシの運転手兼ボディーガードでス」
僕とアレクシアに向けて一礼すると、ドアを開ける。そのまま流れるような動作でアレクシアは乗り込んだ。
一緒に登校すると変な噂を立てられるだろうと思い、昨日の晩のうちに連絡したらしい。
窓を開けて僕に手を振ると、そのまま彼女の乗った車は朝の道に消えていった。
別に美少女と一緒に登校するのを楽しみにしていたわけじゃないから、がっかりはしなかった。まったく全然これっぽっちもがっかりはしなかった。
人付き合いは嫌いで苦手だから。
むしろ彼女の目的を考えれば当然の行動だろう。
彼女にとってあくまで僕は師匠であって、異性ではない。
今日も一人で学校までの丘を歩く。潮の香りがする風が、優しく僕の頬を撫でた。
妙にしょっぱく感じる風だった。
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