第14話 心配

 中島さんが帰ってから、二人で食器を片付ける。

 僕が台所に立ち食器を洗い、アレクシアがそのそばで水気をぬぐい、棚にしまう。

 さっきは重い雰囲気になってしまったけど、アレクシアさんが気遣って話を逸らしたり、話題を変えてドイツのことについて話してくれたおかげでだいぶ落ち着いた。

 こういう、会話一つで場の空気を支配できる才能は素直にすごいと思う。

 現代社会では剣の修業なんかよりよほど役に立つだろう。

 それに、女子と台所に二人で立つとなんだかすごくドキドキする。

 一瞬新婚夫婦みたいだと、変な想像をしてしまったのは内緒だ。

 彼女が身をよじったり、食器を取りに行くため卓袱台のそばでかがみこむたびにフレアースカートがふわりとたなびく。

 足首まである長さだから見えることはないけれど、見えない分妄想をかきたてる。

 さっきスカートをたくし上げてその中身まで見せられたから、余計に。

「ソウタ、どうしたんですカ?」

 いつの間にか僕の方を向いていたアレクシアが、いたずらっぽく笑いながら僕を見ていた。

「男子の視線には敏感なものデ」

 両手を後ろに組み、胸を強調するようなポーズで僕を見上げてくる。

「ごめん…… 誠実な人だって、言ってくれたばかりなのに」

「気にしていませんかラ。少しくらいはスケベな面があるのが自然な姿でス。あまりに興味を持たれないのも女として悲しいものがありますシ。そんなに熱っぽい視線で見られるのも、そう、嫌な気は…… しませン」

 彼女が白い頬を朱に染めて、艶のある声で言うと心が揺れる。ドキマギして、落ち着かなくて、彼女に見られているのが恥ずかしくて、少し心地いい。

 でもこれが計算されたものだったら。誰にでもこういう顔と声を向けているのでは。ということも、考えてしまう。彼女の今までの行動を見ていれば、それくらいはやってのけるだろう。

 僕は気持ちを切り替えるために話題を変えることにした。

「そういえば、中島さんの説得が上手くできてよかったね」

「ああいう真面目で善人、というタイプは良心に付け込んでやれば良いのでス。企業との交渉の真似事くらいは教わりましたシ、オーバーシューレ、学校生活で応用しましたかラ」

 中島さんを説得した時と同じ、歪んだ表情を口元に浮かべた。

 彼女の黒さがまた垣間見える。

 でもすぐにアレクシアは唇を噛み、少し変色した天井を見た。

 古い家である僕の家。その木造の天井は長年月が立つことで黒ずんだような色になっている。

 目を細め、眉根を下げて、彼女の端正な顔立ちが愁いを帯びる。彼女が初めて見せる表情だ。

「でもソウタの両親のことを聞いて途端に態度を変えたのは、気になりましタ。同情したにしても、少し行きすぎでス。優しさゆえ、といえば聞こえはいいですガ……」

 アレクシアはそこで言葉を切り、何かを思い出すかのように虚空を見上げた。

「辛い思いをした人間が、善人とは限りませン。虐待の連鎖という言葉もありまス。また、それで相手の同情を誘って自分の利益へ誘導しようとする輩さえいまス。かわいそうな人間の振りをする者だって」


「いつか彼女がそのせいで怖い目にあわないカ、心配でス」


 食器を洗う水音の中、その言葉だけはいやにはっきりと耳に残った。

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