第13話 ご両親は?

「私は決して納得したわけじゃないから。これからも抜き打ちで監査に入るからね、いい?」

 部屋の整理が終わり、お互いの顔の熱も引いたころ

 中島さんも食卓を囲んで、一緒に夕食ということになった。

 時間も遅いし、この周辺はコンビニもファミレスもない。

 さっき作りかけていた味噌汁に、ねぎと豆腐を入れてひと煮立ちさせ、非常食兼ごちそう用のサバの水煮缶を開けて三人分に分ける。

一人なら朝の残りで足りたけど、二人増えたか荷解きの間に早炊きでご飯を追加する。

 白米とねぎと豆腐の味噌汁、それに鯖の水煮缶が卓袱台に並べられた。

 お客さんが来るとは思わなかったし、質素すぎるけど仕方がない。

 でもアレクシアも中島さんも、嫌そうな顔一つせず席について手を合わせた。

「「「いただきます」」」

 今朝まで数年間一人だった家に、今日は女子二人を招いて夕食か。

 考えるとすごい状況だな。誰かに刺されそうだ。

 しばらくは無言で食事に集中する。

 みんなお腹がペコペコだからだ。腹が減っているときは梅干しだけでご飯三杯はいける。決して何を話していいかわからないからじゃない、と思う。

 全員ご飯をお代わりして、お腹が落ち着いてきたころ。

最初に口火を切ったのは、意外なことに中島さんだった。

「おかずは缶詰だけど…… お味噌汁といい、ご飯の炊き方といい、かなり慣れている感じ。柳生くん、意外なことに料理上手」

「そうなんですカ? ライスの良しあしまでわかるとは、さすがですネ」

 ドイツ人だというのに、そこらの日本人より上手に箸を使って白米を口に運ぶアレクシアが目を軽く見開く。

「ご飯とみそ汁という、シンプルなものにこそ腕前が出るから」

 中島さんは音を立てずに味噌汁をすすり、お椀を卓袱台に置いた。

 シンプルな動作だからこそ所作の美しさが際立つ。

 たとえ彼女がぼろぼろの服を着ていたとしても、いいところのお嬢様と思わせる礼式が垣間見えた。

 茶道や華道でもそうだけど、綺麗な仕草をする女子というのはすごく胸が高鳴る。

 露出はなくても、仕草になぜかドキドキさせられるのだ。

「大和撫子ですネ」

 所作に目を輝かせるアレクシアに、中島さんは少しぶっきらぼうに返す。

「そんな言葉、もう死語よ。今の時代は良妻賢母より稼げる女性が求められるから。四菱工業みたいにね」

 中島さんの表情に少し陰が差す。

「ところで、柳生くん。ご両親は? お仕事?」

 僕は咄嗟に答えられなかった。

 軽い調子で返すこともできなかった。

 普段友人と話していれば、耐性もついていただろう。でも、不意打ち気味に発せられたその言葉に。ぼっちの僕は意表を突かれて。うまい返しができなかった。

場を何気ない会話ではなく、沈黙が支配する。

 この場に両親が座っていた時のことを思い出し、鼻の奥が熱くなる。

 急に張り詰めた空気に狼狽していた中島さんに代わり、アレクシアが口を開いた。

「ワタシもついさっき、聞いたのですガ。彼のご両親は、もう亡くなっていまス」

 両親、という言葉を聞いた時中島さんの唇がひきつった。

 自然な嘘を交えたアレクシアの言葉。

でも僕と目を合わせると、ひどく申し訳なさそうな顔をして。まるで彼女の方がひどく傷ついているような感じで。

 箸と茶碗を置いて、頭を深く下げた。

「ごめんなさい。人の事情に、軽々しく首を突っ込んで」

 それからはほとんど会話なく、食事が終わり。

 中島さんが玄関に揃えて脱いだ靴を履き、丁寧に頭を下げて帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る