第12話 同棲開始
「そ、それは……」
中島さんは顔を真っ赤にして後ずさる。
「言ってくれないと分かりませン」
アレクシアさんは後ろに手を組みながら、猫がじゃれるように中島さんをいじる、というか言葉責めしていく。
「アレクシアさん、それくらいにしておいたら?」
さすがにやりすぎだと思った僕は、彼女を止めた。いじりは過ぎるといじめになる。真面目すぎる人や、自分の思うことを上手く言えない人に対しては殊更だ。
少し声音が険しくなった僕に、アレクシアさんはやりすぎたと思ったのかすぐに態度を切り替えた。
「まあ、そう心配しないでくださイ。身を守るすべくらいは心得ていますシ。ちょこちょこ遊びに行きますし、たまには泊まりに行きますヨ。せっかく仲良くなれましたし、疎遠になるのは…… 寂しいでス」
さっきまでの熱のこもった言葉とも、からかうような感じとも違う。
本音が垣間見えたかのような寂し気な声。それが家と松林を隔てた海岸から聞こえる、わずかな波の音に混じる。
中島さんはアレクシアさんの目をじっと見つめていたが、やがて視線をそらした。
僕と目が合う。
「その、柳生くん、責めるようなことを言ってごめんなさい……」
中島さんの言葉に、アレクシアさんの顔に安堵の表情が浮かぶ。
「ありがとうございまス。ダンケシェーン……」
そこだけを見れば友人の仲直りだけど。中島さんと違って、アレクシアの口元が歪んだように見えた。
引っ越し作業は続いていく。
トラックから運び出された荷物を、運送業者さんやアレクシアさんと一緒に僕は空き部屋の一つに運び込んでいく。
両親が他界したし、古い家のためか部屋数は無駄に多い。
やがてすべての段ボールと家具が運び込まれ、中島さんも荷解きを手伝って、夜の八時を過ぎたころにアレクシアの部屋が出来上がった。
ついさっきまで殺風景だった部屋。
両親が他界してからすぐは見るたびに涙があふれていた部屋。
そこに、家族ではないけど再び人が住む。
家族の居場所を奪われたとは思わない。ただ、急激な変化に現実感がわかなかった。
「どうしましタ? ワタシの部屋…… 何か変ですカ?」
入り口で考え事をしていた僕に、アレクシアさんが声をかけて我に返る。
「いや大丈夫。少し考え事をしてただけだから」
女子の部屋といえば、ラノベの影響でなんとなくピンクとか白とかのカーテンを使ってるとか、ぬいぐるみとかが置いてあるとか、そういうイメージがあったけど。
アレクシアの部屋は何というか、シンプルだ。
マホガニー、というのか焦げ茶色の高級そうな木を使った机と椅子、黒檀のように重厚な色合いのタンスにベッド、ただそれだけだ。
本棚もなければ姿見もない。僕の部屋より物が少ないくらいだ。
「書籍は今の時代、スマホ一台で事が足りますのデ」
そう言いながら飾り気のないスマホをかざす。
「ドイツ人はシンプルで合理的な部屋を好みますのデ。あくまで家は休憩場所、といった感じでしょうカ。それにヤーパンと比べ寒さが厳しいので、部屋は洞窟に籠るようなイメージもありまス」
ふと、彼女の声のトーンが少し落ちた。僕の表情を窺うように、不安げな目つきになる。
「今は亡き両親の居場所を…… 奪ってしまいましたカ」
なぜ知っているのか、と思ったけど。
マイナーな古流を推薦できるくらいの家柄だ。家事情くらい、情報が入ってくるのだろう。
「大丈夫。他界した直後ならともかく、だいぶ落ち着いたから」
アレクシアが胸をなでおろし、少し強張っていた目元を緩めた。
「それと、ワタシのことは呼び捨てで結構でス。師匠が弟子をさんづけするのはおかしいでス」
アレクシアはそう言いながら、両手を後ろで組んで期待するような目つきで僕を見上げる。そうすると白いブラウス越しの豊かな胸がより強調されるから、やめてほしい。目の毒だ。
いや見て嬉しいのになんで目の毒って言うんだろう。目の薬と呼ぶべきじゃないか。
フリルのついたブラウスは、可愛さと色気を両立させていて異国情緒あふれるアレクシアにぴったりだった。
そんなことを考えている間にも、アレクシアはさらに間合いを詰めてくる。
「ドイツでも、二人称をduで呼ぶかsieで呼ぶかで相手との関係性がはっきり違いまス」
「わかったよ。じゃあ、アレクシア」
そう言われたら、陽気に喜ぶと思っていたアレクシアは、なぜか意表を突かれたように真っ赤になる。
その頬の熱が、僕にまで伝わってくるようだ。
「ありがとうございまス…… その、いきなり男子からファーストネームを呼ばれるのは、なんというカ…… そう、くすぐったいですネ」
そういえば、彼女の苗字はシーメンスだった。中島さんもアレクシアさんって呼んでるから忘れてた。
でも今更訂正するのも変な感じだし、このまま押し通そう。
「ではワタシからも。その…… ソウタ」
宗太。柳生流の祖、柳生宗矩から一文字を受け継いだ僕の名前。
その名前を、アレクシアのような美少女から上目遣いに呼ばれる。
さっきのアレクシアとは比べ物にならないくらい、僕は顔が真っ赤になったと思う。
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